2017年1月22日日曜日

「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」(ピーター・トライアス著、中原尚哉訳、早川書房、2016)

 最高の作品である。普段僕は文庫を買っているが、ハヤカワ文庫だと分冊になる&巨大ロボット(作中では「メカ」と呼ばれる)のイラストがつかないので大判を買ったが、当たりであった。
 フィリップ・K・ディックの「高い城の男」が作者によって言及され、数多の書評サイトもまずはそれとの比較を行っているが、僕は読んでないからわからない。もちろんこの本は「高い城の男」と関係ないので、普通に単体の作品として楽しめた。

1.歴史改変SF、らしい
 僕はあまり歴史改変SFを読んでこなかったので本作のような本格的なのは初めてである。だから実はツッコミどころも多いのだが、概ねジャンルの作法を知らない人間でも違和感は感じなかった。
 一番のツッコミどころはドイツの実態が全く描かれてないことだろう。もちろん、今作は日本をテーマにした作品だからなのだが、ホロコーストなどを行ったドイツが勝利した光景を具体的に描写するのはNGだったんじゃないかなあと密かに考えている。そもそもドイツはアーリア人至上主義を掲げていたはずだからいくら同盟国とは言えアジア人である日本とは反目するはずだし(作中でもすでに世界の覇権に向けた日独のにらみ合いが起こっている)。僕としてはもう少しドイツの姿を描いてほしかった。
 一方で同じく同盟を組んでいたイタリアは完全に蚊帳の外。設定でも良いから出てきただろうか。それくらい存在感はなかった。

2.ゲーム小説
 この単語はあいまいなニュアンスを持っているが、僕が本書を読んで感じたのはアイテムを得たり人物に会ったりしてフラグを立てることで物語が展開するプロットがわかりやすいということ。もちろん悪いわけではない。ないのだが、登場人物の行動基準をうまく書かなければフラグ立てのために行動しているのがまるわかりになってしまう。特に久地楽のメカとモスキートのゲームの下りはなくても良かったような……ごにょごにょ。あらすじとか宣伝文句では本書の売りだったメカもゲームも1要素の扱いだったので、そこはもっと掘り下げてほしかった。

2.アメリカナイズされた軍国日本のディストピア
 物語は第二次世界大戦で連行された日系人の収容所から始まる。アメリカで刊行された本書でこの問題に切り込めるのはすごい。そして見どころなのはアメリカ人を悪し様に描いていること。日系人は住んでいたアメリカの資産を取り上げられ収容所に連れて行かれ、そして悲惨な生活を送っていた。この小説は勝者である日本の視点から描かれた設定だが、それでもこの問題をここまで描けるのは素晴らしい(なお、本書によると日系人だけでなくアジア系も収容対象とされたのだが本当なの?)。
 そこにアメリカに勝った日本人が収容所を「解放」しに来るのだが、なかなか皮肉が効いている。アメリカ政府の拘束が解かれたかと思ったら、今度は日本の天皇崇拝を強制されるのだ。当然天皇を文字通りの神と信じていない人には死が待っている世界であり、解放されたアジア系の収容者の1人もそれが元で射殺される。読者は、いや作中の日本に感情移入していた日本人読者は、この描写でふと現実に引き戻されるのだ。この勝利した日本も所詮イデオロギーで動いている粗暴な国であると。
 物語が動き出しても「平和」で「正義」の日本は暗部があっけらかんと描かれている。軍人至上主義で身分制に近い社会。官憲や特高(特別高等警察)が当然ながら市民の生活を監視しており、不穏分子と判断されれば弁明できずに殺される(絶対ソ連のカリカチュアにしてるだろ)。間接的にしか描かれていないが、日本本土出身と日本外とでは待遇の差が激しい。特高は人体実験も手を染める怪しげな部隊とつながっているし、その後の波乱が読めてしまう。そう、この作品は日本に忠実な昭子がプロパガンダに疑念を抱きそれを口にする物語でもあるのだ。

