2015年11月23日月曜日

人間は与えられた情報から現状に最適なように解釈し、そこから修正することが難しいということ

 「Mysterium」というボードゲームを遊んだ。2015年10月にホビージャパンより日本語版が発売されたOleksandr NevskiyとOleg Sidorenkoが作ったゲームだ。噂ではもう売り切れと聞いている。
 内容は、イラストからテーマを推理するゲームである。子プレイヤー達はそれぞれ3つの謎があり、親プレイヤーは謎の答えをこっそりと設定する。そして親プレイヤーは子プレイヤーに対してヒントを1枚以上のイラストカードを渡すことで提示する。イラストは抽象的なものから具体的なものまで様々。子プレイヤー達はお互いに相談できるが、親プレイヤーは口を挟めない。子プレイヤー達は謎を解決できるだろうか……という協力型ゲーム。
 上では親プレイヤーと子プレイヤーが対立しているような印象を受けるが、実際には親プレイヤーはわかりやすいヒントを出そうと悩む羽目になる。なぜならイラストカードが過度に抽象的なのだ。いわばゲームシステムが最大の敵であり、親プレイヤーと子プレイヤーは最終的に協力してクリアを目的としゲームが終わったらあの時なんであのイラストカードを渡したのかなどと感想を言い合うのが楽しかったりする。

 僕は親プレイヤーも子プレイヤーも体験したが、その中で人間の認知能力の限界(大げさな!)を感じた。
 親プレイヤーは、手持ちのイラストカードは7枚しかない。ヒントにふさわしくなくてもカードを処分することは基本的には出来ない。この限られたイラストカードで子プレイヤー達にヒントを与えるのである。カード内に答えのモチーフが描かれていれば良い方だ。大抵は連想ゲーム。答えが「料理人」だったら林檎っぽいものがカードの隅に描かれていれば十分。ひどい時には色調の連想。答のカード(答もカード形式なのだ。そのため全プレイヤーは同じ認識でいる。適当に選んだカードが正解だったりすると嬉しかったり少しもったいないと感じたり。)に灰色が多かったら、同じく灰色が多めのカードを渡したりする。
 そんな状態なので親プレイヤーは消極的なヒントしか渡せない。このゲームはカードを渡す順番も決まっていないので、一番最初に渡されたプレイヤーとカードがヒントとして最も適切……と思いがちなのだが、そもそも親プレイヤーとして全員にまともなヒントを渡せないので適当に渡してたりする。それでも子プレイヤー達は親プレイヤーの一挙一動を見つめ、何かしらの意味を見出す。ひどい時には親プレイヤーが頭を抱え長考するなど完全にダメになったサインを見ているのに、だ(なおこのゲームにおいては親プレイヤーの長考は子プレイヤーからすると見ものなので大歓迎だと思う)。1回のゲームで大抵1度は親プレイヤーからすると「捨て」フェイズがあるのだが、まあ子プレイヤーからするとわからないよな。むしろ親プレイヤー経験者はほとんどのフェイズが捨て回だったりする人もいるので何らかの情報を積極的に読み取らねばゲームとして成り立たないと考える人が多いのではないだろうか。

 さて、ゲームが進むに連れて子プレイヤー達は混沌の渦に巻き込まれる。イラストが抽象的であり、親プレイヤーは半ばこじつけめいた理由でカードを渡しているのでヒントが読み取れなかった場合は勘違いしたまま進んでしまうためだ。はっきりと言うならば、このゲームでは1枚だけのカードをじっくりと考えた方が正答率は高いと思う。製作者もそれをわかっているのか、子プレイヤー達の考える時間は非常に短く設定されている。何と砂時計がコンポーネントに入っているのだ。
 そしてゲームの進行とともに親プレイヤーから渡されたカードも2枚、3枚と貯まっていく。先にも書いたように複数枚渡されたほうが混乱する親プレイヤーからすれば子プレイヤー達の議論を全て聞けるので、間違った方向に行っていれば誤りを修正するカード(そんなカードなど大抵ないけどな!)を渡すんだけど、これまた大抵子プレイヤー達の誤りは修正されないまま進む。僕の経験では、白と黒のタイルが交互に敷かれた部屋の絵が答だったのでチェス盤が書かれたカードをヒントとして渡したら、なぜかチェスの駒に注目されてしまった。彼はしばらくして無事に正解したのだが、親プレイヤーが想定していないところに意味を見出した瞬間は印象的だった。
 そうそう、このゲームにありがちだが、以前配ったカードと新たに配るカードの関係性が親プレイヤーとしては特にないにも関わらず、子プレイヤー達は勝手に意味を見出すのも面白かった。親プレイヤーとして手持ちのカードからその都度最適なヒントを出しているだけなのだが、親プレイヤー経験者ですら連続性のある何かを見つけてしまう。このゲームの親を経験していたら、関連性のあるヒントを何回も出せるほどの手札なんて来ないことがわかっているだろうに!

