2011年11月6日日曜日

感想文と日記

 旅行で大量に買ったラノベ&読むのを止めたマンガの感想でも。できるだけ完結したマンガのみを感想文にしようと思っているのだが、最近巻数の少ないマンガを読んでないからどうしても中途で止めたものしか感想文にできない。
†荒川アンダー ザ ブリッジ(中村光、スクエニ)
 同じ作者の「聖☆おにいさん」(中村光、講談社)は面白かった。だから荒川~も面白いのだろうと思って2・3巻まで読んだのだが、どうやら僕には合わなかったようだ。面白かったのは、僕にとっては珍しく読んでる最中に自分の意志で放り投げたことだ。続きを読む気になれない大きな要因も自覚している。
 それはキャラクターだ。ただし何が(というか誰が)僕の気に触ったのかと考えると結構難しかった。アンチになる気もないし、だからと言って暇つぶしに読もうとも思わない。ランキングとかでは好評だし、作者が同じ別の作品は大好きだったし、この手の作風のマンガも小説も別に嫌いではなかった。なんだけど、ここまでの受け取り方の差は何かなーと考えていた。
 どうやら僕にとって荒川~というのは少し心を病んだホームレスを描いた話として認識していたようだ。常識とずれた人が常識とずれた行動をすればそれだけで面白いのだが、僕の苦手な見せ方をしている、と。ああ、だからキャラクターに拒否感があったんだ。同じノリなのだと思うんだけど、「聖☆おにいさん」はキャラクターが少なくとも一般人としてデザインされているのですんなり入ることができていた。
 さらに考えると、吉田戦車氏やしりあがり寿氏とかのシュール系のキャラクターとどこが違うのかと思い至る。前者は「伝染るんです。」しか読んでいないが、人間じゃないキャラクターが多かったので違和感を感じなかった。しかし後者は弥次喜多にしても髭のOLにしても人間以上の何者でもないから不快感を感じるはずなんだけどな。
 嫌いな部分を名指しできないにも関わらず読みたくない不思議な作品。

 以下かなり昔に読み、しかも途中で投げ出しまくった&打ち切りになった作品の感想文。

†乱破GOGOGO!(八街歩、富士見ファンタジア)
 この本を読んだ当時は、撲殺天使ドクロちゃんが世に現れた時期であったためドクロちゃんのパロディな感じがしていたなあ。今から思うとヒロインの外見がほぼ同じなので、ついでに性格破綻具合も同程度なので、実際は「(有)椎名百貨店」(椎名高志、小学館)に収録される忍者2人のパロディだ。
 内容に関してはどうでも良い。ドクロちゃん系列の作品なのだからストーリーよりも細部を楽しむべきである。いや、本当にギャグマンガを活字化したものと考えるべき類の小説なのだ。
 ただしギャグマンガはよほど変なものでなければ読めるのに対し、ギャグ小説って何だか滑ってるように感じてしまうんだよね。不思議だ。
 当然のことながらこの作品の感想を書くときはネタバレできるような部分がなかった。
 
†「白人萠乃と世界の危機」(七月隆文、電撃文庫)
 ラノベ中心の生活をしていた学生時は色々地雷を踏みまくった覚えがある。いや、当時は地雷であることにすら気付いていなかったと言うべきか。スレイヤーズが出た後の2匹目3匹目ですらない劣化ドジョウ達、一部は秀逸な設定もあったが、大抵は2巻やら3巻で終わってしまった。何だかんだで今でも好きなのだ、あの地雷たちが。
 そしてこの「白人萠乃と世界の危機」も対象は変われどフォロワーの1つであると密かに思っている。それも撲殺天使ドクロちゃんのフォロワーだ。
 のっけから地雷の話をしてしまったが、僕は別にこの作品が駄作だとは思っていない。というか、地雷と感じた書物が数えるほど少ないのだ。つまらないと感じても、それは僕自身に前提知識がないゆえであり、「この本はそういうものだ」という魔法の言葉を唱えれば案外地雷認定できる作品なんてないものだ。実際の所、シュール系の小説に対して登場人物の行動の一貫性を求めるなんて愚の骨頂だし。
 何だか書いていて言い訳をしている気がするけれど、「白人萠乃と世界の危機」はドクロちゃんという下地があったことを踏まえて読めば相当面白い。いろんな意味で脂ぎってこってりとし、また素材の味をそのまま使った調理をしているので、ドクロちゃんが好きなおかつニコニコ動画が好き(百合だの変態だのネタを大してひねってないからニコニコっぽい笑いが醸し出されてるのだ)みたいな一定の需要はあると思うけど、とにかく人を選ぶ作品である。まあでも、ネタをそのまま書いた作品なんて今のラノベ界ではいくらでもあるから大丈夫大丈夫。
 あれれ、やっぱり貶ししか書いていない……。この手の勢いが全てな小説は感想とか紹介とか書きようがないので古本屋で見つけたら読むべきだ。波長が合えば面白い。

