2018年7月6日金曜日

「禅銃」(バリントン・J・ベイリー著、酒井昭伸訳、ハヤカワ文庫)

 いろんな意味でバリントン・J・ベイリーは時代を先取りしていたなあ、と改めて感じた。後退理論という空想科学、ストーリーよりも設定のほうが大事と言わんばかりに突如差し込まれる説明、銀河に散らばったのは良いものの人間の数が少ないから遺伝子改造された知性化動物(でも2級市民)、一方でロボットは知性を持つのに市民扱いされないので人権を求めストライキを行っている有様、そして当の人類は教育を施し若く(10歳とか)ても銀河帝国の要職に付け乱痴気騒ぎを繰り広げ、その癖若い女性では顔にシワを作り老成させるのが流行りだったり、ついでに物語後半で人間が生きたままバラバラに組み立てられ特に痛みも感じないとかいう悪趣味ぶり。これが1983年に書かれているなんて本当に信じられない。
 ストーリーは銀河帝国に滅ぼされようとした地球で、下劣な知性化猿が禅銃という武器を手に入れ、銀河帝国のお家騒動に巻き込まれる、というもの。異次元人が絡んだりもする。ぶっちゃけ、この作品の肝は収拾をつける気もなく次々に投入される奇抜なアイデアとヘンテコジャパニーズ&禅であり、ストーリーは後半になるに従って二の次(=いい加減)なもんである。あのシーン、なんで飛ばしちゃうの!? とかラストって「俺たちの戦いはこれからだ」エンドじゃね? とか色々言いたいことはあるが、そもそも今作はストーリーを味わうものではないのだ。
 胸焼けするほどの大量のネタが紙くずのようにちぎって捨てられる贅沢さを味わうべきだ。知性を持ったロボットが市民でない(=奴隷ですらない)のでストライキもサボタージュもやりたい放題で帝国のお偉いさんからさっさと人権を認めて奴隷労働させちまえよ、と愚痴をこぼすシーンはロボットSFのパロディとして現代でも通用するだろう。知性化動物やら人間が少ないので若い男女も帝国の高官になってるなんてアイデアはこれだけでもラノベ寄りSFの設定にできそうな具合。所有者の精神力に応じてとんでもないことができる禅銃に至っては評価不能。
 ストーリーはどうでも良いとしても、設定のために読んだほうが良い。

 ところで、銀河帝国のクーデターで人間に反旗を翻すのが豚なのは、オーウェルの「動物農場」があったからなのかなあ。