Tellurは、……現在色々物色中です。

「翡翠城市」(フォンダ・リー 著、大谷真弓 訳、早川書房、2019)

2019年11月25日  2019年11月25日 
 東アジア文化のエッセンスを煮詰めたような島(一応鎖国はしていないが後述する特殊能力者の存在や、それに伴う伝統的な文化により外国の影響を受けにくい状況)を舞台に、超能力者を生み出す石をめぐる2大マフィアの争いを描いた作品。
 この作品の特徴は、超能力者を生む「翡翠」と呼ばれる緑色の石の存在。たぶん現実の翡翠とは別の代物、というか現実の翡翠が作中に存在してはいない気がする。「翡翠」はある島からしか産出されず、安全に扱えるのも島にもともと住んでいた民族のみ。その民族以外の人が使うと力を求めて暴走するっぽく、作中の描写からすると麻薬中毒者っぽくなるみたい。実のところ、島の民族も個人個人で「翡翠」に暴露できる許容量みたいなものがあって、自分の限界以上の「翡翠」に曝されると人格が変わって快楽殺人鬼っぽくなる。安全な量の「翡翠」を島の民族が身につけると(これは体に埋め込むだけじゃなくてブレスレットみたいに触れているだけでも良い)身体機能が大幅に強化されたり、衝撃波や精神感応術が使えるようになるのだ。
 もちろん誰も彼も「翡翠」を身に着けて暴れたらたまったもんじゃないので、島の伝統文化として「グリーンボーン」という「翡翠」を身に着けて戦う戦士があり、そのグリーンボーン同士が必ず守る誓いがあり、それで現在はグリーンボーンがマフィアを作って島の一般人を守る代わりにショバ代をせびり、同時に「翡翠」の産出量を管理・制限しているという構図である。グリーンボーンが実際にいるために島では伝統文化が極めて大切にされ、現代の価値観を持っているものの結局は島の文化が第一とされる
 一方、「翡翠」を過剰摂取しすぎたグリーンボーンの治療や島の民族以外が「翡翠」を使えるようにするための薬として「シャイン」というものが作られ、秘密裏にはされているものの、それが密かに島を蝕んでいる状況でもある(シャイン自体はまさに麻薬として描写されている。島はむしろシャインを売る側だけど、シャインを合法化しようという理屈はまさに大麻合法化論とそっくり)。

