Tellurは、……現在色々物色中です。

「巨星 ピーター・ワッツ傑作選」(ピーター・ワッツ 著、嶋田洋一 訳、創元SF文庫、2019)

2019年5月15日  2019年5月15日 
 初のピーター・ワッツ。原題を見ると「『島』と他の物語」なのに日本語訳では「巨星」が全面に押し出されている。この違いは何だろう、と思って読む。どの作品も最初のページに1ページ解説がついており、しかも結構深いところまで解説してくれている。この手の作品ごとの解説は訳者が連想したことを書いてお茶を濁すこともあるが、物語の終わりまで解説していてこれだけでも傑作の予感。
 トップバッターの「天使」は戦争用AIという人間とは異なる存在が知性を獲得していく様を、AIにフォーカスしつつも三人称形式で描く。AIにとって仲間は同じ戦闘兵器であり、時々メンテナンスする人間は甲羅を剥がして内蔵を弄るよくわからない存在とされている。AIの知性獲得というと、「ターミネーター」のスカイネットのように人間っぽい意識の誕生が思い浮かぶのだが、この作品ではあくまで条件付けと費用対効果計算による「意識」として描かれているのが面白い。攻撃しようとしたら計算結果が瞬間的に変わって撃つのにためらうシーンなど、シチュエーションは違えどみんな思い当たる節はあるだろう。最終的に暴走(人間視点で)するんだけど、AI的にはあくまで計算の結果であり、それがとてつもないことに繋がるのは現実のAIのブラックボックス化にも繋がる問題だと思う。
 「遊星からの物体Xの回想」は何が起きているのかわからなかった作品。「遊星からの物体X」見ればわかるらしい。うん、じゃあ別にわからなくて良いや。
 「神の目」は安全を保証するため脳に作用して期限付きだが不穏なことを考えられなくする装置に関するお話。実は因果関係は不明なものの、脳に影響を与えるので恒久的に人格が変わったケースもあることがわかったり、さらに脳を好ましく変えるということは今の瞬間考えていることがわかることでもあるため勝手にブラックリストに載る危険性があったりとこの装置の影響を丁寧に描いている。とはいえ、個人的には頭の中がわかってしまう世界で特定の性癖が蔑まれるってことはあるのかなと疑っている。この作品はそういう内面の自由について描いているが、本当に心の中が読み取れるなら心の中で考えていただけのことでこの作品のようになるとは思えないのだ。僕が楽観的すぎるのか?
 「乱雲」は雲が知性を持った世界でほそぼそと生き延びる人を描いた作品。その生活は風前の灯火であり、何が起きるわけでも何を行えるわけでもなく読者にその無力感を味あわせている。SF的には雲の思考についてだとか、アポカリプスな世界だとかに焦点が当てたいところだが、ひたすら絶望的な環境で生活する人間を描いただけの今作はそれはそれで面白い。
 「肉の言葉」は死んだ瞬間に何を考えているのかを研究する男の姿を描いた作品。読者の感情移入を拒み、何を考えているのかわからない男が作中の恋人の心を壊していく様子は鬼気迫るものがある。死の瞬間は何もないことに気付いた男がかりそめの慰めを見出したのが恋人の声色で喋る少し進化しただけのSiriっていうのも皮肉が効いている。
 「帰郷」も人間以外の知性のあり方を描いた作品。舞台設定が解説ページに書かれていて把握できたのだが、深海での作業を行うためにある種の人間が選ばれて改造を施されたらしい。そんな改造を受け深海に適応して蜥蜴のような存在になった元人間が、普通の人間に出会っても意に介さない様子を描いている。作品単体では設定がわからなかったので解説はありがたかった。「天使」みたいにひたすら人間蜥蜴の行動を描写してるだけだもの(人間蜥蜴は動物的な思考しか持ってないらしいので描写できる思考もないのだろう)。確かに人間以外の知性を描いてはいるものの、考え方がわかりやすい「天使」に比べると地味だし「だからどうした」で終わりそうな作品である。他の人間蜥蜴を出して社会性を持っていて人間に敵対するみたいなイベントがあれば面白くなったんだけどね。
