2010年12月27日月曜日

「ハンニャハラミタ」(駕籠真太郎、集英社、2005)

 駕籠真太郎のマンガをレビューしていた当ブログだが、意外と抜けがあるらしい。この記事で書こうとしている「ハンニャハラミタ」に初の一般向け作品である「パラノイアストリート」など。一応駕籠真太郎の商業単行本は全て持っているので一刻も早く感想文を書こうと決意。

 さて、「ハンニャハラミタ」だが、集英社「ヤングジャンプ」に掲載された作品群である。さらに比較的古い作品が多い。そのためキャラクターも士郎正宗的可愛さがあり、しかもスカトロとか下品系ではないネタ。普通にSFしてるよ、どうしようって感じである。作品の感想は以下のとおり。

・仰ゲバ尊し
 ストーリー:小学校が鎖国化され、生徒は一生小学校の中で暮らし、学ばねばならなくなった世界。生徒たちは小学校に入ってから外を見たことがないため、何があるのかわからない。ちなみに小学校は先生が権力者であるため、生徒たちは日々を怯えて過ごしているのだ。
 要はある種のディストピアだ。ちなみに以下「動物の王国」までがこの単行本のディストピアシリーズね。小学校というのはどうしても体に叩き込むという教育をしがちだが、それを延々と大人になるまで引きずるとどんなになるかなーと、それがこの作品だ。別に教師も、教育制度も批判していない。それは黒幕が実はただの小学生で、こんな事件を起こした理由が「永久の小学生をやっていたかったから」みたいなセリフからも読み取れる。みんな流されっぱなしかもしれないが誰にも悪意はなく、結果として目を覆いたくなるようなディストピアとなった。ただそれだけだ。そして最後に主人公達は外の世界へ「卒業」するが、他の学校も鎖国してしまい、しかも主人公達は外の世界を全く知らないため生きて行けるのかどうかすら怪しい。希望も何もない終わり方だけど、外に出ることに情熱を燃やす主人公は救いを見いだせる。ってこれって少女革命ウテナ(それも劇場版)の一つのバージョンじゃないのかい?

・DEMON SEED
 ストーリー:異形化した人間に傷つけられウイルスに寄生されると、異形化してしまう。主人公は異形と化した人間を殺すハンターだが、恋人もまた寄生されていた。恋人は逃げ出すがその時に主人公もウイルスに寄生されてしまう。主人公は自殺する勇気もなく仲間のハンターと共に異形人間を殺すが、ある日自分が完全に異形になっていることに気づく。寄生されても思考は普段のままとわかる主人公だが、かつての仲間は主人公を殺そうとする。主人公は人間よりも異形人間達を選ぶ。
 要は吸血鬼だよね、異形人間は。それも一時期流行った社会に適応するタイプの吸血鬼モノか。つまり吸血鬼は人間の上位互換であり、人間から吸血鬼に変身するが、闇雲に血を吸うと生態系のバランスが崩れる。そのため吸血鬼の社会では人間世界に溶け込む掟があり、その一つとして滅多に人間を襲わないってな感じ。吸血鬼系の作品を余り知らなかったら面白いかも。特に終わりの方で寄生されていることに気付いた主人公の同僚が手を返して主人公を殺そうとするのは、吸血鬼モノのお約束とは言え、悲しい物があるよ。

・ハンニャ ハラミタ
 ストーリー:「菩薩」と呼ばれる製品により幸福感を感じることができるようになった。これを合法化しようとする組織とドラッグとみなし弾圧しようとする当局。「菩薩」によって恐怖感も紛れ、どんなに傷を負わされても非暴力運動を行うことができる。しかし新しくロボット警備員が導入され、躊躇なくデモ隊を殺すことができるようになった。デモ当日、「菩薩」合法化運動を行う組織の面々は次々に殺される。「菩薩」はもちろん無力だった。
 はい、「菩薩」に「イデオロギー」と入れてください。ああ、そういう読みは邪道かな。でもこの「菩薩」って奴はストーリーを作る上で何にでも置き換えることができるマジックワードなんだ。そんなことを思いながら読んだ。物語自体には別に目新しいものはないだろう。若気の至りは怖いねえ、しかも思想に肉体の快楽がからんでくると――な感じ。

・動物の王国
 ストーリー:生類憐れみの令が社会の理想となった世界。人間との共生はもちろん不可能であり、お互いを傷つけつつ、生き物を守る思想は廃れていった。
 「ハンニャハラミタ」に出てくるディストピアの究極系か。現実でも2010年度はシー・シェパードとか自然との共生がテーマになったから、その意味でこの作品はまだ光り輝いている。何というか、どのような倫理も政治の思想の道具になれば「良いこと」の一言では済まされなくなってしまう。理想を見栄のために支持する大衆、理想にしばしば反してしまう現実、理由はどうあれ理想を守れなかった人間に対する大衆からのバッシング、理想に政治が絡むととたんに湧いてくる金の匂い。さらに行き過ぎた理想に対するバックラッシュ、そしてバックラッシュを支持する運動家は世間から理解されないためカルト化する傾向にある。理想を守るための犠牲が現実の生活でどのくらいかを見せつけられると、とたんに文句を言い始める大衆。これだけの短い作品の中で「理想」というイデオロギーをめぐる全てのゴタゴタが描かれている手腕は素晴らしいとしか言えない。

・ataraxia
 太田出版の六識転送アタラクシアの元になった作品。異世界へ旅立つってのは児童文学でもよく見られるフォーマットだが(それこそハリポタが有名だよね)、現実での辛い出来事を忘れるためという側面があるのだ。児童文学での旅立ちってその手の「喪失の保管」(この場合はポッカリと空いた心を取り戻すという意味で)がかなり多いよね。
 で、この作品も見事に当てはまる。主人公が精神世界に行くのはイジメからの逃避。しかも逃避しても微妙に馴染めないとかイジメを解決しようとしても最終的に自分に被害が及ぶとかそんな因果応報オチも用意されている。
 それにしても精神世界の表現は面白かった。サイバーパンクSFでは電脳世界・精神世界は小説上で表現されるが、実際に絵にすることってまずないからね。その意味でこんな表現もあったのかと感動した。こりゃ次に精神世界を表現する人は大変だぞ。

・描きおろし(飛んで目に入る夏の虫・尻尾考)
 小ネタ。感想省略。


 内容が濃かった。作品の濃度もそうなんだが、いろんなテーマ・題材からの借用があるのだ。さすがに〇〇の基礎知識みたいな辞典を単行本にくっつける作者だぜ。
 駕籠真太郎の古い作品、しかも一般向けということで、王道のSFばかりが集まった感じがする。ところで駕籠真太郎ってディストピアとか反体制とかが好きなのね、としみじみ思った。しかもサヨクとか今の日本では理想とされる社会が容赦なくディストピアとして切られているのだ。これが少し昔の作家であればここまでメッタ切りにされなかっただろうに……。やはり駕籠真太郎はソ連崩壊以後の人間なんだね。
 まあそんなことを思いながら書き上げてみた。