2020年12月31日木曜日

はじめに(2019/Dec/29更新)

 *Internet ExplorerとGoogle ChromeとFirefoxでの表示確認済。ただし、Firefoxだと一部の表示が乱れます。*

このサイトはUltima Onlineのプレイ日記とマンガ映画小説の感想とウォーハンマー(ミニチュアゲーム)について書き殴ってます。
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2019年11月25日月曜日

UO日記

 Pub107が出雲に先行導入されてその感想。
・クランプスKrampus
 去年のをやってなかったので初体験。クランプス自体は落馬引き寄せがあるものの、ヴァンプ回復が通用するのでそこそこレベル。ヴァンプ+包帯あれば基本的に死なない。トレーダークエスト3回やっておけば確定で報酬がもらえるのでストレスはない。トレーダークエストで島(スカラ除く)が出るとキャンセルするが、キャンセル待ち時間は1分45秒。クランプスが出るのはたぶんムーンゲート不使用のトレーダークエストを40~60回前後クリアしたら、だと思う。日曜昼間で4、5人しか参加しなかったとき、僕が10回前後トレーダークエスト完了させて出たからその推測。トレーダークエスト3回終わらせて放置する人が多いけど、朝とか昼はそれするとなかなかスポーンしないので次々に配達し続けるのが良いと思う。
 僕がやってるのは、メインキャラ(クランプス退治キャラ)で3回トレーダークエストしたあとトレーダー係の近くで待機。メインキャラのジャーナルが見えるようにしてハイド入りサブキャラでクランプススポーン用に延々とトレーダークエストをする方法。クランプススポーンの通知が出たらサブキャラはその場でハイドすれば即メインキャラを操作できるようになる。
 クランプス報酬はレシピ(帽子・ブーツ・剣鞭・槍鞭・メイス鞭)と小銭入れ(腕時計・チュニック・雪の結晶)。鞭のレシピはかなり低確率っぽいので回数をこなすほうが良いかも。
・神殿の戦い。
 タバードやクロークとかを貰うには、クエストを完了させる→神殿で戦う、らしい。クエストはかなり複雑なので一般シャードに導入されるときは条件が緩和されてる可能性がある。自力じゃ見つけられないよ。
 神殿の戦い自体はブラックソーンダンジョンキャプテンらしい。戦った記憶はないなあ……。攻略サイトで見たとおりハームかライトニング発動時にダメージ2倍。雑魚を倒せばキャプテンと戦えるようになるが、今は人が多いので雑魚は戦士がWWで一掃してくれる。キャプテンのみを倒すならガーゴイル投擲戦士で投擲マスタリーのElemental Furyを唱えてイグノア連打してるのが楽。Elemental Furyも良い感じのダメージになる。一部のキャプテンは逃げるAIなのでそういうとき投擲とか弓だと自動的に攻撃できるからトップアタッカー入りが比較的簡単にできる。
 得られるアイテムはいつか何かに交換可能だと信じてるよ!

「翡翠城市」(フォンダ・リー 著、大谷真弓 訳、早川書房、2019)

 東アジア文化のエッセンスを煮詰めたような島(一応鎖国はしていないが後述する特殊能力者の存在や、それに伴う伝統的な文化により外国の影響を受けにくい状況)を舞台に、超能力者を生み出す石をめぐる2大マフィアの争いを描いた作品。
 この作品の特徴は、超能力者を生む「翡翠」と呼ばれる緑色の石の存在。たぶん現実の翡翠とは別の代物、というか現実の翡翠が作中に存在してはいない気がする。「翡翠」はある島からしか産出されず、安全に扱えるのも島にもともと住んでいた民族のみ。その民族以外の人が使うと力を求めて暴走するっぽく、作中の描写からすると麻薬中毒者っぽくなるみたい。実のところ、島の民族も個人個人で「翡翠」に暴露できる許容量みたいなものがあって、自分の限界以上の「翡翠」に曝されると人格が変わって快楽殺人鬼っぽくなる。安全な量の「翡翠」を島の民族が身につけると(これは体に埋め込むだけじゃなくてブレスレットみたいに触れているだけでも良い)身体機能が大幅に強化されたり、衝撃波や精神感応術が使えるようになるのだ。
 もちろん誰も彼も「翡翠」を身に着けて暴れたらたまったもんじゃないので、島の伝統文化として「グリーンボーン」という「翡翠」を身に着けて戦う戦士があり、そのグリーンボーン同士が必ず守る誓いがあり、それで現在はグリーンボーンがマフィアを作って島の一般人を守る代わりにショバ代をせびり、同時に「翡翠」の産出量を管理・制限しているという構図である。グリーンボーンが実際にいるために島では伝統文化が極めて大切にされ、現代の価値観を持っているものの結局は島の文化が第一とされる
 一方、「翡翠」を過剰摂取しすぎたグリーンボーンの治療や島の民族以外が「翡翠」を使えるようにするための薬として「シャイン」というものが作られ、秘密裏にはされているものの、それが密かに島を蝕んでいる状況でもある(シャイン自体はまさに麻薬として描写されている。島はむしろシャインを売る側だけど、シャインを合法化しようという理屈はまさに大麻合法化論とそっくり)。

