2017年9月13日水曜日

ゲームが人生に繋がっていると感じた瞬間

 僕の親は貧乏性である。
 これは親が生まれ育った環境に起因する。ど田舎で育ち、多くは語らないけど10代の頃かなり困窮していたらしい。そのため今でもお金を大事にする。多少ストイック過ぎていて、今時(といっても僕ももう歳だが)の子供としては付いて行けない部分も多々ある。それでも親の生き方というのは尊敬している。
 そんなわけで、親は日々の生活でも極めてお金の支出を抑える。具体的には皮膚にあまり触れない生活必需品は近所の安売りスーパーの値引き時にメーカーを問わず大量に買い込む癖があるのだ。ゴミ袋とかフローリング掃除シート、ロウソクやDVDメディアなど、僕が把握していないものも含めて家には大量に物資がある。断捨離やらミニマリズムなどとは程遠い生活だ。

 僕自身も昔からこういうものだと思っており、自分の行動の一部だった。ただ、親と同様、見苦しくはならないようにしているつもりだ(親はモノを大量に買うくせに見栄えを気にするのだ)。
 それが成功したのか他人から指摘を受けることもなく、今ではこのリスのように貯めこむ習性を意識することもほとんどなかった。
 しかし転勤のため会社の机を整理していたら久々にびっくりしたのだ。

 事務用品が大量に出てくる出てくる。さすがに反省。自分でも把握できない分量はまずい。使ってないシャープペンの芯がある。使わない色のマーカーがある。恐らく将来も使わない。
 ここでふとオンラインゲームが連想された。ウルティマオンライン(UO)。
 オンラインゲームはオフラインゲームとは異なり基本的にリセット不可能である。原材料を消費して製品を作る場合、どんなに貴重な材料でも「作る」ボタンを押すと消費されてしまう。成功するか失敗するかは運のみ。そういえばオンラインゲームの最大の敵は乱数やリアルラックと言われてたっけ。

 だから成功率が低い製品を作るなら誰でもやることは1つだ。そう、原材料を出来る限り貯めるのだ。もちろんある程度貯めこむのは当たり前。ゲームは、特にオンラインゲームは、その寿命を長く保たせるためにプレイヤーのコレクション欲を掻き立てる設計をしている。必要な原材料以外もあれもこれも買い占めるなんてことはまあ普通に見られるだろう。悲しいかな僕はUOしか知らないが、UOでは例えば同じアイテムでも外見が異なっていたり、期間限定の配布イベントなどを行っている。漏れ聞こえてくる限りでは他のオンラインゲームも同じだと思う。
 さらに言うと、オンラインゲームでは究極的にはリアル時間の奉仕が成功につながりやすいので、廃プレイ自慢も加熱しがちである。「アイテムをたくさん集めました」。そのアイテムを集める苦労を知っている人々にとってはこれ以上ないほどの自慢となるだろう。

 とはいえ、単純に収集が楽しいのも貯めこむ理由の1つ。戦闘でレアアイテムを得る快感。ひたすら釣りや掘りを行って原材料(素材)を貯める楽しみ。世には銀行残高の増加を見るのが趣味という人もいるが、そんなのに近いのかなと想像している。いざとなれば素材も換金できるしね(人の少なくなりがちな今のUOでは素材の買い取り価格は安定しているのでかなり長期に渡って貯めても大丈夫、のはず……)。原材料集めは単純作業になりがちだが、逆にだから延々と出来るといった面もある。

 長々と書いたが、僕はUOにおいて延々と素材を貯めるスタイルを採っていた。将来的な装備の作成とか目的はあったはずなのだが、いつの間にか素材集めが目的となってしまった。半休止状態の今見てみると、驚くほど貯め込んでいる。
 ふとリアルの生活を思い浮かべる。リアルの生活はお給料という上限があるので貯め込めないが、でも好きな服とか着心地の良い下着とかはまだ新品で大量に持ってるぞ。
 リアル生活を反映する傾向が強いほど、ゲームでの生活もリアルと変わらなくなっていくと感じたのだった。これが単に敵を倒す・装備を作るだけのゲームだったらここまでリアルが反映されることもなかったろうに。結局、ゲームでロールプレイとか言うけど、意識しないと「リアルの自分」からは逃れられない。