2018年1月12日金曜日

「スチーム・ガール」(エリザベス・ベア著、赤尾秀子訳、東京創元社、2017)

 面白い作品である。タイトルからスチームパンクな世界とわかるが、実はあまりそこら辺のテクノロジーに重きを置かれていない。
 史実とは微妙に異なる発展を遂げたアメリカが舞台なのだが、著者があとがきで色々元ネタを語っているように、蒸気技術の発展と史実を元ネタにしたキャラクターや地理が良い感じで混ざっており、不自然さを感じない。むしろ、あらすじに書かれている「蒸気駆動の甲冑機械」とやらを期待したら裏切られるだろう。読み進めて時々現れるオーバーテクノロジーに、この作品がスチームパンク系の世界だと改めて思ったほどだ。

 本書はマイノリティのごった煮のような作品だ。マダムは黒人の血が流れており、プリヤはインド系、黒人の保安官にネイティブアメリカンの助手、中国系のハンター。主人公のカレンも完全な白人アメリカ人ではなかったし(アイリッシュだったっけ?)、彼女が所属する娼館はゲイやMtF(だっけ?)も仲間として信頼されている。ついでにカレン(女性)はプリヤ(女性)にごく当たり前のように恋をする。男性だけどロシア人もいるし終盤にはインド系がたくさん出てくる。こうなると薄々わかるが、ストレートの白人アメリカ男性は当然敵である。
 本書を読んでいるとアメリカは昔からある種の多様性が尊重されているとも思えたが、著者が言うには社会から阻害された人々らしい(訳者あとがきの中盤参照)。とは言え、主人公の勤める娼館にはお得意様が市長な娼婦もおり、相手にしている客のレベルも高いので市の社会から阻害された悲壮感は感じられない。安心して読めるんだけど、物足りない感もあった。(なお、当時のアメリカの多様性はここに書かれているが、主流から排除されつつも色んな人種がいたらしい)。

 また、最大の特徴は、娼館が舞台で主人公も娼婦で、作中何回か体を売っていると思われるのだが、そこら辺の描写は一切ないことである。何と言っても主人公の勤める娼館が高級路線であり、どうも食事をしたりパーティを行ったりするのがメインだからと思われる。そのため主人公の境遇に悲惨さも生々しさもなく安心して読んでいられるんだが、当時のアメリカでどこまで真実なのかがわからん。ワタクシ勉強不足な上に世間知らずなので、こういう世界があるのかしら(現代日本だと高級なキャバクラに近いとして理解していた)。よって、カレンのプリヤへの恋はかなりロマンティックに、プラトニックに描かれる形になっており、これ何かに読後感が似てるなと思っていたらあれだった。恋愛シミュレーションゲーム。
 恋愛シミュレーションゲームは極めて理想化された恋愛を主題にしているが、この作品も同じではないかと思ったのだ。良くも悪くも主人公の立場は本書の世界の中では恵まれており、日々の「仕事」とは別に恋愛にうつつを抜かせる立場にあるわけで、上澄みの恋愛を楽しむようなジュブナイル物なのかなあと読んでて思ったのだ。これは否定的な意味ではなく、「現実」に汚されてない光景を、「現実」に疲れた人やこれから「現実」に飛び込む人が楽しく読むための本だと感じた。
 とは言え、この作品はカレンの手記という設定なので、単純に言いたくないから書かなかっただけかも。僕が真剣に考えたような理由もないかもしれぬ。

 他には、頭の悪い登場人物やご都合主義の展開もなかったのは高ポイント。物語を展開させるため主人公を猪突猛進にして困難を降りかからせたりする作品があるが、そういう展開って決まって主人公の頭の悪さに反感を覚えるんだよね。本書では、マダムから事件の深入りを禁止された主人公は何と言いつけを守る。もちろん裏でコソコソ動くんだけど、一応はほとぼりが覚めるまでじっとしているのに好印象。主人公、賢いじゃん。
 そのため物語を展開させるのは敵からのアクションということになる。それも、最序盤に主人公が何の気なしに放った一言が気に障ったという理由。いやもう器がちっちゃい、ちっちゃいんだけど、そもそも敵は陰湿でねちっこくて性格が悪いという設定になっており、小娘の発言を延々と恨む描写で納得したので中々伏線の張り方が上手い。この敵の描写だけでも作者の別の作品を読んでみようかなと思えた。


 と、かなり楽しく読めた。連続殺人事件が起きるは、敵のアジトへ潜入するは、百合展開(レズビアンというほど現実感はない気がするけどどうでしょう)、蒸気の甲冑(というか作中では半ばガンダムみたいな巨大ロボットのような印象を受けた)を着て戦うは、潜水艦から脱出するは、最期には大ダコと戦う! こんな冒険物語にマイノリティや性別の問題を絡めるんだから極めて意欲的で、でも見事に成功していると思う。SF臭はほとんどしないので、SF嫌いの人にもおすすめ。スチームパンク要素は主人公が戦って勝利するために設定されたと思われる。
 ところで、作中に出てきたマッドサイエンティスト税の文字列を見るたびにエンターテイメントしてるんだなあと感じた。