 ここまでが物語の背景。物語は、島を支配するグリーンボーンの2大マフィアの1つである「無蜂会」の面々を主人公として、対立するマフィア「山岳会」との一連の抗争を描いている。グリーンボーンの能力は基本的に戦闘に特化しているためアクションシーンがメインであり、島の支配をめぐる工作や政治はストーリーをすすめる装置でしかない。
 このグリーンボーンのアクションについて、フィクション業界は様々な超能力を描写したが、今作ではみんな発現する能力は同じ(というか同じようにするために教育しているってことだろう)で人によって得意不得意があるというルールになっている。基本的には単純な肉体強化系のスキルが多い(「怪力」「鋼鉄」「敏捷」)が、銃弾とかを撃たれても跳ね返す「跳ね返し」(たぶん目に見えない衝撃波を放っていると思う)と触った相手の肉体を爆発させるなどの操作をする「チャネリング」というまさに超能力っぽいスキルもある。同じチーム戦の能力バトルである「甲賀忍法帖」(山田風太郎 著)とは異なり、手の内は全員知っているので誰がどの能力に長け、それを攻略するにはどうしたら良いかという頭脳戦もちょっとは出てくる。でも基本的にはスペックの高い能力者をいっぱい集めて殺し合いをさせる大味なバトルだけどね!(余談だけど、一人ひとり固有の超能力にしちゃうとパワーのインフレ化と長ったらしい能力ルールのせいでスピード感あふれるマフィア同士の抗争が描けなくなるので本作はこれで良かったと思う)。
 この抗争の原因となる秘密の薬シャインは、島の外の人々からすると超人を手に入れられるので喉から手が出るほど欲しいと思うだろうし、そもそももし島の人々が外に戦争を仕掛けたときが怖いからその対抗策として需要は高いだろうなと思う。読者は主人公サイドである「無蜂会」の視点で読むから「翡翠」を外国に売ったりシャインを作る「山岳会」を悪者と認識するだろうが、冷静に考えると鎖国をしない癖に貿易や観光のメリットだけ享受する島の人々も悪いよ……。もしかしたらグリーンボーンの暗殺者めいた存在がアメリカのギャングとか中国のマフィアとかで雇われているかもしれず、ある意味で1人で軍隊を相手にできそうな超兵士を輸出する産業になってないのはグリーンボーンも一般人も含めた島の人々の保守性と視野の狭さによるものであり、今回の危機を乗り越えても同じようなことを思いつく人は出てくるだろうと思わせられる(事実、幕間に登場するグリーンボーンに憧れる野心を持った若者が不穏な動きをしてるし)。
 本作のメインのお話ではないが、「翡翠」とシャインをめぐるドタバタというのは完全に島がグローバル経済に組み込まれている証でもある。マフィア同士の抗争により観光業が打撃を受けジリ貧に追いやられる描写もあるし、「翡翠」を秘密裏に売買する地下経済も暗示されている。シャインは恐らく水面下で島の色々なところに出回っていると思われ、続編が出るとしたらそうやって島の価値観がほぐれつつグリーンボーンの伝統が崩壊するのだろうなと思わされる。
 キャラクターは美化されたヤクザ者であり、日本人である僕の価値観ですんなりと読めた。前半主人公格だった知的な組長はクールで格好良いと思わせられ、その弟は典型的な任侠の徒でこれまた格好良く、その妹は最初グリーンボーンに反発してグダグダしている中であるきっかけでマフィアに舞い戻るのは苦労人ながら芯の強さを見せた。彼らと対立するマフィアのボスもボスとしての底知れなさが十分にあったと思う。島は男尊女卑的文化があるにはあるが、一方で超能力というわかりやすいものがあるので女性も普通に活躍するなど女性キャラクターに余裕が感じられたのが面白い(力で群れに言うことをきかせる文化ならではの余裕だが)。

 不満も少しある。作中では「翡翠」の産出量が計画・制限され、翡翠を手に入れることが敵組織のグリーンボーンを倒す動機の1つになっていたが、登場人物の多くがマフィアのエリートだったこともあり「翡翠」が希少なことや何としても欲しい感があまりなかった(そこらの役割は幕間の若者に与えられているっぽい)。主役となる面々がマフィアのトップなのでその意味でも「翡翠」はあって当たり前で、「翡翠」を持たざる人々の生活の描写が足りないのは惜しいと思った。
 政治的な部分も、島では政治家もマフィア(というかグリーンボーン)の一部に組み込まれているので、マフィア同士の抗争でしか対立に決着をつけることができず政治バトルの面白さがなかったのは残念。島の外で教育を受けグリーンボーンが支配する島の風習に疑問をいだいたり、外国と密かにつながって抗争中に外国軍が攻めてくるのではと期待していたが結局そういう描写もなく。島の価値観として多少頭が切れて優遇を図ってくれる男気のある親分にみんな着いていくだけなので政治家など有力者の各マフィアへの支持も激動することはないシステムになってしまっている。そういう文化なんだけど読みすすめるうちに飽きてしまった面はある。

 とは言え、東アジア的な舞台で2つのマフィアが人知を超えたバトルを繰り広げるのはやはりワクワクする。見得を切ったり一騎当千の派手さはなく泥臭い戦いだけど逆にそんな俗っぽさが登場人物の息遣いを感じられて良い。

 ちなみに続編が出るらしいけど、どういう風に展開するのだろう。次作は島の外の国が絡まないと面白くないぞ。

2019年10月29日火曜日

新・オウガキングダムの登場だ!

 Ogor Mawtribesって言うんだね。旧GutbustersとBeastclaw Raidersが融合した勢力っぽい。今風に部族ルールと騎乗特性、専用テレインもちゃんとついているらしい。エンドレススペルはないのかな。それとも公開されてないだけかな。なんにせよ、楽しみ!

 今現在出ているっぽい情報をまとめてみた。下記の①と②はウォーハンマーコミュニティの確定情報、③は出所不明の怪しい情報。色々妄想するのだ!

①Ogor Mawtribesの全般ルール(確定情報 from Warhammer Community
ルールの一部が公開されている。なかなかおもしろそう。

  • Might Makes Fight:全般ルール。目標確保において、オウガのモデルは1体につき2体分、オウガモンスターは10体分としてみなす


  • Ravenous Brutes:全般ルール。オウガユニットが敵ユニットから3インチ超離れていた時、腹ペコとなりMoveが2上がる。3インチ位内だったとき、食事中となりBraveryが2上がる。
  • Battlebroth:Great Mawpot(専用テレインの大鍋)のルール。Great Mawpotは満杯と空っぽという概念があり、バトル開始時は満杯。ヒーローフェイズでGreat Mawpotから6インチ以内の自軍オウガヒーロー1体はGreat Mawpotの魔力を使う。魔力を使うと、Great Mawpotから完全に36インチ以内に収まる全オウガユニットそれぞれがD3の傷を回復する。魔力を使うと空っぽになる。
  • Deadly Rain of Scrap:ノブラースクラップランチャーのPiles of Old Scrapという射撃武器。射程6-36、攻撃回数3回、ヒット3+、ウーンズ4+、貫通なし、ダメージD3、さらに攻撃対象が10モデル以上ならばヒット2+かつダメージD6になる。
  • Trampling Charge:対象不明のルール。オウガやライノックスユニットが突撃移動を行った後、1インチ以内の敵ユニットに対し未補正の突撃ロールの出目に等しい数のダイスを振る(オウガユニットが8モデル以上の場合、またはモンスターの場合、各出目に2を加える)。補正後6+の出目ごとに対象の敵ユニットは1モータルを受ける。
  • Grasp of the Everwinter:Beastclaw Raidersのルール。ヒーローフェイズ開始時、味方の全Beastclaw Raidersユニットの3インチ位内にいる敵ユニットそれぞれに対しロールする。ロール結果が現在のバトルラウンド数以下だとD3モータル与える。
  • Earth-Shattering Charge:ストーンホーンのルール。このターン中に突撃移動したら、Rock-hard Horns and Crushing Hoovesのダメージは1上がる。
②Ogor Mawtribesの部族ルール(確定情報 from Warhammer Community
部族ルールなんておしゃれ!
・Meatfist Mawtribe
  • The Unstoppable Feast:コマンドアビリティ。白兵フェイズ開始時に使う。白兵フェイズが終わるまで、このコマンドアビリティを使ったMeatfistヒーローから完全に18インチ以内に収まる全Meatfist Ogor Glutton(旧オウガブル)ユニットのGulping Biteの攻撃回数は1上がる。同じターン中、各Ogor Gluttonユニットは1回しかこのコマンドアビリティが適用されない。
  • Food for Thought:ルール。ヒーローフェイズ開始時、ジェネラルが食事中なら追加のコマンドポイントを1点得られる。