 「炎のブランド」は植物(藻)に燃料を作る遺伝子改造を施したら、ウイルスなどによって人間にその遺伝子が感染してました(水平伝播)! というお話。人間自身が燃料を作ってしまうので、タバコを吸ったりしたら爆発するというショッキングな設定。それによりタバコを吸うということは安全な人の証明であるので、逆説的にタバコを吸うことが流行るという社会の変化。主人公はかつて遺伝子改造した企業と結託した行政にて人間が爆発する事件を闇に葬ってきた過去を持つ女性。今は遺伝子改造を行う企業に勤め、身をもって適応の神秘を体験していたという終わり方。うん、人間が爆発するというエンターテイメントさでごまかしてるけど、遺伝子組み換え食品を忌避するロジックで描かれた作品である。遺伝子組み換え食品に反対する人が掲げる理由の1つとして将来の影響がわからないことや人間に伝染る可能性を挙げたりしてるが、まさにこの作品の設定そのものであろう。水平伝播や寄生虫による思考の変化は理屈としてあるとは思うんだけど、人間に影響を及ぼすレベルなのか? と僕は思う。お話は派手で面白いが、ラストの主人公の露悪さも含め、単なる反遺伝子改良の主張でしかないと感じた。
 「付随的被害」は装着者の無意識に作用して意識に上る前に行動、つまり攻撃、してしまうサイボーグ技術についての作品。つまりは自由意志についてだ。……と思ってたら、自由意志を越えてトロッコ問題のような道徳や倫理の問題まで踏み込んだ作品だった。すごい。単に、無意識を反映してしまう殺人装置に関して、装置が悪いのか/無意識のせいだから装着者は無罪なのか/無意識でもそう思ってた人(=意識)が悪いとするのか的な議論だけではない。もちろんこの議論は近年の自動運転みたいなシステムにも関わってくるので面白いのだ。法律論的ではあるが。しかしこの作品はさらにそんな殺人装置に装着者を冷静にさせる機能を持たせ、「冷静」に「倫理」的に振る舞わせてしまう! その結果は本書を読んでのお楽しみ。ところで、出てくる技術が現実の延長だからか、シチュエーションがわかりやすかった。
 「ホットショット」からは同じ世界観を元にした三部作。遺伝子操作と教育付けによってある目的を果たすために作られた人間を主人公とし、自由に行動させてるふりをしてその実牢獄のような世界に反発しつつ、本当の自由意志を求める様を描いた物語。色々書かれてるけど、結局は自由意志なのだ。正直、意志についてのお話もそろそろ飽きてくる頃なので、半ばあくびをしながら読んでいた。
 「巨星」は「ホットショット」から登場人物を変えて、星間宇宙船が巨大な恒星とぶつかる危機を描いている。ゃんとした出来事があってキャラクターも類型的だったので、むしろ他2作よりわかりやすかった。主人公の1人は宇宙船を支配するコンピューターとつながっている人間で、もう1人はコンピューターに反乱しようとした人間という対比がわかりやすい。この作品もテーマは自由意志なのだが、このようなコントラストが効いた人物が宇宙船の危機に立ち向かおうとするストーリーなので面白く読めた。本当に主人公が自由意志を持っているか否かについては、持ってないんだろうな、と僕は考える。
 「」を読む頃は飽きてしまった。せっかく宇宙だの異星人だのスーパーテクノロジーだのがあるのに個人の意志についてチマチマ考えるのってつまらなくない? この作家はでっかいSFギミックより「天使」や「付随的被害」みたいなリアルな設定を積み重ねる作品のほうが良さそう。

 というわけで、遅ればせながら感想文が書き上がった。好みに合わない作品もあったが、全体的には面白いと思う。
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