2017年6月5日月曜日

「メッセージ」(ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、フィルミネーション他、2017)

 これ、ウィキペディアで調べたら、アメリカ公開は2016年11月なのに日本公開は2017年5月なのね。何でだろ。
 というわけで先週土曜に「メッセージ」を見てきたのだった。
 原作であるテッド・チャンの「あなたの人生の物語」はその物語構造もあってすっごくつまらない作品という印象しか残っておらず、予習しようとして内容が思い出せなかった。正直、これ以外もあまりあまり面白いと思えなく、僕はテッド・チャンとの相性は悪いんだなーと感じた。

 さて、この作品の肝であるサピア=ウォーフ仮説……ではなく、この作品の一番の特徴は未来が決まっているという決定論的宇宙観だろう。サピア=ウォーフ仮説なんてものは確定した未来というネタを料理するための小技に過ぎない。
 地球にやって来たエイリアンは3000年後の未来が見えるため、人類にそれを伝えに地球にやって来たというプロットだが、恐らくだけどエイリアンは時間移動はできないみたい。決定論的宇宙観を採用するなら時間移動も可能となるはずだが、それは行えず(時間移動が可能ならわざわざ今地球にやってくるのではなく、直接3000年後に行くか、または地球人が終末の日を迎えるきっかけの時にやって来た方が効率的だから)、しかし情報は時間を超えて移動できる模様(主人公が現在知らない情報を未来から取り寄せている描写より)。
 正直、かなり都合の良い設定であると思う。いや、この作品のテーマは「未来がわかっていても何もしないよりした方が良い」というものであり、それが主人公の娘の早すぎる死で表現されている。エイリアンの言語を学ぶうちに未来を見通せるようになった主人公は、自分が産む子供は若くして死ぬことがわかっていながら、でも産みたい・子供を持ちたいと恐らくは思って子供を産んだのだ。劇中では子供の生から死までしか描かれていないが、でも主人公の人生はまだまだ続くし、はっきり言って子供だって死んでそれっきりというわけではないよね。芸術家みたいに死んで有名になったり、生前から有名で死んでも惜しまれたりと、死というのはその人にとってはそれで終わりかもしれないけど、でもそれが全てではない。このような理由から「あなたの人生」が死ぬまでしか見えないのがご都合主義だと感じた。
 さらに考えると未来を見通せるってことは子供を持った経験や感情すらすでに現時点でわかっているので、今から子供を作る必要はないのではと思ったけど、わーおタイムパラドックス。
 そう、この作品、深く考えるとどうしてもタイムパラドックスがちらついてしまうのだ。そもそも僕達人類の脳ってもしも未来が確定していても未来を見通す能力って持っているのだろうか。主人公は英語という言語で未来を見通せない脳になってしまっているが、サピア=ウォーフ仮説は脳の制約以上の能力をもたらすことが出来るのか。
 ついでにもう1つの問いとしては、言語学者である主人公はエイリアンに人間の作法で言語を教えあってたけど、人間と姿形の異なるエイリアンに対して果たして通じるのだろうか。これだけでなく、主人公って基本的には慎重なんだけど変なところで大雑把なんだよな。というのも、ケン・リュウの「母の記憶に」に収録されている「重荷は常に汝とともに」で人間が自分たちの価値観で見ず知らずの物を自分勝手に解釈するってことを思い出したから。実際にこの主人公がエイリアンとコンタクト取ったら変な解釈をするのではないかと思った。

 文章全体が「あなた」に捧げる形で書かれていた原作に対し、映像化したが故に原作の特徴を殺してしまった。映像としてもエッジの効いたものではなく(思い出補正もあるけど、ドニー・ダーコみたいな作品が良かったな)、正直評価しづらい。
 言語SFなら「バベル-17」とか「神狩り」とか色々あるわけで、SFとしては中途半端だし文芸としてはSF要素が脚を引っ張ってる。
 日本の青春人死メロドラマ映画をハリウッドのSF技術で再現し、ついでに説得力を付けるため理屈をこねくり回したら収拾がつかなくなった作品。