・Bloodgullet Mawtribe
  • Heralds of the Gulping God:ルール。Bloodgullet ButcherはGutmagicを追加で1つ知っている。加えて、味方のBloodgullet Butcherは追加で1つ呪文を唱えられる。
  • Splatter-Cleaver:アーティファクト。所持者の白兵武器1つは白兵フェイズ終了時、このフェイズで敵に傷を負わせていれば、所持者の12インチ以内の全BloodgulletオウガユニットはそれぞれがD3の傷を回復する。

・Underguts Mawtribe
  • Thunderous Salvo:コマンドアビリティ。射撃フェイズ開始時に使う。射撃フェイズが終わるまで、このコマンドアビリティを使ったUndergutsヒーローから完全に12インチ以内に収まる全Underguts Ironblasterユニットの射撃武器の攻撃回数は1上がる。同じターン中、このコマンドアビリティは1度しか使えない。
  • Gunmasters:Underguts Leadbelcherのリードベルチャーの射程は12インチでなく18インチになる。

・Boulderhead Mawtribe
  • Fearsome Breed:Boulderheadモンスターの傷は1上がる。加えて、ストーンホーンかサンダータスクに乗ったBoulderheadはそれぞれ騎乗特性を得られる。
  • Dig Deep Your Heels!:コマンドアビリティ。どのフェイズの開始時に使っても良い。そのフェイズが終わるまで、このコマンドアビリティを使ったBoulderheadヒーロー(使用には騎乗していることが条件)のダメージテーブルは傷が全快としてみなされる。
  • Thunderbellies Mawtribe
  • Swift Outflank:突撃フェイズ開始時に、戦場の端から完全に12インチ以内に収まる全Thunderbellies Mourfang Packは全力移動してても突撃できる。
  • Shatterstone:アーティファクト。所持者の12インチ以内のテレインは敵ユニットのみにDeadlyになる特性を加えられる。

・Winterbite Mawtribe
  • Howl Of The Wind:コマンドアビリティ。白兵フェイズ開始時に使う。このコマンドアビリティを使ったWinterbiteヒーローから完全に12インチ以内に収まる全Winterbite Frost SabreユニットとWinterbite Icefall Yheteeユニットは白兵フェイズ開始時に白兵できる。これらのユニットは追加で白兵するアビリティや呪文がない限り、その白兵フェイズでは白兵できない。
  • Wintertouched:ジェネラルから完全に12インチ以内に収まる全Winterbite Frost SabreユニットとWinterbite Icefall Yheteeユニットは白兵武器のウーンズロールが1上がる。
  • Ghosts In The Blizzard:完全に自軍領土内に収まる全Winterbiteユニットは射撃攻撃の対象になるとヒットロールから1引く。
  • Frostfang:アーティファクト。各バトルラウンド開始時、ダイスを1つ振り、5+なら以降のゲーム中ずっと所持者の白兵武器1つのダメージに1加える。この効果は累積する。


③リーク情報(当然不確定、出所は秘密)
怪しい情報だよ!

・Gutmagic呪文(ブッチャーのみ使える)

  • Freshcrave Curse:キャスト6。詠唱者から12インチ以内の視線の通る敵ユニット1つはD6モータルを受けるが、次の自軍ヒーローフェイズ開始時まで対象のユニットの白兵武器の攻撃回数に1加える。
  • Blood Feast:キャスト7。詠唱者から18インチ以内の視線の通るモンスターでないオウガユニット1つは次のヒーローフェイズ開始時まで白兵武器の攻撃回数に1加える。
  • Ribcracker:キャスト7。詠唱者から18インチ以内の視線の通る敵ユニット1つは次の自軍ヒーローフェイズ開始時まで白兵攻撃のセーブロールから1引く。
  • Blubbergrub Stench:キャスト5。詠唱者から18インチ以内の全ライノックスユニットは次の自軍ヒーローフェイズ開始時までTrampling Chargeを行う上でモンスターとして扱われる。
  • Molten Entrails:キャスト7。詠唱者から完全に18インチ以内に収まる視線の通るオウガモンスター1体は次の自軍ヒーローフェイズ開始時まで騎乗者の白兵武器のダメージに1加える。
  • Greasy Deluge:キャスト7。詠唱者から18インチ以内の視線の通る敵ユニット1つは次の自軍ヒーローフェイズ開始時まで白兵攻撃のヒットロールから1引く。

・ファイアベリーも専用の3スペルが与えられる
・ビーストクロウレイダースの魔法使いも3スペル与えられる
・アーティファクトは、A)各部族専用のアーティファクト、B)タイラントのアーティファクト、C)ブッチャーのアーティファクト、D)ビーストクロウレイダースヒーローのアーティファクト、で各6個ずつある
・オウガタイラントのアーティファクト

  • Headmasher:所持者のThundermaceのダメージは3ではなく4になる。
  • Grawl’s Gut-plate:所持者が腹ペコなら移動に2ではなく4加える。
  • Gruesome Trophy Rack:所持者から完全に12インチ以内に収まる全Gutbusterユニットはモンスターかヒーローと白兵する時、ヒットロールに1加える。
  • Flask of Stonehorn Blood:バトル中1度、どのフェイズの開始時に使っても良い。ターン終了時まで所持者が傷かモータルを受けるたびにダイスを1つ振り、4+ならその傷またはモータルは無視される。
  • Sky-Titan Scatter Pistols:所持者のピストルは攻撃回数が2ではなく6になる。
  • The Fang of Ghur:所持者のBeastskerwer Glaiveは貫通が1ではなく3になる。

