2014年4月20日日曜日

「てさぐれ!部活もの あんこーる」感想(石ダテ コー太郎、てさぐれ!製作委員会、2014)

 この手のアニメにハマッたら普通のストーリー性のあるアニメを見れなくなる。
 マンガなどでよくある学校生活をアドリブ・シナリオパートそれぞれで考えようというアニメなんだけど、アドリブパートが単なる声優ラジオになっている。キャラ物の声優ラジオでテンポが異様に良い作品……なんか既視感を感じるほど、まあありふれた作品だ。これがラジオであれば、の話だが。

 それはともかく、前から石舘光太郎作品にはその傾向があったけど、今作は完全にトークを売りにしている。同じ石舘作品でも、ネタを優先してたgdgd妖精sやモノボケという名目のあったロボットアニメとは違っており、良くも悪くも「持田房子」なんて生まれない環境だ。番宣ラジオの「手さぐれラジオもの」と併せてキャラクターが声優に引きずられ、キャラクターもそういう設定に後付されて声優を飲み込もうとし、声優が喋ってるのかキャラが喋ってるのかわからなくなって、全部がシナリオかと思ってしまうほど。あ、大げさすぎた、アドリブパートは声のトーンが明らかにシナリオパートと異なるのでさすがに誰でもわかると思う。
 ちなみにシナリオパートはというと、ひたすらボケツッコミとあるあるを列挙するだけなので、「ギャグのネタ出しに特化したかってに改蔵(シモネタ具合から初期の)」を想像したらよいかもしれない。作りとしては声優ラジオの面白い部分だけをぶつ切りにしたと言うか……。この作品の影響は半端でなく、同時期に僕は生徒会役員共*も見ていたので余計に普通のストーリーものの作品がテンポが悪く感じてしまうほど。ちなみに4月現在、ダイミダラー見てるけど、1/3くらいに圧縮できるよねーと密かに考えている。

 その他にも普通のアニメが見れなくなる原因はあって、やっぱりキャラクターを演じる声に違和感を感じてしまうのだ。わざとらしいっていうか。昔から気になってたんだけど、「そ、そんな」とかの演技って綺麗に聞こえさせるためにはどう転んでもわざとな演技にしかならないよね。
 誰しもそうだが、演技をすると声が震えないし言葉に詰まらないし変なアクセントもない。それは技術的にレベルの高いことで、僕たちはそれに対してお金を支払っている、つもりだ。でも一方で、役者に対しては失礼だが、石舘三部作(直球表題gdgd部活ものーs)を見るとアドリブパートが面白い。普通の作品には出ない変な会話の間に笑える、キャラ(っていうか声優)がくだらないことで笑ったのに連られて笑える、などなど。ただ、どこかで読んだがロボットアニメの初期の話はわざと会話に間が出たシーンを取り出して、徐々に会話が滑らかになった演出をしているらしい。今まで散々アドリブだの演技なしだのと持ち上げたが、石舘作品は「素」と言われる部分にも編集が入っているので、それ込みで楽しむべき。まあ、てさぐれは番宣ラジオでそこら辺、カットされたらしい下りも言及されており、視聴者に対してはアドリブ自体が編集の結果という情報が提示されているので公平な作りだと思う。逆に番宣ラジオを聞かなければアニメ自体の面白さはわからないかも。
 ラジオを初めて聞くとシモネタのインパクトしか印象に残らないが、アドリブパートの編集の実情が垣間見えて面白い(冷静に考えると15分アニメの売上でアニメ+ラジオで30分の費用を捻出するのだから番宣ラジオが当たり前の時代とはいえ贅沢な作品だ)。

 何にせよ、ラジオに絵を付けてみたというネタが誰でも公開できるようになり、しかも面白さをコメントで共有できるニコ動以降に成立する作品であることは間違いない。正直、ギャグとしてはマイメロディみたいに作品内で完結するものではないので1人で見るのは辛いかも。あとは声優に興味がない人も面白さがまったくわからないかも。例えば僕はこはるん(というキャラ)がこんなセリフを言っちゃった~という感想の裏側にこはるんを演じるへごちん(大橋彩香氏)がこんなセリフを言っちゃった、という意味が浮かんでいる。
 作品の内容に言及しなかったのは書きようがないから。内容が内容だけにネタバレという概念がないけど、この作品の面白さはトークそのものだから文字にしても意味が無いのだ。だからウィキペディア見てもなぜこの作品が評価されたか(=面白さ)が伝わってこない。ちなみに、僕はこの作品の肝は編集具合だと思うのでイベントなどがあっても応募しない。
 個人的には、2期に出てくるモブキャラは全てモブ子姉妹という設定にした方が面白いと思う。普通に先生が現れたりと萌舞子を活用しきれなかったのは残念。あとはお菓子屋とか変なところとコラボしてたみたいなので、もっと進めれば良かったのに。
 ……ああ、何かに似てると思ってたがアレだ、任意ラジヲ。