2017年1月12日木曜日

「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」(ギャレス・エドワーズ監督、ウォルト・ディズニー、2016)

 2016年の最後にこんな大作を持ってきたなんて今年は豊作だなあ。

 今作は完全に外伝。そのためおなじみのキャラはほとんどいない。そのため時たま出てくるダース・ベイダーが「そう言えば今作はスターウォーズの1作品だったんだ」と思い起こさせてくれる。とは言え、魅力的な宇宙船やエキゾチックな風景の惑星、色々な姿を持った宇宙人たちはスターウォーズらしさを全く損なっていないく、それでいてキャラクターが一新されたことで新鮮さを印象付けている。
 視聴者にとっても完全に新規のキャラクターたちが主人公だったので、どこの馬ともしれない奴らが集まって英雄的行為を成し遂げるという物語のテーマとも、見ていてシンクロした。そして、あくまでも外伝であり多くのキャラクターは本編との整合性を取らなくて良いため、本家スターウォーズではありえないような展開(ラストは主人公たちが死ぬ)を成し遂げた。外伝だから色々なストーリーを試みられるっていうのは、ガンダムで言う正史みたいなものであろう。
 何にせよ主人公たちをフォースと無関係の存在にしたからこそ描けた物語や描写が色々あった。
 その筆頭が、フォースに接したことのないはずの登場人物たちが盛んに言及するフォースという新たな宗教だろう。個人的にはもっとフォース成分を薄めたほうが良かった気がするが、とりあえず主人公サイドはフォースの使い手はいない。そもそも時系列的に昔であるエピソード1~3を見ただけだと、フォースの使い手=ジェダイの騎士は権力者と結びついており大衆がフォースの力に接する機会はなかった印象を受ける。そしてジェダイの組織はエピソード3で壊滅しているので本作の反乱軍にフォースの使い手がないってのは当然であろう。チベットの修行僧に似たチアルートもフォースの加護があったかなかったかわからない描写に留めている。個人的には序盤でフォースを一笑した主人公たちが中盤以降フォースにすがるのはいまいち理由つけが薄いと感じたが、それもあってフォースの宗教性が際立って見えた。正直、今作ではおなじみのジェダイの騎士は出てこないのだから、一般人を主人公に置いた外伝ではフォースは敵が用いるものと描写して主人公たちは一切言及しないほうが物語がスッキリしたと思う。

 ちなみに一般人と書いた主人公ジンだが、生まれはデス・スター設計科学者という偉い人の娘。「神話」の主人公は特別な生まれである……と看過したのは誰だったか。スターウォーズシリーズは(エピソード1~3を除くと)一貫して特別な生まれである人間を主人公に配置し、家族との対峙や自分のルーツの探索と共に物語を進めてきた。言ってしまえば「家族の物語」という名の「血筋」の英雄譚を描いているし、今作もそれは変わらない。主人公のジン以外の主要メンバーになると急に家族の影が薄くなるのも今まで通り(エピソード4~6もハン・ソロとか、エピソード1~3もオビ=ワン・ケノービとか、サブキャラは完全に「役割」として登場していたね)。
 それでもやはり、いわゆる名もなき人々の大作戦というか……。後世には名前も語り継がれないことがわかっていながら、文字通り希望を信じて過酷な作戦に挑む彼らは強い印象を残した。その後に続くエピソード4以降を思うと体を張ったパス回しを行っているので、組織に埋もれがちな会社員からすると感情移入できるんじゃないかと思う。

 全体的に、少なくともタイムラインや登場キャラクターが強固な壁として存在していたエピソード1~3に比べれば伸び伸びと作られたと感じる。見ていて後のエピソードの伏線を今作った・消化したというフラグ立てシナリオではなかった。主要キャラが全員死亡するラストシーンはエピソード4~6との整合性を持たせるためとは言え、極めて美しく、予定調和の美であった。
 今作を見た後、エピソード4を見るとまた感慨深いだろうな。