2010年7月22日木曜日

今までの軌跡、あるいは休止の言い訳

 はい、こんにちは。4月から7月までってのは日本の大半の会社は年度決算→東証公開→報告書作成→株主総会→税務申告→第一四半期決算とラッシュが待っているのでしばらくブログを休憩していました。
 というか、ぶっ倒れました(1日)。
 倒れてからは極力家でパソコンの前に座らないようにしていたので、ネトゲもブログ更新もしてませんでした。なぜか数日後にiPadがやってきたため、ニコニコ動画&模型&ポケモンをローテーションして生きてました。まあ何だ、ゴロゴロしつつネットサーフィンができるってのは便利ですね。アップルグッジョブですよ。

 まあ、そんな感じで5月以降を過ごしていたわけだ。別に精神的にどうこうなるってものでもなかったし(倒れた理由はただの風邪)、会社では「普通」(僕の主観)に振舞っていた。ただひとつわかったのは、僕はプレッシャーにそれなりに弱いんだなーと実感したし、ある程度収入があれば私生活を充実させるという欲望をはっきりと感じた。いわゆる「マターリ薄給」ってやつかな。就活してる最中は最終的には大企業狙いだったし、地方公務員になる連中の気持ちがわからなかったが実際に働くと実感できる。ネット上のマターリ層って結構僕と似た連中が多いのかもね。
 で、何よりも感じたのは、自分の能力のなさ。将来的にどこまでを目標にするべきだとか趣味以外にも仕事と関係なく打ち込めるものを作ったほうがよいとか色々様々。
 精神的には別に大丈夫だったのだが、身体的に限界だったなあと。さすがに毎日就寝時間が1時半~2時前後で起床が6時だとつらいよね。

 僕は普段、テキストサイトや日記サイトとかで鬱病と呼ばれる/自称する人たちの文章を読むことが多いのだけど、やたらに「死にたい」とか「疲れた」とか書かれるのが嫌だったんだよね。あの妙にナルシズム漂ったこの世への不満、異様な美化がかかった死=苦痛、読者が反応しづらい自分語り。正直、他の文章だけ読んで欝系の部分は飛ばしたこともあったっけ。もちろんそれを掲示板やコメントに書き込むような真似はしなかったし、匿名の場所でも内輪でも誰にも言ってはいない。それくらいの良識はあるつもりだ。
 それでも何でひたすら欝な人々の日記を読むかというと、色んな方面に濃い人達だから。逆にそれくらい内省的だから欝になった(と書くのは根拠ないね。どっちが鶏で卵なんだろう)のかもね。人間的には合わないと予想できる人も多いけど、それでも書く内容は面白いし尊敬できる。僕と合わない部分は心の底で罵倒するか、「こんな人に勝ったんだー」と優越感を得るか、なかなか便利だぜ。
 で、実際に僕が限界まで陥ると確かにブログに恨みつらみなブラックなことが書きたくなったんだ。特に読者がいないために何でも書ける。今の環境を洗いざらい記録してストレスを発散しようかとも思った。最終的にはそんなことを行う気力すらなかっただけだ。

 でもまあ歩をわきまえることができるようになったのは僕にとって良いことだったのだろうと思う。あとは自分を見つめ直す時間も取れたしね(倒れてからは意図的に仕事をしなかったのだ)。自分の趣味とかこれからの生き方とか結構高いハードルが多いけど乗り越えねばなあと。特に結婚とかねぇ。今の職場は男性30代未婚率が異様に高いから、それもあって早めに結婚したいなと。僕の場合は社交的じゃないから20代後半という時期を逃すと絶対に恋人すら作れなさそうだし。なんていうか、テレビを見てる彼女の横で雑誌読みながらテレビ見てるそんな空間に憧れるわけですよ。以前の僕なら鼻で笑ったシチュエーションだけど。