2017年11月1日水曜日

「ブレードランナー 2049」(ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、コロンビア、 2017年)

 初めに書いておくと、僕は初代「ブレードランナー」をリアルタイムで見たわけでも当時の空気を知っているわけでもなく、「ブレードランナー」自体に思い入れは全くない。そのためネットで皆さんが大興奮しても何がそこまで素晴らしいかいまいちピンと来てないのだ。

・テーマ性
 神殺しだのアイデンティティだの都市と孤独だのと言ったテーマは読み取れるんだけど、初代「ブレードランナー」に影響を受けた作品群がオリジナルと呼ばれるようになった後の今の時代で本作品を見ても……と思った。個人的には、西洋の人はどうでも良いことで神に挑もうとすると感じるため、そろそろ神をあっさり超えて欲しいと願っています。
 アイデンティティの探究の描き方は下記の主人公のルーツを崩したように、嫌味ったらしくて素敵。

・オタクの夢
 主人公であるレプリカント捜査官にはAIの非実体的な彼女がいて、深い絆を作っている。それだけではなく、高飛車な女上司とも一定の緊張の元心を許し合っており、さらに敵の組織のヤンデレ女幹部、ダメ押しに怪しげなヤンキー売春婦なども彼に好意を寄せる。というか、終始アイデンティティに悩み任務に没頭する主人公をよそに彼女らの痴話喧嘩のような争いで物語は紡がれていくのだ。全員死んだり破壊されたりするけどな。
 また、アイデンティティといえば、主人公は単なるレプリカントと思いきや、実はレプリカントが産んだ子供本人ではないかという疑惑も生まれ、まさに絵に描いたような「主人公」。本人は悩んでいるんだけど視聴者はいよいよ物語も佳境に入ってきたと興奮する一方、あまりの恵まれっぷりに鼻白む面も。
 物語のクライマックスでそれらを全て実は偽装工作でしたと宣言し、主人公の戦う動機も生きる目的も粉砕したのは素晴らしかった。そうそう、特別な生まれだから主人公っていうのは王道ではあるのだが、今時のリアリティではないのだよ。では自らのアイデンティティを破壊された主人公が敵と戦う動機は何かということになるんだけど、そこは単なるヒューマニズムでなく復讐とか具体的な中身を持たせてほしかったな。

・映像映えする未来はやってこない
 舞台は初代「ブレードランナー」でも見られた雨の降るビルの立ち並んだ都会(何となく台北とか昔の上海っぽい)、雪の田舎、トータル・リコールの火星ような廃墟の歓楽街である。特に雨の降る雑多な都会は色んなサブカルチャーに影響を与え、「サイレント・メビウス」とかも確か影響を受けてるんだっけ? それだけにあの小汚い都会こそがリアルな未来と思われがちなのだが、実際に外を見回してみるとまったく異なることに気付くだろう、少なくとも日本の東京の東京駅とかは。そう、未来は綺麗なのだ。「ブレードランナー」的ではなく、「素晴らしき世界」のようなユートピアな光景が我々の目指す方向であり、「ブレードランナー 2049」の雨が降り歩道と車道が区別されておらず看板が並び売春婦が路上を彷徨い労働者が夕食を立ち食いする都市はデフォルメが過ぎる気がする。今はもう少し綺麗で秩序だっていると思うよ。
 一方で赤い土の舞う廃墟の建物は幻想的ではあるんだが、あまりにも綺麗過ぎると思う。放射線が飛び交っているのかな。それとも乾燥しているのかな。腐ったり朽ちたりせず全てが赤く染まるだけ(そういや窓ガラスも壊れてないんだっけ)なのは見ていて違和感があった。


 初代の「ブレードランナー」とは異なり、作中でかなり説明が行われている。それだけに神秘性が消えていると思う。もちろん僕は初代の神秘性もあまり実感できないんだけど、本作はそれに輪をかけて普通の映画になったと思う。
 それでもアイデンティティの喪失と生きる意味を描いた映画としてよくできている。