2017年11月20日月曜日

「GODZILLA怪獣惑星」(静野孔文監督・瀬下寛之監督、ポリゴン・ピクチュアズ、2017年)

 3部作の1作目なんだね。パンフレットを読むまで全然知らなかった。だからラストシーンがあんなのだったのか。

 今作のゴジラは「シン・ゴジラ」とは方向性を変えて非リアルな方向性にしたとパンフレットに書いてあった。その目論見は大成功だろう。ツイッターで流れた感想に、「シン・ゴジラ」の方が云々というものがあったが、まさにこのような感想こそ製作者は待っていたと思う。
 そもそもゴジラシリーズは好きな作品が人によって異なれど、極めて空想特撮的であり、大人から大人気のVSビオランテですらスーパーX2が出てきて抗核バクテリアだのサンダーコントロールシステムだのワクワクするようなガジェット満載の作品なのだ。むしろ「シン・ゴジラ」が必要以上にリアルな、リアリティがあるという評判になったのは今後のゴジラ作品にとって不幸だろうと思う(既に言われてるかもしれないけど、人間サイドがあんなにリアルなのに戦車の一斉砲撃で倒されないってどういうこと? ってなるよなあ。特に今回の「GODZILLA怪獣惑星」で物理攻撃が効かない理屈が説明されていただけに。)。

 とは言え、今作で出てきた宇宙人だが、エクシフ星人(?)共はともかく、ビルサルド星人(?)はもう少し異星人っぽくして欲しかった。パンフレット見るまで黒人だと思ってたよ。っていうか、今作は黒人って出てきてるのか?
 実のところ、個人的には異星人が異星人っぽくたって別に問題はないと思っている。「スター・ウォーズ」は色んな人型異星人が出て来るが、だからといってシリアスさは損なわれていないし、むしろ仮面を被った悪役というギャグのような設定も普通に描けているではないか。キグルミショーでなくとも、「ガーディアン・オブ・ザ・ギャラクシー」とかアメコミ映画とか、非現生人類がそれなりのリアリティで動いているので、もう少し冒険してても良かったと思う(むしろリアルさを求めるならフジツボ型生命体みたいなコテコテの異星人にした方が良かったと思う)。


 さて、映画の内容だが、この作品から学んだのは怒りを感じたときこそ頭を冷やす重要さ、損切りを決断するのは大切ってことである。
 実は僕は、主人公が終始私怨で戦ってるように見えて終始感情移入出来なかった。実際問題、予期せぬ野生怪物が現れ被害を出した時点で撤退すべきなのに、そのまま作戦続行なんて勝利を放棄してるとしか思えない。ゴジラの恐怖を実体験した世代も少なそうだし、若い人らが焦って既存の秩序を変えようとして失敗した感がある。地球に降りるときから人員、装備が足りないだの何だの言ってたからなあ。
 とは言えわざとなんだろうな、と思う。主人公の行動に観客がツッコミを入れること前提というか。主人公の突飛な考えに対しろくな反論もなく、なし崩しに承認され、必要以上に頼りにされているわけで、観客としては主人公の考えを冷静な視点から眺める構図になっておる。


 という訳で、3部作の1作目だからか、設定も物語的にも物足りない点は多い。それでも「シン・ゴジラ」の呪縛を断とうとし、またアニメらしくゴジラ伝統の空想SFモノに回帰したのは良いことだと思うのだ。
 そうそう、今回のゴジラ、ゴジラに攻撃が通じないのも不思議な能力を持ってるのも、長い時を生きてる(?)のも、巨大化するのも「ゴジラだから仕方ない」と納得できたので、ゴジラである意味が十分にあったと思いますです。