・ブッチャーのアーティファクト

  • Dracoline Heart:バトル中1回、ヒーローフェイズ開始時に使える。所持者の6インチ以内にある自軍のGreat Mawpotが空っぽなら満タンにする。
  • Shrunken Priest Head:所持者が傷かモータルを受けるたびにダイスを1つ振り、5+ならその傷またはモータルは無視される。
  • Wizardflesh Apron:所持者は各ヒーローフェイズで追加で1つ呪文を唱えられる。
  • Bloodrock Talisman:エンドレススペルをアンバインドやディスペルしようとする時、ロールに2加える。
  • Grease-smeared Tucks:所持者から9インチ以内の味方モンスターの突撃ロールに1加える。
  • Rotting Dankhold Spores:バトル中1回、ヒーローフェイズ開始時に使える。所持者から6インチ以内の敵ユニット1体に対し、そのユニットのモデル数に等しい数のダイスを振り、4+が出るごとに1モータル与える。





 すごい。個人的には、ビーストクロウレイダースはユニットの種類が極めて少なく、戦い方の幅が狭いのが問題だと思っていたので、ちゃんとガットバスターズと統合してくれて嬉しい。ビーストクロウレイダースでも魔法が使えるよ!
 またガットバスターズから見ても強力な騎乗ヒーローが使えるのは便利。特にストーンホーンヒーロー(ダメージ減少)がそのまま導入されたら相当強化されると思う。

 まだ細かいデータはわからないけど、固有能力のRavenous Brutesは強そう。移動時は移動距離が2上がり、戦闘時(移動できない)は代わりに士気が2上がるのは美味しい。コストにどのくらい反映されているかは不明だが、ステータスが両方とも2加えられるのよりお得感があるだろう。
 僕は今のAoSの使用を知らないのだが、コマンドアビリティとかで「使用者からxxインチ以内の全てのユニットが対象」ルールが多いのに驚いた。もちろん対象のユニットは全員xxインチ以内にいることが条件で、さらに同じターンに1回しか使えないとか制限も多いんだけど。

 Boulderhead部族の部族特性は純粋に強い! 複数の騎乗ヒーローを入れられるなら最強に近い。でもコストが高いので2000pt戦とか3000pt戦専用なんだろうな。
 専用テレインのGreat Mawpotルールを読む限り、オウガユニットは最低人数で多ユニットにするのが効率が良いっぽい。
 心配なのが、カテゴリーとしてOgor Mawtribes・オウガ・ノブラー・各部族があることは確定だろうが、Beastclaw RaidersとGutbustersのカテゴリーもありそうなこと。その場合、旧オウガブルとかリードベルチャーはビーストクロウレイダースのバフを受けられないとかあるんだろうな……。
 またAoSのブッチャーは旧屠殺人スクラッグも含み、普通のブッチャーと旧屠殺人スクラッグは性能が異なっていたんだけど、やっぱり異なったままなのかな。旧屠殺人スクラッグの性能はオウガにとって便利だったので残してほしい。


 ところで。旧ゴウガーって完全にいなくなったの? かわいそう……。

2019年9月30日月曜日

「おうむの夢と操り人形 年刊日本SF傑作選」(大森望編、創元SF文庫、2019)