†「ひぐらしのなく頃に」(竜騎士07、講談社BOX)
 西尾維新とかでお馴染みの箱付き装丁のバージョン。他のバージョンがあるのかどうかすらわからんが。
 上で、地雷認定率が少ないと書いたけど、その少ない地雷の1つがこれである。この装丁のシリーズはもう2度と買わないと決めたほど。奈須きのこのDDDも続きが読みたかったが諦めた。そんな苦い思い出を持つ作品である。
 もともとひぐらしに対しては何の思い入れもなかった。初期の頃から噂は聞いていたが、なぜかスルーを続けて、ひぐらしの結末が出た時あまりの不評に少し興味を持った。その程度である。そんな中、講談社から奈須きのこのDDDのような箱付き装丁で当時流行っていたひぐらしの小説版が出ると聞いて買ったのだ。しかも単なるゲームの文章丸写しではないと聞く。クオリティが下がるかもしれないが、今をときめくひぐらしを小説で読もうと、勢い込んで買った大学4年の頃だった。
 結果は敗北。さすがにアレを「これぞ小説」と豪語するのはいくら何でもまずいと思う。講談社のブランドを下げている。スレイヤーズやあかほりノベライズで育ち、3流エロゲーの文章も問題なく読め、近年の金太郎ラノベですら萌えられればそれで良いと納得する僕でさえ投げ出してしまったあの文章・ストーリーの展開はひどすぎた。ひぐらしを実際にプレイしたことある後輩に聞いたら、どうもゲームの文章をそのまま本にしてるとのことだが本当だろうか? アマゾンレビューを読むと確かにゲームの文章のままor加筆したっぽいことが伺える。……今の時代、PCゲームですらこの文体・文章はきついと思うけどね。
 要は小説としてひどすぎるということだ。三点リーダーやオノマトペ物量作戦などはどうでも良い。会話文多用もそのような作風だと納得しても、無意味な文言・シーンがこれでもかと書かれている。アマゾンレビューを読んでいると「キャラクターが戯れる」という言葉を使っていた人がちらほらいたが、まさにそれである。別に物語にとっていらないだろうと思える主人公とヒロインの掛け合いは「キャラクターの戯れ」を眺めるためだけにあると言っても良い。ゲームだから主人公の日常を描写してもキャラが立つだけで済んでいるが、さすがに小説でそのやり方はどうよ、と思ってしまう。というかゲームのノベライズだってここまでレベル低くないし。ONEとかKANONとか瑠璃雪とか臭作とか、読めばわかるがエロゲのノベライズの方がまともな小説であるのは天下の講談社として失格なんじゃないかな。
 どちらかというと、僕の文句は筆者じゃなくて編集者に向いているんだな。出版するならちゃんとした「小説」として出版スべきだったし、キャラの会話文を多用したいならいっそのこと戯曲形式(まおゆうみたいな)にするべきだった。そこをストーリーに必要ない会話シーンを残して1冊1500円にするなど、原作を知っているラノベしか読まない層をだまくらかした商品だとしか思えなかった。ちなみにアマゾンレビューでも値段の不満が書かれていたがなぜか会話シーンの削除などは求められていなかった。なぜだ。不要な会話を削って、説明台詞を地の文に置き換えるだけで文庫3冊に収められると思う。
 その後、僕はメフィスト系列の本は怖くて手に取ることができなくなりました、と。編集が機能していないからねえ。