2012年9月12日水曜日

ツイッターと噂話


 リツイートについてネチネチと思考中。少し前にリツイートの何が気に入らないかを書いてそれで終わったつもりだったが、どうも僕の中で再びリツイートに対する反感が再燃してしまったようだ。
 さて、僕がツイッターを苦手だった原因はリツイートという存在だと考えている。僕のタイムラインを見ると発言しない時期が長い。単に書くネタがないからというのもあるが(食事とか便所とかペロペロな話題を書きたくないってことと、ツイッターでの議論に胡散臭いものを感じてるから。あんな発言の前後が見えないようなメディアで言葉を戦わせて怖くないの? 時々僕がフォローしている人達が議論してるのを流し見したりするけど案の定意味不明なことになっている。専門家がシロウトに勝る点の1つとして「長文の濃い文章を書ける」というのがあると僕は考えている。もちろんその他にも事例や根拠資料をいっぱい持ってるだとかあるけど、注目すべきは140文字なんかに収まらないちゃんとした思索の流れが専門家を専門家たらしめる部分だと思う。だから慣れ合いの会話ならともかく、安易に議論に乗っちゃうのは専門家としてシロウトに引きづられているだけ。僕がソーシャルブックマークを全く利用していないのもそれが原因)、最終的にはリツイートがウザいから喋らないが理由だ。前からずっと気になっていた。恐らくツイッターを少しでもいじってる人の中でここまでリツイートを嫌う人ってのはあまり多くないのではないかと密かに思っている。
 前からリツイートは自己顕示欲の固まりだの何だの考えてたが、最近になってチェーンメールの一種だと思い至った。デマ・コピペしやすさ、と揃ってたんだからすぐに思い出すべきだったのにすっかり忘れてた。リツイートする人にとってはすぐ真上の拡散元は良く見知っているのだろう。でも1段下がって僕の所に情報が届けられる際にはその拡散元の人は客観的には赤の他人となる。正確には僕がフォローしてる人(拡散する人ね)がフォローした、だけの人。主観的にはフォローしている人の知り合い。あ、これって「友達の友達から聞いた話なんだけど……」に似てないかい?
 最近ではそうでもないがツイッターでのコミュニケーションは2chとかよりも安心感があるらしく、それもあって噂話が増幅する傾向にありそう。まあ、東日本大震災のデマ拡散がそげぶしちゃったけど(思い返せばmixiも名前が見えるから安心と言われてた時期があったっけ、覚えてますか。最近ではFacebookがその位置にいるらしい。歴史は繰り返す)。僕は噂話について専門的に勉強したわけじゃないから裏付けがないんだけど、噂話って全くの赤の他人同士では広まらない印象がある。多少は顔見知り、もしくは同類の安心感があって噂話に信憑性が出る……というイメージを持っている。その意味でツイッターというのは危ういコミュニケーションをシステム的に後押ししちゃってるんだなと思う。
 噂話というジャンルが好きな人間としては対岸の火事としてはならぬと自戒。東日本大震災のデマの時でも僕はひっかかってしまったのだから。