 このシリーズも今巻で終わり。結構当たり作が多かったアンソロジーシリーズなので寂しい。ラストなので丁寧に読み込もうと思いつつ、集中力が切れた作品はつまらないと思ってしまうのだ。
 始めの「わたしとワタシ」(宮部みゆき)はSF的にはタイムスリップなんだけど、人工知能かなんかによる過去の自分の模写との対話と表現したほうが実態に近い。だって過去の自分が未来にタイムスリップしたなら、未来の自分(=現在の自分)が覚えていないほうがおかしいもん。このタイムパラドックスを回避するために色々な作品で平行世界だとかタイムスリップで経験したことは元の時代に戻ると忘れてしまうとか理屈を付けているわけで、そこらへんの努力すらない今作は時間旅行モノとは認められないな。そんなわけで過去の自分が過去から見た未来である現在の自分に色々文句を付けたり幻滅したりするのを、年を経た現在の自分が若いなーと朗らかな気持ちで眺めているストーリーと要約できる。そりゃまあ20年ほど前の自分なんてもう赤の他人だからね。僕だって20年前の自分の行動や考えを思い出してしまいなんでこんなことしたんだろうとジタバタするときもあるし。SF的なテーマは自分というものの非連続性、かな。個人的には日常によく似た異世界の品が紛れ込んでいて、間違えてそれを手に取ると異世界に移動する描写は手垢がついているけどやっぱりワクワクした。
 2作目の「リヴァイアさん」(斉藤直子)は少し不思議な生き物をテーマにした作品である。ちなみに「わたしとワタシ」と共に女性一人称文体の作品であり、その対比が面白い。「わたしとワタシ」はセルフツッコミ要素が薄く、文体にギャグの要素はないが、この作品は地の文(主人公の思考)が実際に声に出されている描写からギャグ寄りである。まあ、その手の設定も今はありきたりであり、他の登場人物が地の文にツッコミを入れるギミックが面白かったのも最初の数ページくらいだったんだけど。スカイフィッシュという空を泳いで化学製品を食べる生き物が実際にいたら面白いだろうな。
 「レオノーラの卵」(日高トモキチ)は幻想小説っぽい作品。登場人物の行動やストーリーはわかりやすいんだけど、なぜ登場人物がその行動をとっているのか、目的がよくわからなかったので当惑してしまった。ネットで感想を見てると僕以外の人はそこそこ大丈夫なようで、この感覚は僕だけのものなのかもしれない。顔見知りの女性が産む子供(卵)は男か女か、いやどっちでも良いじゃん。ところで、卵を生んだりする世界で男と女だけしかいないの?
 「永世中立棋星」(肋骨凹介)はマンガ。AI将棋棋士という存在についての作品。多少AIの擬人化が過ぎている気がするが、それでも十分不思議感があった。
 「検疫官」(柴田勝家)は物語が悪しき感染症とみなされた国を描いた作品。正直、最初は「物語」というのが単に神話や小説やマンガなどの創作物を対象としてるだけだろうとバカにしながら読んでいたのだが、あれよあれよという間に記憶だとか体験だとか因果を結びつけてしまう人間の認知能力だとかまで話が膨らんだだめかなりしっかりした作品だと思えるようになったのだ。物語を生み出さないよう名前などの固有名詞すら生まれた通りなど意味付けを回避しようとするも、そのことがかえって物語化してしまう矛盾を見事に描き出している。そして物語を忌避する人たちすら気を抜くと憶測という形で物語を生み出してしまうし、物語を取り締まる仕事に長く就いていると物語に汚染される。この作品はディストピア社会を描いた正統な作品なんだけど、一般的なディストピアとは異なり、物語を排除する動機というのはそれなりに説得力があるんだよな。現実の世界を見ても物語は人々を扇動し嘘を生み出し古き理不尽な制度を温存する。それも含めて人間社会ではあるのだが、時々物語が嫌になるような人たちに、息抜きを与えつつ物語を排除することが不可能だと教えてくれる今作は非常に素晴らしい作品だと思う。ちなみに検疫官が名をつけた子供が、その検疫官が心を壊し酒に溺れている頃大統領になることに因果関係を見出すことこそ物語に感染していると言える。
 「おうむの夢と操り人形」(藤井太洋)は現在・現実に存在するロボットとAIを少し発展させてみた世界をリアルに描いた作品。この作家は「NOVA 2019年秋号」に収録された「破れたリンカーンの肖像」のような空想世界も描ける上、「行き先は特異点」のような極めて同時代性の高いリアルな作品も描ける人だと認識している。もっとも、あまりにも同時代性が強すぎて数年後は古びており、20年くらい経って過去を思い出すため再評価されるような感じがあるのだが。テーマ的にもオチも面白いんだけど、今すぐに実現しそうなリアル感がたまらない。小説としての面白さというより、優れた企画書内のシナリオを読んでいる気分になる。ペッパーくんと搭載されたAIが社長になる日も近いのか!? 実際、ロボットやAIを無理に人間社会に合わせるより、人間がロボットやAIに合わせるほうが良いというお話は山形浩生氏も語っており(確か人間はロボットの掃除役になるとか)、その思想を企画書に書かれるようなストーリー仕立てにした作品という印象を受けた。
 「東京の鈴木」(西崎憲)は「検疫官」で描かれた物語ることについて描いた作品だと理解した。ストーリー的には、「奇妙な予告があり、その後予告に関連すると思われる奇妙な事件が起こる。そんな流れが数回続き、ある日ピタッと止まる。その後、模倣犯が現れることを示唆する」というお話。作品内でも予告と事件の間の因果関係は匂わすだけに留められており(ただし短編なので予告と事件しか描かれておらず読者から見れば関係しているとミスリードさせられるけど)、何にでも因果関係を見出したくなる人間の本能を上手に描いていると思う。とはいえ僕が理解したこのテーマなら、中編または長編にして様々なジャンクワードを並べてもうちょっと予告と事件の因果関係を薄めるほうが面白かった。このへんてこりんな事件と曖昧な結末の読後感、何かに似てると思ったら、奇妙なお話系のホラーだ。
 「アルモニカ」(水見稜)は歴史上の人物が行う音楽療法が治療効果があるのかみたいな問題をあっさり目に描いた作品、なのか? 幻想風味の入った作品だが、僕は単純に治療効果があるかないか的な作品としてしか理解できてない。こんなお話に近い歴史があったんだねー、と。