 ここまでが物語の背景。物語は、島を支配するグリーンボーンの2大マフィアの1つである「無蜂会」の面々を主人公として、対立するマフィア「山岳会」との一連の抗争を描いている。グリーンボーンの能力は基本的に戦闘に特化しているためアクションシーンがメインであり、島の支配をめぐる工作や政治はストーリーをすすめる装置でしかない。
 このグリーンボーンのアクションについて、フィクション業界は様々な超能力を描写したが、今作ではみんな発現する能力は同じ(というか同じようにするために教育しているってことだろう)で人によって得意不得意があるというルールになっている。基本的には単純な肉体強化系のスキルが多い(「怪力」「鋼鉄」「敏捷」)が、銃弾とかを撃たれても跳ね返す「跳ね返し」(たぶん目に見えない衝撃波を放っていると思う)と触った相手の肉体を爆発させるなどの操作をする「チャネリング」というまさに超能力っぽいスキルもある。同じチーム戦の能力バトルである「甲賀忍法帖」(山田風太郎 著)とは異なり、手の内は全員知っているので誰がどの能力に長け、それを攻略するにはどうしたら良いかという頭脳戦もちょっとは出てくる。でも基本的にはスペックの高い能力者をいっぱい集めて殺し合いをさせる大味なバトルだけどね!(余談だけど、一人ひとり固有の超能力にしちゃうとパワーのインフレ化と長ったらしい能力ルールのせいでスピード感あふれるマフィア同士の抗争が描けなくなるので本作はこれで良かったと思う)。
 この抗争の原因となる秘密の薬シャインは、島の外の人々からすると超人を手に入れられるので喉から手が出るほど欲しいと思うだろうし、そもそももし島の人々が外に戦争を仕掛けたときが怖いからその対抗策として需要は高いだろうなと思う。読者は主人公サイドである「無蜂会」の視点で読むから「翡翠」を外国に売ったりシャインを作る「山岳会」を悪者と認識するだろうが、冷静に考えると鎖国をしない癖に貿易や観光のメリットだけ享受する島の人々も悪いよ……。もしかしたらグリーンボーンの暗殺者めいた存在がアメリカのギャングとか中国のマフィアとかで雇われているかもしれず、ある意味で1人で軍隊を相手にできそうな超兵士を輸出する産業になってないのはグリーンボーンも一般人も含めた島の人々の保守性と視野の狭さによるものであり、今回の危機を乗り越えても同じようなことを思いつく人は出てくるだろうと思わせられる(事実、幕間に登場するグリーンボーンに憧れる野心を持った若者が不穏な動きをしてるし)。
 本作のメインのお話ではないが、「翡翠」とシャインをめぐるドタバタというのは完全に島がグローバル経済に組み込まれている証でもある。マフィア同士の抗争により観光業が打撃を受けジリ貧に追いやられる描写もあるし、「翡翠」を秘密裏に売買する地下経済も暗示されている。シャインは恐らく水面下で島の色々なところに出回っていると思われ、続編が出るとしたらそうやって島の価値観がほぐれつつグリーンボーンの伝統が崩壊するのだろうなと思わされる。
 キャラクターは美化されたヤクザ者であり、日本人である僕の価値観ですんなりと読めた。前半主人公格だった知的な組長はクールで格好良いと思わせられ、その弟は典型的な任侠の徒でこれまた格好良く、その妹は最初グリーンボーンに反発してグダグダしている中であるきっかけでマフィアに舞い戻るのは苦労人ながら芯の強さを見せた。彼らと対立するマフィアのボスもボスとしての底知れなさが十分にあったと思う。島は男尊女卑的文化があるにはあるが、一方で超能力というわかりやすいものがあるので女性も普通に活躍するなど女性キャラクターに余裕が感じられたのが面白い(力で群れに言うことをきかせる文化ならではの余裕だが)。

 不満も少しある。作中では「翡翠」の産出量が計画・制限され、翡翠を手に入れることが敵組織のグリーンボーンを倒す動機の1つになっていたが、登場人物の多くがマフィアのエリートだったこともあり「翡翠」が希少なことや何としても欲しい感があまりなかった(そこらの役割は幕間の若者に与えられているっぽい)。主役となる面々がマフィアのトップなのでその意味でも「翡翠」はあって当たり前で、「翡翠」を持たざる人々の生活の描写が足りないのは惜しいと思った。
 政治的な部分も、島では政治家もマフィア(というかグリーンボーン)の一部に組み込まれているので、マフィア同士の抗争でしか対立に決着をつけることができず政治バトルの面白さがなかったのは残念。島の外で教育を受けグリーンボーンが支配する島の風習に疑問をいだいたり、外国と密かにつながって抗争中に外国軍が攻めてくるのではと期待していたが結局そういう描写もなく。島の価値観として多少頭が切れて優遇を図ってくれる男気のある親分にみんな着いていくだけなので政治家など有力者の各マフィアへの支持も激動することはないシステムになってしまっている。そういう文化なんだけど読みすすめるうちに飽きてしまった面はある。

 とは言え、東アジア的な舞台で2つのマフィアが人知を超えたバトルを繰り広げるのはやはりワクワクする。見得を切ったり一騎当千の派手さはなく泥臭い戦いだけど逆にそんな俗っぽさが登場人物の息遣いを感じられて良い。

 ちなみに続編が出るらしいけど、どういう風に展開するのだろう。次作は島の外の国が絡まないと面白くないぞ。
ー記事をシェアするー
B!
タグ