2017年2月24日金曜日

マジカル・ガール(カルロス・ベルムト監督、アキ・イ・アリ・フィルムズ、2016)

 まどマギだ! 長山洋子だ!
 などと宣伝されていたのだが、蓋を開けてみると普通の映画であった。そもそもポスターに書かれている批評家達からのコメントというやつ(当り障りのないことが書かれるアレ)で新房氏や虚淵氏が含まれていないのはともかく、せめて本を出した山川賢一氏くらいがコメントを寄せても良いのに……。こんなところから、オタク向けに宣伝をしていないことがわかる。そしてその判断は正しい。

 そもそもまどマギが衝撃だったのは、「ちだまりスケッチ」という部分のみである。正直、実写映画だとそこまで驚くべき内容ではないことが、この映画を見ると再確認できた。誰かの願いを叶えようとしたら事態が悪化し全員が不幸になるストーリーはブラックコメディとして既視感のあるプロットである。

 さて、この映画だが、事前の宣伝でさんざん煽られていた魔法少女を夢見る少女はほとんどストーリーに関わらない(!)。物語を始動するきっかけを与えただけで、メインのストーリーはバルバラという女性が担っている……。確かにポスターはバルバラ女史の写真だ! 詐欺じゃない!
 つまり魔法少女もまどマギも長山洋子も全てが小道具の1つとなっており、監督としては確かにインスパイアされたのかもしれないが、メインの要素ではないわけだ。これってわざわざまどマギ要素を宣伝する必要あった? まどマギが悲劇だったのは、対価を得ようとした少女が自らの手でそれらをぶち壊さざるを得ないためで、事件に巻き込まれたバルバラ女史が不幸に陥っていく様子を描いたこの映画とは全然異なると思うんだ。
 それはともかく、僕自身は外国人が大好きな勘違いジャポニズムは嫌いなんだけど、ここまでジャパニーズ要素が背景の一部になっているのはそれはそれで悲しく感じた。そもそも魔法少女の文脈なんて日本人でも知らない人がいるのに、ほぼ説明なしで大丈夫だったのかな(魔法少女に憧れるアリシアって娘が父親から衣装をプレゼントされても嬉しがらず、実はステッキが欲しかったと判明するのだが、魔法のステッキなんて解説なしでわかるのか?)。魔法少女や長山洋子の「春はSA・RA・SA・RA」云々は起承転結の起と転に当たる部分で重要なはずだが、スペインでは解説なしでも不満が出ないほどその手の日本文化が浸透しているのだろうか。謎だ。

 映画としては僕の想像するヨーロピアン映画そのもの。説明的なセリフが少なく、画面を見て登場人物の感情を把握させる。最近ハリウッド映画ばかりだったから中々面白かった。有楽町のテアトルで見たけど、これからもテアトルで上映される映画はチェックしようと思った。ただし内容的にはそこまで見るべき点がないと思う。

 それにしてもスペインでは拳銃も大麻もすぐに手に入るのだろうか100万単位の報酬を出せる娼館経営者がそこらにいるのだろうか。突っ込むのは野暮かもしれないが、謎だ(そこがスペインというか、非日本・非日常的な雰囲気を醸し出していて、僕は好きである。舞台を日本にされると萎えるので、スペインで作られて良かった。)。