2011年4月29日金曜日

小学生と怪談と

 僕は非常に怖がりなんだけど、その癖怪談とか奇妙な話とかが好きだった。怖いもの見たさを地で行く感じだ。怖いけど見たり聞いたりする→夜眠れない→絶対に怖いものに近づかないと決心するもやっぱり怖い本を読む……の繰り返しであった。小学校低学年の時に図書館で霊界・地獄についての解説本を読んだっけ。今から思うとあれは絶対に八幡書店の本に違いない。っていうか、僕の親も子どもにこんなの読ませるなよw
 そんな僕だったが、友達と怪談や怖い噂話をしたことはほとんどなかった。小学生の頃はコミュ力がそれなりにあったので怪談ができない関係ではなかったはず……。どちらかと言えば、その学校も住宅地も新しかったので怪談が出来るほど時間が経ってなかったのかもしれない。
 だから友達と怪談めいたことを初めてにして唯一話したあの時のことは今でも憶えている。

ドクターがやってくる
と友達に言われた。前後の文脈が全く覚えていない。どんな話の流れだったか忘れたが、このセリフだけは頭に残っている。小学校低学年でドクターという言葉を使いたいだけだったのかもしれない。ドクターがやってきて、一体何をされるのかもわからない。1人で学校に残っている時を狙われるのか、それとも放課後友達と遊んでいると現れるのか。
 僕の住んでいた住宅地は歴史が浅い上に学校の周りを家が取り囲んでいるような造形だったため、通学途中で怪しい人にさらわれることが想像つかなかった。一番遠い家から学校まで歩いても30分(今、グーグルアースで軽く見たところ、余裕を持たせて住宅地の縁から測っても1kmあるかないかだった)。一番近い家からは夜でも校庭が見えたりするので怪談が作られにくかった。
 でだ。今から考えるとドクター云々の話は出来の悪い作り話に過ぎない。しかし当時の僕達は言いだしっぺも含めて本気で怖がっているふりをした。少なくとも僕はかなり本気だった。「やってくる」だけで終わるのが怖いというか気持ち悪かったんだ。怪談話の耳が肥えた僕にとっては変な人に連れ去られるよりも、何をしているのかわからないけど「ドクター」が来るだけの方が十分怖かった。
 しかし元の文に情報がほとんどないため、僕達のドクター話も長くは続かない。噂しあって1週間後は飽きてしまい、口に昇ることもなかった。ドクターがやってくるお話は当然僕達の代で途切れた。
 それから数年間、卒業するまで怪談めいた話を聞いたことがない。霊が憑くほど古くない校舎は恐怖を生む余地すらないほどきれいだった。


 もう1つ、これも怪談じゃないんだけど怖い話を聞いたことがある。住宅地に引っ越した当時、探検ついでに周囲の田んぼを親と共に散歩したりドライブしたりしていた。最寄りのコンビニが車で15分しないとなかったため、家の周りに何があるのかを把握することは重要だった。
 ある日、隣町近くの田んぼを歩いていたときのことだ。確か晴れた初夏で、父親と一緒だった。丘の近くだった。
 疲れたからどこか日陰でひと休みしようかと父親が提案し、小屋を見つけた。丘に建っており、涼しそうだった。よく見るとドアらしきものがなかったため、これ幸いと2人で小屋の中に入った。家みたいな佇まいじゃなかったので軽い気持ちだったようだ。
 中にあったのは仮面。マスクではなくて仮面が奉られていた。それも祭りに使うようなものじゃなくて、表には出ないものの何十年もその地域で伝えられた儀式に使いそうな、そんな仮面が大切に供えられていたらしい。
 実は僕は全く覚えていない。どう考えても小さい子供を小屋の外に残すわけはないので、僕も仮面を見ているはずだが、全く覚えていない。高校生くらいになって親から思い出として語られたのだ。そんな冗談を言うような人ではないので、本当にあったことだと今でも思っている。
 さて、小屋の中に入った父親は、暗闇に目が慣れるにつれ、その仮面を見つけてしまった。ダラダラ流れていた汗が一瞬で引いたと語っている。急いで僕の手を握り、小屋を出て、帰宅を急いだそうだ。地方は別だが、やはり田舎出身の父親は尋常でないものを感じたのだろうか。むしろ現代の関東地方で未だにこんなことをやっているのかとの驚きのほうが大きかったらしい。
 その後父親は絶対に田んぼ周辺の散歩に行かなかった。ごくたまにテレビで古い民族用品が出たときにポツポツと話すのみだ。
 小学生の僕はその仮面のことを話さなかった。今だからこそ仮面の話を気持ち悪いと思えるが、当時は何とも感じなかったのかもしれない。僕はその後も田んぼでザリガニを採ったりして、自然に忘れたはずだ。
 もしも僕以外にあの小屋に入り、仮面を見た人がいたら、ある種の噂話になったかもしれない。小学生中学年~高学年の年なら不気味さに気付くかな。怪談になったかすらわからない。

