2015年1月13日火曜日

コミケっと報道

ツイッターで流した発言のまとめ。

 2015年1月12日、NHKがなんとコミケについて取り上げた。内容は極めて公平なもの。趣味の発表の場、プロへの道のり、同好の士との出会いの場、現実から解き放たれるお祭りとして描いていた。ビックサイトを貸しきって3日間かけて行う巨大イベントをボランティアで(医療室すら)賄う様子や、表現の自由を最大限守るために自己規制を設ける様子などビジネスとしても興味深いものだった。ここら辺、オタクであってもなかなか知らない部分なのでやっぱNHKはさすがだなーと思った。

 で、ツイッターを覗くとなんだかなあ……。報道された部分を「綺麗なコミケ」と称し、「闇のコミケ」があると指摘するオタクども。そりゃコミケを悪く言おうとすればきりがないが、せっかく好意的に取り上げてくれるのに、ダメな奴らだなあと笑っていた。しかし冷静に考えてみるとちょっとおかしい。
 「闇のコミケ」云々いってるのは同じオタクなのだ。はてなダイアリーとか見るとオタク叩きとオタク叩き批判がひとつのトピックになったりする。確か「オタクきんもー」でクビになったアルバイトの子もいたっけ。それくらいオタク批判に敏感なのに、何で自分たちは積極的に悪い側面を叫ぶのだろう。

 ぶっちゃけオタク共はオタクが迫害されてる的被害妄想を抱くが、自分たち自身が一般人の偏見を助長しているのでは?

 NHKの報道後、コミケについてツイッターから情報を得た非オタクは恐らく「あのNHKですら調べきれなかったコミケというアングラマーケット」という印象を持つだろう。自己実現のハレの場の一方で、どこか一角で犯罪行為が行われているらしい。やっぱりコミケって危ない世界よね~。若い子がいっぱいいるけど大丈夫なのかしら。近所にいなきゃいいんだけど。
 何よりも問題なのは、そういうネガティブな発言してるのが他でもないオタク自身で、しかも自慢半分なのだ。昔からオタクは廃人自慢をしてきた。岡田斗司夫氏の「オタク学入門」でもスターウォーズ旧三部作が公開された時、映画館に通いまくりセリフを暗唱した廃人のエピソードが載っている。近年はネットゲーでも同じような自慢がされる。でもこれは別にオタクだけの問題じゃなくて、飲み会でのギャンブルや風俗通いの自慢も同じようなもの。ただひとつ、オタクの問題ってのはオタクコンテンツが一般社会でメジャーでなかったことだ。そんな中で声高に廃人自慢すればネガティブな面がクローズアップされるわな。
 昔からオタクは自分たちに関わらないでくれと言い、今は多少変わってきたと思うけど変に注目浴びるより世間からスルーされる方が良いと考えるオタクはまだまだ多いだろう。まあその主張の通り黙っていれば悪印象もあまり広まらないのだが、漏れ聞こえてくる発言は一般的に眉をひそめられる要素てんこ盛り。そして好意的に取り上げてみたら嬉々として自分たちの負の側面を述べる始末。気持ちの悪い集団とみなされるのも当たり前だし、珍獣観察的な扱いされてもある意味当然の結果であろう。自分で自分の首を締めているのだから。一応マスメディアの擁護をしておくと20年前よりは比べ物にならないくらい、そして10年前と比べても好意的に報道されるようになった印象はある。

 ここから先は勝手な想像だが、こういった性質を利用すればオタクという連中・オタクコンテンツを利用するのってコツがわかっている人にとってはカモなんだろうなって感じる。上手くすれば実態以上の好意的評価を流してくれ、多少上手く操ればバッシングであっても広告として使える。そしてバッシングを受けたら受けたで自分のファンの結束が固まるのでそれはそれでオッケー。表現の自由にしても非オタクからの評価にしても自滅してくれるのでオタク文化の上澄みだけすくう手法も最近はやっているよね。というか、ネタ半分とはいえニコ動とかで「これは規制されても仕方がない」的発現するのはオタクとして致命的だと思う。
 まあ廃人自慢とネガティブキャンペーンはオタク人種の面白さそのものだと僕も思う。今後もオタク人種の厄介なメンタリティと切り離せられたコンテンツだけが一般文化に食い込めるのだろう。