Tellurは、……現在色々物色中です。

「無一文の億万長者」(コナー・オクレリー、ダイアモンド社、2009)

2014年5月22日  2014年5月22日 
 訳者の山形浩生氏をネットで発見してからいつか読みたいと思っていた本だ。経済学の解説書だとかが優先していて順番が後回しになってしまった。

1.概要
 この伝記は億万長者と言われていたデューティーフリーショッパーズの創業者が人知れず慈善団体を設立しており匿名を条件に1国を変えるほどの寄付=投資を行っていた、と紹介される。実は僕は山形氏のサイトでその文言を読んで優先順位が下がったのだ。だって匿名で寄付するって出落ちじゃん。何を考えて億万長者なのにそんな行動に出たのか気にはなるが、他の本を優先してしまった。
 で、実際に読んで上の紹介文とは全く違うことに驚かされた。主人公のチャック・フィーニーがなぜわざわざ匿名で、という理由は様々ほのめかされているが結局はわからない。チャックの出身地の他の人とはどう異なるか、アイルランド移民はみんなアイルランドへ行って涙を流すのか、などチャックを知るために比較されるべき情報は存在しない。それらがある意味で、本書でのチャックの神がかり的な凄さを補強している。
 それよりも面白かったのはチャックの努力。お金を稼ぐための努力は並大抵のものではなく、ゲームしたいとか美味しいもの食べたいとか昼寝したいとか煩悩にまみれた私のようなゴミクズ人間からするとため息をつくしかない。っていうか、こんなに私生活を犠牲にするならばお金持ちになれなくても仕方ないなと思うレベル。ちなみに、一見チャックは仙人とか世捨人みたいに全財産を寄付した印象を受けるが、家族に遺産を残したり家を数件持つなど散財も普通に行っている。
 というわけで、疑問点とかは次に。

2.疑問とメモメモ

  • 幼少期より事業というかお小遣い稼ぎに精を出し、読者としてはそこで得られたアイデアが後のチャックの起業家としての目につながったのかなと読み取れたのだが、一般的なアメリカの子供と比べて違いはどれくらいなの?
  • DFSや投資先・寄付先を成功に導いた要因がわからん。失敗談がほぼないので「チャックはとんでもなく先を見通す目を持っていて、極めて優秀なスタッフにも恵まれたのでした」以上の要因が見つからない。リムリック大学への投資がゴミになる可能性だって、DFS株を売りきれずにバブル崩壊のダメージを食らう可能性だってありえたわけだ。そもそもDFS創業時(当時は違った名前)、米軍に免税を売りつける段階では相当数の人間を相手に商売をしてたはずなのだが、たった数名で配送作業とか可能だったの?
  • 出てくる人間が本当に超人しかいない。DFS創業時に1日15時間働きっぱなしでも音を上げなかったチャックはもとより、デールもローズも本書を読む限りではチャックに従い延々っと働きっぱなしである。よく彼らの奥さんは逃げ出さなかったなあ。今の日本では普通に離婚ものな印象を受ける。
  • チャックの伝記だから仕方がないとはいえ、周りにいたミラー・パーカー・ピラトやダイアンはどう感じてたのかが気になる。特に彼らが決裂するのが唐突過ぎた。
  • DFS時代の租税回避について――本当に国に税金を支払わないで良かったのか? もちろん合法ではある、が、現在ハリケーン・カトリーナで被災地が延々と復興しなかったことも知られるようになり、公共による投資の不足という問題もあり手放しで賛同できない(でも僕はチャックほどの才覚があれば税金を支払わずに自分で寄付すべきだと考える)
  • 言ってしまえば所詮は超巨大NPO・NPOであるアトランティック財団の暴走を止める体制は? 本書で何度も出た完全匿名=マネーロンダリングでは? という疑惑に対して最後までちゃんとした回答はなかった。
  • 上記全てと関連して、結局はチャックを支えるスタッフが優秀であることが重要だったのではなかろうか。それは本書で数少ない失敗談として上げられたスローソン(GAグループを任されたものの"普通"の起業家であったため企業風土を乱した)の例が示す通りだ。財団の寄付先はほとんどがスーパーマンみたいな個人によって支えられていたが、彼らが数%でも利己的ならばここまで効率的な寄付はできなかったはず。寄付先だって出所のわからない金を学長なり何なりが無理やり押し通したってことでしかない。また、財団の運営メンバーも子どもたちもチャックの理念に共感(というよりも心酔)していたので問題はなかったのだが……。そういう素晴らしい人間を見つけたり育てたりするチャックがすごいのだという理屈は成り立つが、とんでもない額のお金が目の前にあるにも関わらず黒い誘惑に負けなかったサブキャラたちのすごさでもあると思う。


3.感想
 面白い。偉人の伝記ってのは小学生の頃に読んでつまらなかったのでそれ以降手を出してなかったが、本書は欠点も含めて読者に考える材料を与えてくれた。
 僕にとっては、寄付に対する見方を変えたのは事実だが、同時にチマチマしい寄付って価値があるの? とも思えた。1人5万・10万を頑張って捻出するよりも誰か大金持ちが数億円をまとめて投入したほうが効率が良いのでは? 気持よ~く大金持ち様に寄付してもらうために我々下々は寄付した人を崇める体制を整えたほうが効率的では?
 例えば投資を讃えてシュワルツネッガーシティに町の名前を変えるとか、奨学金の利用者は姓をクリントンに変えるとか、病院で死の淵から這い上がった人は家に常備する本をキリスト教の聖書なんかじゃなくてゲイツの伝記に変えるとか。それは各国ですでに表彰という形で作っている制度だが、もっと気持ちよくなってもらったらもっとたくさんのお金を出してくれるだろう。例えば大口の寄付者が車から降りたらその場にいる下々はみんな土下座するとか、そんな仕組み。チャックは1人しかいないけど、チャックの真似なら低コストでできるわけで、いかなる餌なら食いついてくれるか、それを考えるのも面白そうだ。例えば本書では金のあるところにしか登場しない王族共を、大口の寄付者(それも手元に残した資産は稼いだ財産の1割以下とか)としか交際させないようなシステムにしてみるとか。
 1人1人の心の中までは変えられないってのは本書の隠れたメッセージだと思う。チャックはDFSの経営にしても寄付にしても1度決めたらてこでも動かなかったし、それはミラーなど彼のパートナーだった人も同じ。でも、制度を少し変えるだけで――本書の例では民間の寄付と同額の補助金を政府に出させ寄付を促進する方法があった――人々の行動も変わるというのは本書でいっぱい書かれている。
 ここでおもむろにユニセフだかなんだかのサイトを検索して振込先を確認したら格好良いのだが、行動に起こしていない。色々考えさせられたのは確か。
 最後に、考えるだけではお金持ちにすらなれないよ、ってのが本書のメッセージの1つでもあることを書いておこう。チャックも子供時代からひたすら小遣い稼ぎのアイデアを実行していたのだし。
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