2015年11月23日月曜日

「アントマン」(ペイトン・リード監督、マーベル、2015)

 すっげえ面白かった。蟻サイズに身を縮めての冒険というテーマは、昔ドラえもんで見て好きになった。ミクロの世界から見た普通の人間の普通の生活が大冒険になる面白さ。見慣れた光景なのに別の姿を見せる新鮮さなど、体を小さくするという発想は絶対にヒットすると思っていたのだった(偉そうな書き方だな)。一般的に冒険物を作ると、その舞台はどうしても作者が考えだす必要がある。すると、あまり詳しく考えていない設定については通り一遍の描写にならざるを得ない。そういうのって意外と読者からはわかってしまうのだ。設定が確立されてないことによるご都合主義って物語を楽しめないんだよね。少なくともミクロの大冒険ではそういう設定ができていないという心配はない。自分たちの生活環境を調べ忠実に再現すれば良いのだ。この読者・視聴者に冒険の舞台をどこまで緻密に想像させることができているかは重要である。

 物語としては単純だ。離婚した妻についていった娘と会うためヒーローになる男。それに対比し、父娘関係に亀裂が入ったヒーロースーツを開発した老博士。人間ドラマとしては老博士の父娘関係が中盤で仲直りし、主人公は最終的に離婚した妻と和解し娘からの尊敬を得る。アベンジャーズなど多少のアメコミ映画知識は必要だが基本的にはこの映画内で完結する。
 主人公はまるでスペックの高い自分のようだった。結果を短絡的に求め、やっちゃいけない方向にひた走る中年男性。考え方も行動もお行儀が良いとは言えないが、ギリギリ不快にならない程度のダメっぷり。この人はしっかりした司令官がいないと何をやらかすか不安である
 主人公の犯罪仲間は絶対に敵からスカウトされてライバルになると思ってたんだけどそんなことはなかった。
 正直、悪役の行動原理が今ひとつわからなかったのだ。老博士の弟子としてのプライドがあったのに、大事にされていないと気付いて復讐に走ったのだろうが、世の中に役立たせたいと願う老博士とわざわざ正反対のことを行うなんて正気かと思う。特に縮小スーツを手に入れてしまえば縮小スーツのプラントを手に入れてしまえるのだから、もっと考えたほうが良かったでないかな。ついでに老博士と仲の良くない(と思い込んでた)実娘を秘書にしてスパイされていたが、もしかして最後まで謀られてたことに気づいてなかったのか? そう考えると不幸な悪役かも。でもこの悪役よりも主人公の犯罪仲間を縮小スーツマンにした方がドラマが生まれると思う。

 やはり映画の売りとしては絵面だろう。その名のごとくアリを使役するアントマン。敵を倒した功績の8割はアリだと思う。ぶっちゃけ体を小さくするスーツなんかよりもアリを操るテクノロジーのほうがメインだった。敵の敗因はアリの活用に無関心だったことだろう。まるでスターシップ・トゥルーパーズのアラクニッドバグズのように行軍するアリの群れ。集団で固まって船になり、羽ばたいて空を飛ぶ。力も強い。アリとの心暖かくなる交流はこの作品の目玉。
 子供部屋を舞台にしたラストバトルは楽しい。汽車の模型にはねられるも、人間サイズから見たら単なるおもちゃの脱線。映画館ではみんな笑ってた。ミクロサイズで起こった大爆発も人間サイズになると多少のボヤ程度。おもちゃが吹き飛ぶくらい。ミクロ時の効果音と人間サイズの時の効果音は重々しさが全く違う
 そう、最近の映画は爆発にしても破壊にしても派手になるのは良いのだが、必要以上に大げさになってる気がする。ヒーロー物みたいなコミックよりの世界観なら多少派手に壊しても気にならないんだけど、リアル寄りのサスペンスなどではお痛が過ぎると軍を投入されるかもと思うのだ。ターミネータージェネシスはジェネシスの会社があっさりと木っ端微塵に壊されたので虚構レベルが多少高い。リアルな作品はほとんど見てないからわからないんだけど、この規模のアクションをしたければプライベート・ライアンみたいな戦争シーンじゃないと冷めると思った。
 まあ、映画を見るときは別にそんなことに気付かず爆発を楽しんでるんだけど、いざ「陰ながら戦う正義のヒーロー」像そのものの描写をされると、他の映画が荒く見えてしまう(もちろん荒いからと言って面白くないとかそういう問題じゃない。が、比較をしたらアントマンの方ができが良いとかそういう意味)

 結論:すっげえ面白かった。アントマン2も楽しみ。