2012年8月23日木曜日

「ぼくらはそれでも肉を食う」(ハル・ハーツォグ、柏書房、2011)

 だいぶ前に読了。
 食べ物の恨みは恐ろしいと昔の人は言っていた。でもまさか菜食主義者VS肉食問題ない派やらイルカ漁やら闘鶏やらの問題にまで発展するとは思わなかったろう。この本は肉食の、いや、闘鶏の例が出ているからもっと深いだろう、人間が動物に対してどのような感情を抱くかについて記した本だ。結論は出ていない。個人個人の属する文化だの信教だのに関わってきて、しかも個人ごとに許容範囲に差があり、必ずどこかが矛盾した結論を受け入れている、ということが観察でき、だから肉食に対しても矛盾した態度で臨んで良いのだよ、と著者は続ける。
 結論を読む本ではなくて、1人1人が内省する本なので(例えばイルカ漁を文化と言い張る人は犬を食する人を受け入れようぜ、みたいな)、感想文として書けることが少ない。かろうじて、純粋に動物を殺すだけならば問題はそこまで複雑にはならないが、そこに食事というものが入ってくると各人の倫理装置が作動するので皆強硬な姿勢を取り始めそうってのが読み取れるくらい。
 そこで考えたことが。もしもイルカ漁が食用ではなくて例えばイルカの皮が高級品だったからとかではどうだろう。イルカ漁を批判する人……は変わらないか。でもイルカ漁を擁護する人の行動は変わる……とは思えないな。所詮は文字通りのナショナリズム。虫食も文化文化。虫食と言えば、僕は絶対に虫食ネタを聞いたり読んだりしたら海老が食べられなくなるだろうと予想していたが、今のところまだ大丈夫っぽい。頼むから今後30年近くは虫=海老の連想回路が働きませんように……。


 ところで、昔有名だった「ざざむし」ってサイトがいつの間にか潰れていたのね。コウガイビルとかナメクジとか学生の僕の好奇心を刺激してくれたのに。