 とは言え対する日本からの独立を目論むアメリカ人ですら清廉潔白には描かれていない。日本に反抗するジョージ・ワシントン団はヤバイ感じのテロリストだ。そもそもジョージ・ワシントン団は現実とは少し異なったキリスト教を信仰することで結束を強めている。あれだ、タリバンに近い。日本に対抗する思想が自由とか平等などではなく、変形キリスト教による洗脳チックな依拠ってのもまた狂ってる。まさに天皇を中心にした神の国か変形キリスト教的神国かの2択で個人的にはどちらも遠慮したい。
 また、USJというアメリカを支配している日本領では特高すら把握していない(=日本政府が管理できていない)秩序が生まれている。強いものは正義みたいなわかりやすい連中が違法ゲーム賭博などを行い日本の支配が一筋縄で行かない。史実の日本が東南アジアに攻め入っても撤退したように、USJの支配も長くは続かないことが仄めかされている。そんな中で語られる自由は非常に実態がない。USJに滅ぼされた思想、そして人々の希望として、理想を求めるものたちが追う今はなくなってしまった残骸。自由を求めたものはベンも、ベンの両親も、昭子の兄も全て死んでしまったことが自由の儚さを表している。
 日本的なガジェットが多いため一見日本について書かれているように見えるが、あくまでアメリカの理念を問うている小説だと言えよう。特にトランプ氏が大統領になった今、いや、大統領になって2年後の2019年に読むとどんな感想を抱くだろう。

3.SFガジェットと悪趣味描写
 いくつか挙げると、インターネットとそれにつながるモバイル機器とハッキングは万能だと思った。昔のSFでは未来描写を行ってもインターネットなぞなかったのだ。
 メカ(巨大ロボット)は出てこないというか、万能すぎて活躍させられなかった感がある。だから久地楽は必要ないと上で書いてしまった。
 テクノロジーレベルは正直わからん。上に挙げたような肉電話が作られたり、人体を変化させられるウイルスを作ったり、死体の脳からの記憶抽出が研究される一方で、使われている言葉のせいかレトロさを感じられる。冒頭の肉電話(生身の肉体を電話に改造することで金属探知機にも引っかからないスパイ仕様のもの、らしい)的有機組織と無機物が融合した世界観かと思いきやそうでもなかった。
 それにしてもキャラクターの放蕩さや狂気に近い自由を描写するのにいちいち裸が乱舞するのは筆者の趣味なのか
 不満もないわけではなく、経済状態が気になる。これだけの特高・軍隊を維持するためには日本政府も相当支出をしていると思うんだけど。それによる社会の悪化を描いてほしかった。そもそも本書では無法者か特権階級の生活しか描かれず、一般市民がどんな暮らしをしているのかわからなかった。戦前の日本を継いでるなら、やっぱり庶民は特攻に怯え経済統制で困窮する農民やブルーワーカーなのかな。
 あ、でも原爆により天皇のお世継ぎが生まれず、それが非国民判定に用いられるのは日本人にはない発想であった。面白かった。

4.終わりに
・ラストシーンは主人公であるボンクラ大尉の過去の真実を描くもの。この真実を知るか否かで読者のボンクラ大尉を見る目が変わる。それまで言及されていた「事実」とは異なる=嘘が明らかになる、というのはこの作品全体の構成(読者は知っているけど、第二次世界大戦で日本とドイツが勝つのは嘘なんだぜ)とも繋がって、手が込んでいる。
・訳者自身による本書の紹介として歴史改変のポイントを説明したものがネットに転がっていたのだが、訳者解説に書いてくれよ……と思った。歴史改変って読者を納得させられるかで読む意欲が変わるのだから、本に付けてほしかった。なんというか、売り方が下手だなあと感じる。
・全体的には良質のエンターテイメントである。