 「四つのリング」(古橋秀之)は伝説の名作「百万光年のちょっと先」の1エピソードみたいな作品。みたいというか、1エピソードなんだけど。僕は「百万光年のちょっと先」が好きだから(感想文書いてないけど)、この短編を読めてよかった。
 「三蔵法師殺人事件」(田中啓文)は……まあいつもの田中氏だね。「宇宙サメ戦争」を読んだ後なのであまりにも読後感が同じでびっくりした。田中氏のギャグ作品を読むときはある程度日にちを空けたほうが良さそう。
 「スノーホワイトホワイトアウト」(三方行成)はこの程度? という感想。「トランスヒューマンガンマ線バースト童話集」が大絶賛されてたのでいつか読みたいなと思ってたら、今回読む機会ができたのだが、思ったより普通。白雪姫を元にしているらしいけど、白雪姫である必要はあるの? という感じで、白雪姫関係ない小説とするとストーリーを進ませる面白さがイマイチ足りない。ジャンルは異なるけど、童話を元にした作品なら「断章のグリム」みたいな見立てと解説的なことは様式美としてやってほしいなと思った。
 「応為」(道満清明)は今アンソロジー2作目のマンガ。ワニマガ時代より少し清いけど相変わらず笑いどころに緩急あって面白い。ひたすらギャグを詰め込む「三蔵法師殺人事件」も面白いけど、表立ってギャグだと言わずボケ倒す「応為」の方が僕は好きだな。
 「クローム再襲撃」(宮内悠介)はたぶん面白いんだろうけどイマイチ乗れなかった。ごめんなさい。としか書かないのもアレなので、僕がそう思った理由を書くと、SF的なガジェットが地味で世界観に馴染んでいるので派手な読後感でないこと。ストーリーも僕はそこまで興味をそそられなかったため、こんな感想になってしまった。
 「大熊座」(坂永雄一)は半ばファンタジー作品。人間(?)が火を使えず、熊が火を使えるようになったことが読みすすめるとわかるのだが、半ば童話のような雰囲気から「……それで?」と思ってしまった。
 「「方霊船」始末」(飛浩隆)はすっごく面白い! 中国とか韓国っぽい科学の発達した漢字エキゾチック世界で、女学生が異世界から来た(と言っても作中ではごく当たり前の出来事らしい)女学生と出会い、異質な文化に触れてハマり、事件を引き起こした顛末を数十年後から回想するっていうストーリー。回想している今現在とかインタビュー形式の文体とかは正直どうでも良くて、描かれる異世界の文化(神話)とテクノロジーが魅力的だった。仮面を被ることで神話の登場人物になりきり、神話を演劇で再現する。作中の断片的な描写から想像するに、その演劇化された神話はおそらく特撮モノ! いや、怪獣だとか電送人間とかガス人間と言った単語がバッチリ出てくるのだ(なお、「電送」や「ガス」などの漢字は変えられている)。でも本当にこの作品がすごいのは、単に特撮が神話だったというアイデアを小説にしたら普通はパロディ小説にしかならないと思うんだけど、この作品は「ウルトラマン」などの毎週敵を倒すというエンターテイメント性を西遊記のような毎回敵を倒す神話性と読み替えているところだ。すごい! で、調べてみたらこの作品は長編「零號琴」のスピンオフらしく、「零號琴」自体同じようなノリで日本のサブカルチャーを作中の神話化するような作品らしい。単行本らしいけど、読まねばならないか。
 「幻字」(円城塔)はごめんなさい、集中力が尽きて読めなかった。独自の文字とかの話だから面白いはずだけどイマイチ入り込めなかった。どうも僕は円城氏の作品とは合わないっぽい。
 「1カップの世界」(長谷敏司)はどこかのアニメの前日譚らしい。病気のためコールドスリープに入った少女が未来の世界で覚醒し、常識も技術も元いた時代より異なる中、思春期的潔癖性から疎外感を強めて世界を滅ぼすことを決意する(?)ストーリー。世界を滅ぼすことにしたかどうかは定かでないが、僕はこの主人公なら世界を滅ぼそうとするだろうと思った。まああれだね、コールドスリープしたのがそこそこ社会を経験した大人だったら浦島太郎状態で古代人扱いされながらも生きていく術を見つけられたと思うんだけど、まだ若い少女でそのくせ何でもできる資金を手にしちゃったものだから癇癪を起こして取り返しのつかない方向へ走ってしまったのだろう。IT技術が廃れやすいことを面白おかしく描いており、常識も技術とともに大きく変わり、そして未来人であっても過去の常識を理解することは難しいことを短いながら上手く書いている。目覚めた時代の人々は勉強不足だけどそこまで悪意がなく、そして少女ももう少しその時代の常識を身につける素振りを見せておけば楽しく暮らせたのになあ。
 「グラーフ・ツェッペリン 夏の飛行」(高野史緒)はSFというにはノスタルジックな作品だな、序盤に出てくる量子コンピュータのガジェットも似合ってないなと思っている中で、特に世界の存続に関わったり人類の進化に大きく影響するわけじゃないのだけど、不思議な出来事が起こりましたあれは何だったのだろうと思い返すような作品で、よくよく考えてみたら怪談話だと思いあたった。そういや昔の飛行船が見えるという話のつかみからして幽霊話ではないか。そして量子コンピュータが導く死者の語りかけ(原理は平行世界でもなんでも良いと思う)を経て現世に戻ってくる流れは行きて帰りし物語なんだなあと思った。現代のはずだけど何となくレトロな雰囲気が独特。
 ラストの「サンギータ」(アマサワトキオ)は最近いろんなところで読む仏教SFの1つ。「プロジェクト:シャーロック」の「天駆せよ法勝寺」と異なるのは、「天駆せよ法勝寺」は舞台が宇宙? だけど「サンギータ」は現実に近いネパール。1つだけ現実と異なるのはバイオハックという生体改造技術が一般的になっており、これを用いて獣人のようにケモノ耳を生やしたり尻尾を生やしたりしている人が多いらしいこと。たぶんその気になれば腕や脚を増やすことも可能っぽい。この技術を使って、単なる信仰の対象でしかない少女が経典に書かれている女神の特徴(ケモノのような肉体を持つ的なアレです)をその身に実現させようとし、神性を取り戻そうとするのがストーリー。中盤くらいまでは実は本当に少女が仏の使いで、手術後は超常の力を発揮できるのかと思っていたが、実はそんなことはなかったのが最高に面白い。ネパールという日本人にとってはエキゾチックな文化と仏教という感覚的に想像のつく世界観にねじ込まれるバイオテクノロジーの西洋性。それまでさんざん神秘的な雰囲気をかきたてていたのにあっさりと霧散させる女神の神性。面白い。ちょくちょく出るバイオハックを受けた市民がゲテモノ大集合な感じで楽しかった。


