2017年3月31日金曜日

「眠れる森のカロン」(茂木清香、講談社、全3巻、2017/3/17)

 いったいどういったきっかけでこの作品に出会ったのだろう。確か可愛らしい絵柄で暗黒童話などというキャッチコピーに惹かれて買った気がする。死をもってすら償うことのできない加害者に、死以上の刑罰を課すシステム。その終わることのない罰――加害者の意識を何度も破壊する暴力なのだが――を見て、被害者は加害者を赦すのだろうか。そしてそもそも社会より認められているこの刑罰の目的は何か。刑罰の管理者はその内容をモニタリングしているが、悪趣味な欲望(作中では殺人鬼コレクターだった)が含まれてるのではないのか。このシステムが暴走する危険はないのか。
 そんな内容が3巻にまとめられた濃い作品である。

 作品のテーマは極めて現代的だ。過失などではなく、故意に、しかも楽しんで、何人も殺人を犯した加害者を社会はどのように対応すれば良いのか。似たようなテーマの作品はいくつもあって、「マイノリティ・リポート」や「PSYCHO-PASS」なんかは予知・予防に重点を置いた。一方、この作品は罰則の強化で対応する。加害者の脳と被害者の脳の残骸をつなぎ、意識をシミュレートして被害者(の意識)が半永久的に加害者(の意識)をリンチするシステムを作り上げてしまったのだ。予防なんかよりもはるかにリアルさがある。何と言っても、予防って確実に予防ができる保証はないんだよね。「確実さ」を謳えるのは結局フィクションの世界だからであり、だとすると予防に力を入れるよりも対策に力を入れるほうが効率が良く、現実もそうなってると思う。とはいえ、犯罪の刑罰にも物理的な限界はある。現実でも周期的に社会的議論を引き起こしてたりする。その1つの結論が、第1巻~第2巻で描かれる上のシステムなんだろう。

 ただ、マンガではまるでおとぎ話みたいな絵柄で読んでる間は騙されてしまうのだが、文字に起こせば「それって何かおかしくない?」と思えてくる。そう、この作品で描かれる刑罰って果たして本当に社会のため、いや、被害者のためになってるのか?
 このテーマが現れる第3巻はスリリングだ。いかにも社会的利益がありますみたいな顔をして構築されたこのシステムが単なる好奇心でしかなかったことが顕になる。作中では上にも書いたとおりこのシステムの開発者は殺人鬼コレクターだったらしいが、どういうこと? この部分は少し不満があって、個人的にはこの刑罰が誰でもモニタリング出来ることで大衆の殺人ポルノへの好奇心を満たしていたことにした方が普遍性はあったと思うのだが、それは細かなこと。
 結局、システムは破綻し、新たなる犯罪者が野に放たれるという展開で終わる。そもそもこのシステム自体、被害者感情を満足させる程度の役にしか立っていないので、トータルで見ると社会にとってはマイナス。

 たぶん現実社会にフィードバックできるものはあるだろう。僕も凶悪犯のニュースを聞いたときに厳罰を、とも思うのだが、それは単なる感情論であることも事実。そしてその感情論の行き着く果ての1つがこの作品になるのだろう。
 この作品で隠されていることはもう1つあって、この作品ではシステムのAI(正確にはバグ)が殺人への興味を持ってしまったが、似たようなシステムが実現できてしまうと周囲の人間こそが殺人に興味を持つのではないかということ。ミイラ取りがミイラになるというか、深淵を覗く時深淵もまたこちらを覗いているというか。刑罰というものについて考えさせられる作品。