 というわけで、パーティゲームとして最適な楽しいゲームである……というのがゲームとしての感想なのだが、僕としてはもう少し深い教訓めいたものを感じ取りたい。もしかしたらこれもMysteriumマジックにかかっているのかも?

 子プレイヤー達の議論を見てて、答を誤る原因だと感じたものは次のとおり。

1.限られた思考時間
 考える時間がないまま取りあえず答を出させる。すると、どうもいつの間にかその答に縛られるらしい。子プレイヤー達は一度回答を出すと、親プレイヤーが答え合わせをする前に自分の中でそれが正しい理由や補強する幻を見出す。次に改めて考えさせても正当化された回答(そして自分がその答を見つけ出したポイント)が正しい、もしくは方向性が間違っていないと考えるらしい。
 なお、思考時間を限定することは、先に選ばれた答の残りで自分の答を見つけ出すことにつながるので(ゲームシステム的には他人と答が被っても問題ないのだが、結構他の人と同じ答を選ぶのは抵抗があるらしい)、なおさら思考の枠を狭める結果になるっぽい。

2.ピントのズレたヒント
 抽象的ならば……つまり個人によって読み取れるものが多ければ多いほど勘違いをしてくれる。もう錯覚ですらない。UFO論とか現実世界でもこんな現象は多く見られるだろう。このゲームでは抽象的なイラストカードという形で子プレイヤー達に勘違いを誘発させる仕組みを採っている。渡した親プレイヤーからすればどうしてそんなところに着目するのかわからないけれど、なぜか子プレイヤーはピンときてしまうらしい。まあ、親プレイヤーもしばしば無理やりこじつけてヒントを渡すのでお互い様だと言えるが。そう、情報の受け手から見るとその情報がどんな意図で送られ、しかも正しいかどうかなんてわからないのだ。そしてしばしば情報の送り手自身も正しく受け取ってもらえるかわからずにあやふやではないと思っている情報を送る。送り手が正確性のないと気付いているだけましなのだ(でも気付いていても受け手の誤りを正すことは出来なかったりするけど)。

3.答を考えている時に何度も与えられる様々な兆候
 上の2番に絡んで、1つのヒントを熟慮するならば誤りも少なく、考えの修正も容易だと感じる。ただ、このゲームでは短時間で答を出させ不正解だとヒントを次々に受け取り、子プレイヤーは混乱する。ゲームならばゴミ情報の過多にあたふたするプレイヤーの姿をお互いに笑っていれば良いのだが、現実世界でもこんな光景は多い。怪しげな、意図のわからない、はっきりとしない情報はかえって邪魔なので無視すれば良いのだが答を出す必要に駆られているときはどんなゴミ情報も無批判で受け入れてしまうらしい。

4.誤った時に与えられない適切なフィードバック
 正解/誤りだけしか言わず、どこが間違っているか言わないことだ。思考というのは流れで出来ているらしく、ヒントAだけならば方向を大きく修正できるのだが、ヒントAに加えヒントBを受取るとヒントAから導いた誤った答えにヒントBを足してキメラめいた回答を作り出す。なお、ヒントの数が多いと序盤に受けたヒントを忘れるらしい。
 「あなたは間違っている」と言われると人間は考えを方向転換すると思われるかもしれないが、大抵はそんなことしない。2択の内、1つが間違っていたから今度は残りを選んでみよう。それも間違っていたことがわかるとひとしきり自分の思考の流れの正しさを愚痴った後で適当に目についたポイントを見つけ出す……

5.その問題にコミットしている時間
 上の4番と関連するのだが、適切なフィードバックが得られなければ誤った思考の流れのまま延々と誤った回答を発掘し続ける。その状態で頭を真っ白にして考えなおすのは不可能らしい。
 ただしある問題でハマった人がその問題さえクリアできれば、次の問題を難なく解いたことはあるので、誤った回答を出し続けたら気分転換をするのが良いかもしれない。
 このゲームは謎を順番に解かせるシステムなので実験できないが、何らかの簡単な問題を正解させ、一度頭をリセットすれば最初から考え直すことが容易に出来るのではないだろうか。誰かやってみて欲しい。


 このゲームが面白いのは、恐らく上の答えを誤る要素は僕達の日々の生活で極普通に見られることだ。ネットの議論なんてとくにそう。このゲームは楽しい。終わった後で親プレイヤーと子プレイヤーがイラストカードのチョイスにやいのやいの言い合う姿はもっと楽しい。ブチ切れた親プレイヤーが手持ちのカードをすべて見せ、あまりの意味不明っぷりに子プレイヤー達が同情する姿はもはや風物詩と言っても良い。でも、ゲームを一通り楽しんだ後で、このゲームの肝は何なのか、現実世界とリンク出来る部分があるのではないかと個々に考えるのが大切だと思った。
 僕個人はゲームから安易に教訓を引き出すのを嫌っているが、このゲームに関してはせっかくの情報系ゲームなのだから遊んで楽しくて終わりだともったいないと思う。