 総合的にやはり面白いアンソロジーだった。読む前は分厚いな、多いなと思っていたが、読み始めるとどんどん読み終えてしまう。かつては毎年この手のアンソロジーを買うのも義務感を感じて疲れていたが、終わりが来ると寂しくなる。今作が最後になってしまって悲しいけど、今後は河出文庫のNOVAを楽しみにしろということか。
 なお、僕は毎年毎年集中力が切れて内容が理解できなくなる作品が2つ3つはあって、だからあまり好ましい読者ではなかったかもしれないが、ここ数年は絶対に買ってて良かった・新しい世界が見えたという作品にも出会っていた。これがアンソロジーの特性であろう。
 編者も作者も編集者も皆さんお疲れさまでした。また復活したらついていきますです。

2019年8月28日水曜日

「NOVA 2019年秋号」(大森望 責任編集、河出文庫、2019)

 よくわからないけど年に2回出すようになったのかな。2019年の春号はこれ。2019年のSFとしてはどうでしょうねぇ、ちょっと薄いかなーと思ったいたが、果たして秋号はどうなるのか。

 最初の「夢見」(谷川浩子)は夢の出来事が入れ子になって、今は夢か現実か……系列の作品。小説の流れとしては理想的な夢か現実か作品であり、僕はこの手の作品は真面目に考えずに雰囲気で読むことにしてるので、夢か現実かわからない点ではなかなか良かった。
 「浜辺の歌」(高野史緒)は二人称小説であると共に介護をテーマにした作品。老人1人1人に人工知能のコンパニオン(愛玩動物とか人形とか)が付いてて心の支えになっていたり、生身の人間までもがそれなりの数いたりと主人公(?)であるおじいさんはかなり裕福な生活してるんだと思った。よく読むと行動範囲が限られているらしいけど、人工知能という単語から冷たい生活を想像していたら、友達みたいな関係の人もできてるし人間の介護士さんはいるしで充実した生活じゃん。ただ、これはおじいさんの周りは1人で動けて知能も維持できているから理想郷みたいな介護になっているわけで、現実の技術が発展しても今大変な現場では大変さはあまり変わらないだとうと感じてしまった。
 「あざらしが丘」(高山羽根子)は捕鯨とアイドルを組み合わせたらしい。なんで捕鯨? それはともかくタイトルは「嵐が丘」? ダジャレだとしたら次の宇宙サメ戦争合わせて2つ続けてか……。お話は生き残りのためにニッチを目指したアイドルが捕鯨道に目覚め史上最強のクジラと戦うため自らを捕鯨道に最適化して最後の戦いに赴くストーリー。この世界のクジラは捕鯨禁止を受けて人工知能搭載のAIBOみたいなレプリカになっているので捕鯨である意味がないというか……。捕鯨をネタにしたと聞けば読者は環境保護団体との軋轢やクジラを食べる倫理性や伝統文化の保護との対立などを期待するんだけど、この作品はそういうところを序盤でさくっと切り捨てて、ひらすらアイドルの来歴とクジラとのバトルについて描く。政治など大きなお話に踏み込まないのは日常性を重視する「うどん キツネつきの」の作者らしいと思ったが、今作品においてはクジラでなくとも(そう、食べることすら目的ではないのだから)、氷山ハンターなどでも良かったのでは? と思わざるを得ない。
 「宇宙サメ戦争」(田中啓文)はジャン・ゴーレだ! カーク船長やミスター・スポックはOKでハーロックがNGなのはなぜ? ともかく、とりあえずひたすらサメの名前を使ったダジャレに笑っていれば良い。アイデアとしては可能性世界みたいな普通のSFなのでわかりやすい。多少つまらない気もするが、名物のダジャレが変に凝った設定で妨げられるくらいならオーソドックスなアイデアで可読性を高めるのも1つの方法であろう。面白いよ。
 「無積の船」(麦原遼)は前説で数学SFと書かれていた。恥ずかしながら数学SFは初めて読むのだが、数学上の意味合いと小説における描写が致命的な不協和音を奏でていた。数学を学びたいなら数学の参考書を読むべきである、そう学んだ作品であった。もう少し詳しく書くと、数学上の用語をストーリーに絡ませるんだけど、それが何を指しており何を描写しようとしているのか今ひとつわからないのが数学小説の欠点だと感じた。
 「赤羽二十四時」(アマサワトキオ)は野生のコンビニという存在を作り上げ、コンビニの仕事について詳しく書いた奇想小説。でもこの手の小説はSFとかファンタジーとかのファンならマンガも含めれば何となく知ってる感がある。さて、今作品のコンビニとは、野生のコンビニ生命体を捕獲して生体改造を施し地面に埋めて頭部の一部をコンビニ店舗にするらしい。でっかい空想の生き物を獲るの、上の捕鯨小説でも描写があったな。今作品の終盤で本能を取り戻し暴れるコンビニ生命体を獲ろうとする連中がでてくるが、主人公が獲られる側なのを考慮に入れても捕コンビニの描写は「あざらしが丘」の方が充実してると思う。それはともかく、今作品の肝であるコンビニ生命体がどんな存在かいまいちわからないのがマイナス点だと思う。例えばコンビニ生命体が他のコンビニ店舗を襲い「捕食する」(商品を奪う)んだけど、系列が異なるので腹を下して奪った商品を放りやるシーンがあって、生物の食事みたいな説明がされてるんだけど、それなら野生のコンビニはどうやって商品を体内に持ってるんだろう(野生のコンビニが商品を体内に持っていなかったら、本能に目覚めたコンビニ生命体は商品を奪おうとはしないよね?)。野生のコンビニが商品を持っていたとしたら、コンビニ店舗になったときに商品を納品されるのはどういうことなんだろう。野生のコンビニに種族みたいに系列という概念があって、人間社会で餌付けのように系列の商品(プライベートブランド商品)を作っているんだとしたら、プライベートブランドでない商品の立ち位置は野生ではどんな風になっているのだろう。というか、現実世界ではコンビニ商品はスーパーでも売ってたりするので、今作品はスーパーも野生のスーパーとかがいるの? という感じで読めば読むほど設定上言及されてない部分が気になった。肝心のコンビニ店員の仕事も、小売関係以外は宅配便の作業しか出てこないし(宅配便の荷物預かりサービスとか、チケット発見とか、振り込みの受付けとかあるでしょう?)、別にコンビニでなくても良いのでは? 最終的にぐちゃぐちゃになった店内で商品を並べて営業を再開するんだけど、床に落ちたと思われる品をそのまま売るのかよ。コンビニ、ヤバくない?
 「破れたリンカーンの肖像」(藤井太洋)は著者の別作品のキャラクターの前日譚らしい。とはいえこの作品だけでも十分面白い。タイムマシンがメインガジェットなのだが、時間旅行が偶然開くワームホールに左右されるため、狙ったワームホールがなかなか現れずひたすら世界がぐちゃぐちゃになるのが読んでて楽しい。ちなみに本作品の時間旅行とは平行世界への旅行のため、パラドックスなど時間旅行の制約が一切ないので時間軸が混沌になるカオスっぷりが予想できて良い。まあ、全体的には時間旅行SFだからご都合主義だよ。
 「いつでも、どこでも、永遠に。」(草野原々)は大森氏の序文にもある通りワイドスクリーン・バロック。AIによる擬似人格が自分を育ててくれた人間との約束を叶えるため、地球・太陽系・銀河系・宇宙・そらには別の宇宙を支配し、亡きその人を再度作り上げ、永遠の2人きりの時間を作るという物語。こうあらすじだけ要約すると美しい物語っぽくなるんだけど、実際はSF読者好みの下品で下世話な作風である。タイトルがダジャレの「あざらしが丘」の上品さを少しくらい入れてもバチは当たらないんじゃない? と言いたくなった。銀河系を支配できるAIが亡き人をそっくりそのまま蘇らせるために人類の歴史をエミュレートする適当さには良い意味でのご都合主義さがある。他の宇宙があるなら、本物そっくりの亡き人がいて一方AIが途中で壊れた宇宙を探し出して、その宇宙のAIに成り代わった方が本物を再現してることにならない? それはともかく、この作品のもう1つの要素である百合(女性同士の恋愛)なんだけど、前々から僕は昨今の百合ブームはヘテロ男性によるおもちゃではないかと勘ぐっていたが、やはり単なるガジェットでしかないんだなあと確信した。この作品、百合だと謳わなくても問題ない。というか、登場人物を減らして「引きこもりがAIに依存した」でも同じ物語になるわけだ。ろくに描写するつもりもないのに物語に特定の色を付けて読者を惹きつける手法は、性別の非対称性を考えると弄っているだけと言われても仕方ないと思う。SFとしての作品の価値には影響しないけど、小説としては少し評価が落ちる。
 最後を飾る「戯曲 中空のぶどう」(津原泰水)は何回でも読める作品。最初は戯曲かあと思っていたが、そして当然のことながら登場人物の喋り方がわざとらしいというか読むのキツイなーと思ってたんだけど、そのうち慣れてきて、そしたら作品世界をめぐる不思議な感覚に引き込まれた。はっきりと何が起こったか、誰が何をしたのかとは書かれておらず、読者は半分噛み合ってないやり取りをする登場人物たちの会話を読み解かなければいけないのだけど、それがまた不思議な読後感だった。たぶん誰の目線で読んだかで真実が変わってくる(のかもしれないと思っている)。まさに会話劇であり、神の視点の地の文が存在しないため真実はわからず、オルタナティブ・ファクトの時代を表しているよなと感じた。


