Tellurは、……現在色々物色中です。

「サイバー・ショーグン・レボリューション」(ピーター・トライアス 著、中原尚哉 訳、早川書房、2020)

2020年10月13日  2020年10月13日 

 第一部「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン

第二部「メカ・サムライ・エンパイア


 日本とドイツが第二次世界大戦で勝ったという設定の歴史改変SF完結編。このシリーズの面白いところ(ツッコミどころ)は、ドイツ(ナチスドイツ)がひたすら悪者になるもその描写はほぼ行われず、大日本帝国民にシンパシーを抱かせるようにしているところである。その大日本帝国びいきは日本人からすると理解し難いくらいの高い評価となっている(正直、大日本帝国が黒人を名家にすることとかあるのかねえ)。
 もっとも、第三部ともなる今作は舞台が2019年とかなり現代的で、正直大日本帝国の鬱屈した雰囲気はもはや感じられない。やたらと権限の強い特高警察を除けば多少軍事に重点を置いた現代社会であり登場人物も極めて現実の現代的で、SFとしてのギミックは武器として巨大ロボットがあるだけで、大日本帝国軍の権力争いと高官を暗殺する人物の正体を探るミステリーという王道のジャンル作品となっている。読みやすいっちゃ読みやすいけど、「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」の機械と肉体を融合した趣味の悪いアナザーサイエンスや肯定的な描写ながらどことなくシニカルに描かれるディストピア大日本帝国などが好きな僕からすると、ちょっと物足りなさを感じた。また、作中の大日本帝国が現実の歴史と衝突しなかったことはもったいないと思う(正直、歴史のifをそのまま書くだけでは単なる願望に過ぎないからね)。

①巨大ロボットの終焉としての最終巻

 「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」では巨大ロボットはあくまで物語の一要素でしかなく、「メカ・サムライ・エンパイア」は巨大ロボットがプロットの軸となっていた。では今作は、というと……。
 巨大ロボットモノはそれ以外に武器や兵器の選択肢がないのが必要条件なんだなと実感した。本シリーズは戦争用の兵器として巨大ロボットがあるが、そもそも作品内の社会に目を向けると昔ながらの刃物と銃が普通に有効で、さらにフィクション特有の便利な化学物質や、ナイフドローンとかいう人間サイズで体当たりするファンネル的なガジェットまで存在しており、巨大ロボットが存在する意味がまさに巨大ロボットと戦うためでしかない。もっというと、そもそも操縦者を巨大ロボットに乗せなければ巨大ロボットが無力化できるという禁じ手も描かれているのだ。
 ストーリー的にも、どんなにステルス機能があっても本質的には目立ちまくる巨大ロボットと暗殺者を追いかけるミステリーとかサスペンス要素が全然両立できてなく、頑張って巨大ロボットを出そうとして、結果として敵を巨大ロボット(=内乱)にしたのかなとうがった目で見てしまう。リアリティのある世界を追求して、リアリティある事件を描くならば、巨大ロボットはむしろ邪魔だというのがはっきり見て取れ、巨大ロボットモノが好きな僕は泣いてしまった。

②大日本帝国VS大日本帝国

 今作のストーリーは本質的には大日本帝国内での権力争いでしかない。時の権力者が実は敵と通じていたので秘密結社を作り上げたライバルがクーデターを起こし、新たに権力者になったそのライバルも権力基盤を固めるために残党狩りをしていたら、暗殺者から目をつけられた(これもまた新たなライバルがクーデターを起こしてる)だけという構図。復讐の虚しさだとか、カルト思想団体の危険性だとか、民衆不在の政治みたいな深い話は主人公の葛藤レベルでは存在するけど、物語全体にはどこにもない。そういう意味で本作は100%エンターテイメントとして楽しめるんだけど、「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」が好きな僕としては深みがないと感じてしまう。そもそも大日本帝国内での権力争いと言っても大日本帝国特有の要素はもはや存在せず、これがジオン内の抗争であってもショッカー内の内乱であっても特に違いがないためわざわざユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパンの世界観で読んでもなあ、と思ってしまう。まあ、最終的には大日本帝国は自壊するのだが、これも特に現実の大日本帝国の負の側面とはリンクせず、歴史改変SFは現実の歴史とコンフリクトを起こさないとつまらないと思ってしまった一因でもある。

③ミステリー(もしくはサスペンス)

 どちらかというと、本作の焦点はSF的な要素より、かつてナチスハンターと言われなぜか大日本帝国に所属している暗殺者ブラディマリーを追うサスペンスに向いている。ブラディマリーの正体は、その目的は、と盛り上げ衝撃的な真実や格好良い暗殺者の美学なども描かれるんだけど、結局は単なるクーデター合戦だし政権内のドンパチだよな、と思うとブラディマリーのプロットもそこまで面白いとは思えない。ネタバレになるが徹頭徹尾、最後のシーンも含めて権力者同士の争いに過ぎなかったと思う。
 今作の騒動はある意味でブラディマリーが中途半端に政治に介入したから泥沼になっているわけで、最初から悪い権力者を斬りまくれば悲劇は起こらなかったし、自分の意志で行動しないなら行動しないと徹底したら血で血を洗う権力闘争にはなったろうが市民への被害を防げたのではないかと思ってしまう。ラストシーンや、なぜブラディマリーは主人公を生かすのかに対する答えも含めて、ブラディマリーの覚悟の定まらなさにはすっきりしないものがあった。
 あと、今作のリアリティに比べブラディマリーの戦闘力が飛び抜けすぎておりブラディマリーは良いように使われ過ぎだと思う。それでいて上にも書いたように思想とか行動が一貫してないのも中途半端感を余計に感じさせている。


 ちょっと文句を言い過ぎたので面白くないと思われるかもしれないが、そんなことはない。なんだかんだでディストピア大日本帝国の雰囲気はばっちりだし、政治劇がメインだがそれと巨大ロボットを組み合わせる手腕は素晴らしい。大日本帝国要素が実質的になく、それによって明るい作風となった「メカ・サムライ・エンパイア」と比べると、もちろん本作は暗いものの、ブラディマリーを追うという目的があるので前向きに読み進められる。「メカ・サムライ・エンパイア」と言えば、作者は「メカ・サムライ・エンパイア」からシリーズを読んでほしいらしいが、僕はナンバリング通り読むのをおすすめする。口当たりの良いものを味わって好きになるのも良いが、このシリーズは大日本帝国の肯定というセンシティブな要素もあることだしちゃんと1作目から順に読むべきだとは思う(たとえ作者が勧めてなくても)。
 個人的な興味はシリーズ全巻を通して作中のリアリティを突き抜けた実力を持っていた久地樂(というキャラクター)。日本語では関西弁でしゃべるため余計にマンガ・アニメ的なキャラクターに思え、当然天才パイロットにありがちな性格がアレな人。毎巻終盤になってお助けで現れてくれるので、登場シーンは少ないけど印象に残った。本作にも久地樂の活躍を描いたスピンオフ短編が収録されており、喜んだものの、彼が輝くのは主人公が別にいてご都合主義的にその主人公を助けるからこそ魅力的なのであって、久地樂そのものの活躍を見たいわけじゃあなかったのかとわかった。
 なんというか、サブキャラであれば本当に魅力的なキャラクターなので、サブキャラとして活躍するスピンオフが読みたいなあ、と無理難題で終わらせる。
ー記事をシェアするー
B!
タグ