2018年11月12日月曜日

コジ・ファン・トゥッテ(日生オペラ2018秋)

 日生オペラのコジファントゥッテを見てきた。事前にこの作品は現代では性差別の問題に当たるという情報を得ていたが、この舞台を見た限りだと確かにそうだと思う。劇中の倫理観も古すぎて歴史的な価値を主張するにもちょっとつらいものがある。ある人はそこまでひどくはないと書いていたが、アレンジのせいかもしれないけどなかなかひどかったぞ……。

 演出家は現代風にアップデートするためにいろいろな工夫をこらしたみたいで、今作は元々女主人公が人間だったがAI(ロボット)ということになった。それはそれで頑張ったっぽいのが観ていて(パンフレットにも書いてあるし、舞台背景とかもその努力は見て取れた)感じたが、やはり性差別そのものは消えてない。むしろ女主人公を人工知能にしたので、女性とモノは一緒というグロテスクな構図になってたと思う。

 ストーリーは、
「姉妹と付き合っている男主人公2人が悪いおっさんにそそのかされて恋人は浮気をしない人間かテストした。見事に姉妹が堕ちて浮気相手(男主人公2人が姉妹の本性をさらけ出させるため! に変装)と結婚しようとしたとき、男主人公2人が女主人公姉妹を責めて元サヤに収まる」
って流れ。全体的になんか既視感がある。この手のお話、2chの浮気をとっちめる系のスレッドにありそう。あと、妹が先に堕ちて姉を引き込もうとする流れなど随所随所にエロマンガネトラレ物の類型とそう変わらないシーンがあった。強く迫れば女なんて堕ちるとか、エロマンガでやる分には良いのだけど、良い歳した大人が真面目に観るものかね(演出の都合かもしれないけど変装した男主人公が妹に比べると貞淑だった姉を落とすシーンは、口説いてるだけに見えて、実は無理矢理体の関係になったようにも見えた)。

 僕が思うに、台本自体に①男ー女の性差別と、②男性間のマッチョイズムと、③階級の問題が絡んでいる。いやそもそも、大人が大人に対してこの手の悪質なテストをする時点で言語道断なんだけど(圧迫面接とか偽の論文を投稿して査読を調べるとかが可愛いものだと思えるほど)、それは置いてといて、つまり①男の浮気は許されるけど女には貞淑さを求める、②恋人の貞淑さを賭けにするみたいな内輪のノリを現実でやらかす、③船をチャーターしたり偽の結婚式を立ち上げたりとやりたい放題やれる賭けの胴元がそこまで裕福でもなく知識も経験も少ない若い男女4人をおもちゃにする、ところが問題だと思う。これで人間の本質とかが見えてくるのかね。
 ついでに本公演だとさらに、悪いおっさんの助手となって姉妹を騙す女中の立ち位置が不明だったし(作品全体はどこかの研究室で、姉妹は男主人公2人に作られた人工知能のはずで、じゃあ女中の設定は?)、そもそも生身の女性に振られたので代わりに人工知能を作ってテストしますってところが浮気しない設定にすれば良かったのでは? としか思えない。観ているときは設定が活かせてないなあと苦笑いをするレベルだったが、改めて思い返すとアレンジがひどい。パンフレットには人工知能をテストする=「エクス・マキナ」を引き合いにだしていたが、「エクス・マキナ」は情報を有していてテストする男がいつの間にかテストされる側になっていたり情報を有していないことに気付いたりとかなり入り組んだ作品だったぞ。表層だけなぞってもダメだと思う。

 さて、じゃあどんなアレンジなら満足か、と言われると難しい。僕が観たコジ・ファン・トゥッテは女主人公2人が常に2人で行動していたので、いっそ男主人公2人も(ついでに悪いおっさんであるドンさんも)キャラ上は女ってことにして、女6人のコメディにした方が今風になったのでは? と思った。男性キャラが他人をテストする構図は、マッチョイズムにしかならないので、たぶんキャラ上全員男性にしたら別の生々しさが出るだけだと思う。もしくは年端の行かない子供の遊びという形にして主役6人の年齢を大幅に下げるとか……。
 オペラである以上、音楽とセリフが結びついているので変えようがないのは仕方ない。この作品は舞台で見るより音楽だけを聞くのが今後は良さそうである。

「魔界転生」(日本テレビ開局65年記念舞台)

 明治座の口演のやつを観てきた。実は、僕にとって魔界転生は甲賀忍法帖に比べると設定の壮大さに比べて派手さで劣るイメージがあり、小説を読んだだけではなぜ歴史上の強者達が復活する魔界転生が地味なのかわからなかったが、舞台を見て発見。
 それは、敵があくまでも普通の人間なのだ。忍法帖シリーズみたいに異形の力を用いず、悪魔の力で復活したものの必殺技も持たずに単に殺陣するのみ。柳生十兵衛も必殺技と呼ぶにふさわしい必殺技は持ってないが、あくまでも人間であることを考えればその地味さが渋い格好良さになる。敵の転生衆どもは人間を超えてるくせに派手な技の1つや2つも放てないのか!
 たぶんそれが舞台としてのリアリティになっていると思う。必殺技をもっているとアニメや映画になってしまうだろう。舞台でそれは……難しいだろう。それはわかっているが、やはり転生衆はその強さを示すため必殺技を放ってほしかった。原作小説も今回の舞台も、結構あっさりと転生衆は殺されてるからなあ。

 舞台そのものはガンガン動いて派手にライティングがかかっている。ただし、事あるごとにスクリーンに映像を投影されるのがちょっと僕には期待はずれだった。特に島原の乱の合戦シーンはかなり映像で見せられていたんだけど、映像を見るなら映画で良いじゃん……と思わないでもない。舞台は生で役者の芝居を見るのが醍醐味なんだから、映像は多用してほしくはなかった。ただし、役者に上から映像を被せる表現は、例えば首を切られるとか迫力があって良かった。舞台における映像とはこうやって役者と融合させる方向でいかなくちゃね。

 ストーリーは多少アレンジが入っている。今回の舞台は女性枠に淀君が参戦。ただ散々盛り上げてた割にはあっさりと退場してしまった。淀君の成仏は物語の後半で良いのでは……と思ったけどそうすると柳生十兵衛が魔人殺しの剣を手に入れられないのか。ストーリーが破綻なくまとまっているため物語の展開に不満があっても文句を言いづらいのが辛い。

 演技は主人公の人と浅野ゆう子氏と松平健氏が飛び抜けて優れていた。他の人、特に若い人ら、はシーンによってちょっと首をひねるところもあった。僕が気になったのは時々すごく滑舌が悪くなってセリフを聞き取りにくくなったりするところ。浅野氏・松平氏に比べると声が響かないので早口になったりするとセリフが聞き取れないときもあった(もちろんエロイムエッサムの呪文は聞き取れなくて当たり前とわかっているので、別のセリフで、です)。他には叫び系の声が喉からウギャーと出してるだけなのでなんというか、ダサい。日本の役者はもっとましな叫び声を発明しないと演技がダサくなってしまうぞ。

 とは言え全体的には非常に満足。質の良いストーリー、格好良い舞台、素晴らしい演技、本当に見てよかった。