 そういえば僕の周りはノストラダムスも紫の鏡も信じてる人がいなかったなあ。まだオウム事件が起こる前だから別に弾圧(笑)があったわけじゃない。単純に怪談もUFOも話せる人がいなかった。

 これで終わりにするのも何なので噂話(都市伝説)が成立する条件を考えてみようか。
1.生活圏の広さ
  怪談とか都市伝説の語り部になるのは小学生などだが、彼らが身近に知っているエリアでしか噂話に登場しないのは興味深い。大人の口を膾炙するならば、例えばオルレアンのだるま女みたいに見知らぬ場所の話題も「友達の友達(のトモダチ)」というマジックを使ってそれらしく話せるのだが、さすがに小学生が彼らの知らない地域を話すとリアリティが薄れるのではないか。もっとも、オルレアンのだるま女ですら信じた人はどれくらいいたのだろうか。話の流れも含めて自分に全く関係がないことでは怖がりようもないのだが……。せいぜいが週刊誌のゴシップレベルのリアリティだと思う。全く信憑性がないとも言えるが。
 ただし、彼らの行動範囲が狭ければ噂も作れない。僕の居た住宅地は田んぼ(住宅地の周り)と家の密集地帯がきれいに分かれていたので、小学生が行ける場所は大抵、周囲の目があった。そんな環境では怪人が暗躍する隙もない。事実、痴漢とかその手の話題は聞いたことがなかった。

2.コミュニティの古さ
  動く銅像は昔からあるものだと決まっている。よくわからないが、新しいものには怪しげなモノは憑かないらしい。
 また、先輩から後輩へ伝えられるから具体性が欠けてもリアリティが残るとも言える。事件が起こり、その詳細が忘れ去られた後に事件の印象だけが伝えられている場合も多い。例えば民俗学で犬神憑きと呼ばれた家などは何らかの事情があり(例えばその集落では新参なのに裕福だったとか、短期間で羽振りが良くなったなどの「原因」が民俗学では挙げられている)、それに対するやっかみとして犬神憑きと呼ばれたケースがあるが、現在では「事情」が消え去ったまま犬神憑きに対する禁忌だけが残っている。
 犬神が消えた今の時代だと、変な噂が流れても単なる噂以上のものにはならない気がする。事情を知っている人が内情をバラすか、噂として流れて終わるだけなのではないか。

3.コミュニティの広さ
  よく使われる「友達の友達」。突っ込むのも野暮な名単語だ。時々ネットとかで噂の元を探る人もいるが、友達をさかのぼっても新たな友達の友達が現れるだけだ。こっちのほうがホラーだと思うけど。
 仮に僕が「友達の友達に起こった出来事なんだけど~」と言われても僕から新たな人に話すときは「友達の友達の友達の話だけど~」とは言わないな。それこそ「友達の友達に聞いた話」として処理する。からくりはそういうことだろう。
 ただしここで必要なのは友達の輪が十分に広いことだ。ある人Aに「友達の友達」話をしてたとしよう。当然「じゃあその友達の友達の名前を教えて」と言われるに違いない。その時にAが知っている名前では噂として成り立ちにくい。事件を体験したのは見知らぬ人で、友達は偶然知りうる立場にあり、それを自分が又聞きした形じゃないと直接真偽を確かめられて終わる。まれに身元のはっきりしている人が噂の震源地になったりするが、本人が意図的にはぐらかしていたり、周囲の人間が悪意を持って噂を流している場合が多い。
 だから僕の小学生時代は1学年全員が顔見知りであったために噂話が出なかったのだろう。

4.外部からの情報の伝わりやすさ
 そもそも論として、怪談話はある程度フォーマットが決まっているから……。いわゆる六部殺しと子どもがかつて殺した人の記憶を持っていた怪談が似ているとか、昔から伝えられていた話と現代で広まっている怪談で似ているネタがあるのは枚挙にいとまがない。ここらへんは大塚英志の著作を読めばわかる。学校の怪談みたいな本では既存の怪談の焼き直しとしか思えない話も結構あるが(さらに言えばネットの怪談ブログなどは落ちも全くなく、「ちょっと怖い話」系の量産としか思えない。逆に現実味がある……のか?)、口頭伝承のバリエーションということで似たような話があるんだろうね。
 恐らくは、僕の住んでいたそこ地域で怪談とか噂話が広まるとすれば既存の怪談の焼き直しになるだろう。他の怪談の輸入という形で。
 その意味で他地域からの怪談の例が全く入らなかったのは噂を形成する障害となったのではないだろうか。それで話として面白い怪談をろくに作ることができなかった。

 どうでも良いけど怪談は面白いよ。ジャパニーズホラーは気色悪いだけだけど怪談は怖さがある。夜トイレに行けない雰囲気だぜ。