2012年8月19日日曜日

ランス・クエスト(アリスソフト)

 無印ランクエからほぼ1年、マグナムからでも半年と寝かせておいたのだが、ようやくワールド1をクリアした。
 ニコニコ動画とか見てるとここまでプレイヤーから愛される主人公は幸せだろうと思うと同時にランス君も丸くなったと思う。いや、鬼畜王からしかやってないけど。まあ、ランスも今では20歳を超えてるはずなので、普通に考えてある程度落ち着いているべきではあるが。
 ランス・クエストというゲームはエロを売りにしたゲームなのにテキストがギャグテイストだったり(考えてみると、昔々のエロマンガとかで、「俺のテポドンが……!」みたいなノリを時々見かけたが、ハイパー兵器とか皇帝液とかそのセンスそのものだ)、エロを売りにしていると言いつつ本気の抜きゲーではなかったり(その意味ではCG集というか正当なキャラゲーなのかもしれない)、でも部分部分で人によっては不快に感じるようなランスの言動があったり、そんなゲームだ。萌えゲー・泣きゲーの時代を乗り越え、燃えて燃えるシナリオの時代も乗り越え、バカゲーというジャンルが広まった時代を乗り越え、ゲーム性を売りにしたエロゲーの時代を乗り越え、よりハードになっていく陵辱ゲームのある中、相も変わらずのノリでファンを惹きつける奇跡のような存在である。このノリを出すには主人公がランスでないといけなく、アリスソフトの他のゲームもランスになれなかったことを見るとエロゲの中でも偶然に生まれた異端児なのだろう。
 さて、のっけから嫌な話だが、今作はそんなゲーム市場においても類稀なる長寿作品となったランスシリーズの幸と不幸が凝縮された作品である。ゲームも終盤になってズラッと並んだキャラクター一覧表を見てランスの軌跡に思いを寄せる人もいるだろう。僕は鬼畜王の思い出が蘇った。ランスシリーズの主人公サイド登場人物は特にランスVIからはフルで出ており(ガンジーとヘルマン組は別だが)、それゆえに嫌でも超大作にならざるを得ない。女の子は出演したらHシーンが期待されるし(特に志津香とマリアとかなみファンは年季も入っている)、一方ではマンネリ化するHイベントを何とか新鮮味を持たせる必要がある。そして……これが一番ランスシリーズの特徴でもありファンを増やした功労者であり同時に不幸とも言うべき部分だが、ランスシリーズは登場人物・世界観・シナリオが最終局面までファンに知られている。それこそが鬼畜王ランスという「外伝」だ。ランスシリーズの不幸は各国における登場人物を出演させることが求められてしまっていて、正史では鬼畜王シナリオからのアップデートまで求められることなのだ。
 ランス・クエストはそこらの影響で壮大なる伏線集になってしまっており、苦労したことが諸に読み取れる。シィルは氷漬けのまんまで鈴女はお亡くなりに、初登場で重要そうなもののキャラの書き込みの浅かったクルックー・クレイン・アームズは当然次回の伏線なんだよね!? いや、今作初登場キャラはどれも書き込みが足りなさすぎたが。確実に伏線なのがわかっているだけでもヘルマンのミネバ、ケイブリス派の衛星兵器(パイアール?)、キングドラゴン、AL教etc。着実に対魔王、及びルドラサウム編を見据えてるってことがよく分かる。で、一番悔しいのはシナリオ的にそのような尻切れトンボだらけだったのにキャラクターのイベントを集めることで何となくキャラを把握できて今後の活躍に期待する気持ちが生まれてしまうことだ。あとはゲーム性が優れていて楽しかった。アンケートでもこのゲームシステムで他の作品を作ってくれと送ったけど、これってまた他のゲームを作るつもりと考えて良いのですよね? ランスVI→ダンジョン&ドールズ(アリスの館7)→GALZOOアイランドの流れは美味しかったのかな、まあプレイヤーとしてもシステム面での外れやバグがないため大歓迎だが。
 しかし。これらは全てひっくり返すとランスシリーズの幸となる。作品単体で見るとシナリオ面での欠点が多いものの(大型ランスであるVIや戦国を比べてみると、今作では全く何も進んでないんだよな……)逆に言えばそれを補って余るほどのゲームであり、キャラクターであるとも言えるのだから。ちなみに今作を終了して気づいたのだが、徹頭徹尾禁欲モルルンに対するドタバタがストーリーの中心にあった。それでもカラーの森の時期女王(娘)をこしらえたのはランスらしいと言えるが。

 それはともかく、今作の目玉は何と言ってもランスの娘であるリセット・カラーだろう。鬼畜王から待望されていたが、その愛くるしさは何だかんだ言ってもリセットに構ってしまうランスの姿や周囲の女性からチヤホヤされる様子などで伺える。いや、鬼畜王の時代とは萌えとか可愛らしさの表現が進化してるので相当破壊力はデカイ。特に鬼畜王当時の絵柄は大人びておりそれはそれで趣があったのだが、織音絵師のタッチのお陰で今風に可愛くなった可愛くなった。ただ、冷静に考えるとリセットの存在はババア・ロリ・醜い・美しい(前者2つは年齢的に対象外)というそれまでのカテゴリーに分類できない「娘」という女性を生み出したということで、ランスシリーズの根幹に関わる問題を投げかけるかもしれない。ランスにとって男は殺す、女は犯すか犯さないかの2択だったのだが、リセットは「犯せない」のだ。だからリセットは物語中唯一ランスと対等に立てる存在になってしまったのだ。

 これだけで感想を終わらせてしまうのも何だから今作を遊んで気付いたことを。
 ランスがなぜ僕にとって、そして多くのプレイヤーにとって魅力的かというと、ランスは物語を作ることができるからだ。
 それは彼が単に「とっても自分勝手で とってもスケベで とっても乱暴で とても正義とは思えない」(ランスVI ゼス崩壊のオープニングより)人間であるだけではない。ランスはあまりにも欠点が大きすぎるので周囲のキャラクターに決断を迫ることができる(周囲からすればありがた迷惑だろうけど)。今作中でもアズマサ組社員(モブキャラ)からも嫌な顔をされたように、また赤棘からレアで出る金持ち冒険者を必要でもないのに倒してしまうことからもわかる通り、ランスに関わったキャラクターは名有り・モブに関係なく等しく影響を受けてしまう(その意味では鬼畜王の幸・不幸キャラクリはランスの性格をこれ以上ないほど表した良いシステムだったと思う)。ランスを肯定するにしても否定するにしてもそれまでの平穏な人生は変わってしまい、さらにそこから巻き返そうとするためにはランスを利用するしかない(ランスVIのウルザとかランス5Dのリズナとか今作ではお間抜けだがパステルもそう、そこらの萌ゲーヒロインでは太刀打ち出来ない腹に一物具合がわかるだろう)。それは魔人も神ですら例外ではなく、ランスがルドラサウム世界で一番ユニークな点はまさにここにあると言って良い。
 勇者ですらシステム化されてしまっている世界で唯一バグでもマンチキンプレイでも何でも使ってやりたいように遊びつくす。逆らう存在は創造主ですら容赦しないが、一方ではエロエロなことが大好きでシリアスなシーンですらエロで解決したり暗殺されたりする。それがランスであり、僕たちはゲームの中でくらいそういうことをやってみたいのだ。
 そんなファンから愛されている作品は幸せだと思う。アリスソフトには頑張って物語を完結して欲しいな、と。
 どうでもよい話だが、葉鍵やその後のシナリオに緻密さを求めるムーブメントを乗り越えられたのはすごいと思う。