 全部読み終わった結果、この本は当たりだと思う。少なくとも春号のようにサクッと感想を書いて後は愚痴を長々書いた作品はなかったと思う。今後もこういう水準の作品を読みたいものだ。

2019年8月25日日曜日

「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」(マイケル・ドハティ監督、レジェンダリー・ピクチャーズ、2019)

 公開1週間後に見に行って豪華版パンフレットも買ってきた(なお、この感想文を書いたのは公開1週間後で、ブログに載っけたのは何でこんなに遅くなったんだろ)。……うん、ある程度感想も耳に入ってきて豪華版買うべきかなと迷ったが、買ってしまったのだ。

 今作の売りはゴジラがいろんな怪獣と戦うことだろう。平成ゴジラと比較してる人もいた。出てくる怪獣はマンネリで、ストーリーと設定だけ多少現代的になっているという意味では、良くも悪くも平成ゴジラの現代版的な内容であり、2014年ゴジラを見た衝撃は超えていない。

 個々の要素を見ると、映像は、2014年ゴジラやパシフィック・リムと同等。つまり現在の映画の水準より飛び抜けて高くもなく低くもない。おなじみのモスラやキングギドラやラドンがハリウッドの技術でアップデートされた! というウリにどこまで価値を見出すかで映像の評価が変わる(ちなみに僕はそこまで映像に興奮はしなかったな……)。怪獣の質感はまるでゴジラが本当にいるかのようであり、「シン・ゴジラ」で蒲田くんの血が明らかにCGとわかる質感で描かれたのは雲泥の差。
 一方でストーリーは、怪獣を操って人類という病原菌から地球を守る目的のテロリストが人間の被害を最小限に怪獣を目覚めさせていたら、怪獣を制御しきれずにゴジラに頼るしかなくなったお話なのだが、まあありきたりだろう。技術を過信してパニックになる巨大生物モノではジュラシック・パークがすでにあるわけで。

 そして、今作の特徴だけど、ゴジラとしてはひどい。ハリウッドの怪獣プロレスに徹したらこうなっちゃうんだなあという見本になっている。その最たるものが、キングギドラに敗れたゴジラにパワーを充電させるために使った手段が核兵器! これはダメでしょう、ゴジラの理念とかから完全にかけ離れてる。このシーンをOKとしちゃうなら、最後のキングギドラとの戦いのときにひたすら核兵器を撃ち込めば楽に倒せたのでは?
 他、ちょくちょく気になったのが、主人公たちの前にゴジラが立ちふさがる(または突然現れる)→主人公たちは踏み潰されるのか?(もしくはゴジラにぶつかって海の藻屑となるのか?)→心変わりしたのかゴジラは向きを変える(もしくは何とかぶつからない)、というシーンがちょくちょく出てきたこと。うん、今作でゴジラは主人公たちの味方だからね、どうせ主人公たちは死なないよね。そう、ゴジラは主人公たちを殺さないのが視聴者にはわかってるのだから、こんなシーンを作らなければ良いのに。はっきり言って、ゴジラが単なる味方キャラとしか思えなかったし、もしかして制作陣は本気でゴジラを主人公たちの味方だと視聴者に思わせるために撮ったのだろうか?
 ゴジラに限らず、他の怪獣も、戦闘機を体当たりで破壊できる性能を持っているくせに、ミサイルや下手すると歩兵のバズーカみたいなのに怯む描写は一貫してない気がする。それとも戦闘機を破壊するのはやせ我慢してたのだろうか。

 で、ちょっと見逃せないほど気になったのが家族の関係。妻への執着は薄いけど、子供に過剰な愛を注ぐどこかで見たハリウッド父親像。この手の父子関係だと子供が娘である場合が多い気がして(このブログでも「ミセス・ダウト」で言及したことがあるし、アントマンもそういう作りだったはず)、明らかにかつての男ヒーローー女ヒロイン関係を父親ー娘に転化してるだけな気がする。というか、娘が半分恋人の役割を担わされててグロテスクなんだけど、批評家は何も言わないの? 今ゴジラでは人類を滅ぼそうとする妻と人類を救おうとする娘として妻がボスキャラまで担わされてるし……。

・その他小ネタとしては、どこかのスタジアムでキングギドラの熱線を躱しまくる主人公の娘はマーベルに出して良いレベルの身体能力だと思う。
・ついでにSAT(スローモーション・アクション・テスト)は合格。心ある制作陣だ。
・ネットで話題のゴマスリラドンに代表されるように、怪獣の擬人的描写が気になったな。怪獣はゴジラといえど敵でも味方でもあり得るという価値観は難しいのかもしれない。
・前作からの登場人物を殺してストーリーを展開させる手法テストは不合格。せっかくの芹沢博士を、東宝オキシジェン・デストロイヤーの存在しない世界線で殺してどうする。ゴジラ発祥の日本人としてはゴジラ映画として失格とせねばならぬし、日本人枠がなくなるという意味でも問題おおありであろう。

 今作はたぶんエンターテイメントとして見てほしいと製作者たちは思ってるんだろうな。そこかしこに過去作のオマージュが現れていることからわかる。過去のゴジラや怪獣映画が好きなのだろう。ただ……ゴジラというのはいろんな意味と歴史が含まれてしまってるから、そういう文化を共有できてない人々が作ってもニセモノっぽい印象を与えてしまう。ハリウッドに対しては、パシフィック・リムみたいなオリジナルの作品を追求してほしい。ゴジラはVSデストロイアで終わりで良いと思うよ。