Tellurは、……現在色々物色中です。

「荒潮」(陳楸帆 著、中原尚哉 訳、早川書房、2019)

2020年2月16日  2020年2月16日 
 面白い!
 最近は中華圏発のSF(「翡翠城市」「三体」「折りたたみ北京」)がマイブームだ。僕はケン・リュウからの流れでファンになった。SFとしての問題意識や根底の身体感覚が東アジア民としてわかりやすいというのが一番の理由だ。
 そんなこんなで前情報も得ずに中国SFということで読んだ作品だったが、極めて面白かった。

 舞台は香港近くにあると思われる島。リサイクル予定の電子ゴミをいっぱい受け入れ、中国全土から労働者を募集して人海戦術でリサイクルを行うというゴミの島「シリコン島」(「アイアマンガー」とは全然違う方向性だ)。中国語の方言を話す土着の人々(シリコン人)は出稼ぎに来た労働者(「ゴミ人」と呼ばれる)を働かせ、その上前をはねて生きており、ゴミ人の話す標準中国語を見下している。シリコン人の人々の頂点に立つのが巨大な財閥をそれぞれ持つ三家。当たり前のように政治と癒着しており、ゴミ人の健康被害などの境遇も見て見ぬ振りしている。作中世界の技術はかなり進んでおり、マンマシンインターフェースが一般化していたり電子ドラッグというものが使われていたり、ネットは当たり前のインフラとして確立している。ただしシリコン島では島の秩序を守るためにネットの速度制限が行われ、さらに現代中国の金盾的な政策がまだ続いているらしい。
 ゴミ人とシリコン人の対立が高まる中、欧米系の大手企業がリサイクルの半自動化を行うため美辞麗句を尽くしてシリコン島に売り込みに来るが、当然裏の目的があって……というのが物語の始まりだ。

・一筋縄ではいかない対立
 この作品の面白さは普通の小説とは異なる対立構造を次々に出すところである。
 基本は先進国から出たゴミを発展途上国が処理し、発展途上国の中ですら貧しい人が文字通り体を張ってゴミを処理することで経済を回す。そこにグローバル企業がやってきて、貧しい人を搾取していた地元の有力者ごとお払い箱にしてしまうのだが、一方で環境保護団体の反対を受けている……という流れ。なのだけど……。
 作中に出てくる環境保護団体は理想主義者の集まりかと思いきや、現実主義な側面が強いと言うか、プライオリティの低い理想と利益があったら絶対に利益を取る団体だろうと思ってしまう強かさがあってまずはこれに驚かされた。
 他にも、シリコン島の母語は中国語の中では一方言に過ぎないが、シリコン島内部ではむしろ標準中国語が蔑まれるという逆転現象が面白い。この逆転現象はアメリカで育った元シリコン人の主人公が後に出会う少女から「偽外国人」と呼ばれ、ビジネスの相手であるシリコン人からはどことなく慇懃無礼な態度を取られ、それでもって主人公本人もシリコン語を通訳できる特徴を活かしながらも中国人とアメリカ人を比べて中国人は不思議だなあと評しているところで表される。主人公が出会う少女自身もシリコン人から蔑まれる立場なのに、そして普通の物語だと大抵主人公に見いだされるようなシンデレラストーリーになるかと思いきや、主人公に対してはどことなく上から目線であり、とは言え主人公も主人公でシリコン島の価値観を身につける気もないのが面白い。物語の中で悪役として描かれるシリコン島名家のボスですらそもそもの動機が息子を救うもので、その最期も含めて同情できる部分も多い(なので「翡翠城市」のマフィア共とは描き方が全然違う)。黒幕の企業……というか組織ですら彼らの預かり知らぬところで事態が動いており、黒幕だし悪役なんだけどその小者っぷりも含めて作中の壮大な世界の中でウロウロしてる感がある。
 ある意味で感情移入を元に、また直感的なバイアスを元に、そして他の小説と同じ感覚で読むことを拒絶しているとも言えよう。中盤くらいまではゴミ人って技術も知識もなくシリコン人に頭の上がらない奴隷のような存在だと考えていたんだけど、ゴミ人はゴミ人の中で社会構造を持ちリサイクルのおこぼれの技術を持っており、それで腹の底にはシリコン人への憎悪が煮立っている! ゴミ人が暴れる展開って歴代中国王朝が経験した民衆の反乱だよね、わかる!
 こんな感じで描写されたことをそのまま読まなくては登場人物の考えを誤解する危険性が高い作品なのだ。

・中国っぽさと中国らしさ
 何で僕が中国SFを好むかと言われればその中国らしさが面白いからだ。島がほぼ丸ごとリサイクル工場というスケールのデカさ。そのためゴミ人は健康を害する可能性が極めて高いし、はっきり言うとヒロインの少女ですら健康被害から逃れられてはなさそうな冷徹さがある。ヒロインは物語ではヒロインなんだけど、運が悪ければモブの1人変わらないというか、ヒロインを特権化しないことでその他の多くの人々の想像の余地を残す。
 名家が固持する宗族制度は欧米系の個人主義思想や公平さ平等さとは異なる原理で中国が作られていることを見せつけ、科学技術が発展したはずなのに残っている信心や占いに至っては宗教を解体しようとする欧米のSFや信仰を描かない日本のSFと対比することで中国っぽさを際立たせる。
 技術に至ってはゴミ人という環境もさることながら、リバースエンジニアリングやハッキングや技術のコピーなど深センなどではやっているらしい思想が出ており、作中で具体的に描写されていたりもする(あまりに普通すぎて忘れていたが、ゴミ人が体に貼っているボディディスプレイも本来は医療用かなんかの目的だったはず)。
 それでもって止めに描かれるゴミ人による暴動は上にも書いたとおり王朝に対する反乱と重なり、その高揚感や名家のボディガードにやられる弱さや収束のリアルさも含め反乱というのが現実世界で現実味のある社会なんだと思わせられる(日本でこのような反乱シーンを描くとしたらもうちょっとヒロイックというかフィクション的になるだろうなと思う)。

・中国というアイデンティティ
 上でも書いたとおり、主人公、まあ立場が複雑だこと。彼が単なる欧米人だったらゴミ人に関われなかっただろうし、シリコン島にまだ住んでいたら欧米企業からの売り込みに賛同するか猛反対するか、どちらにせよ物語が単純化されていただろう。故郷を出た人間であるからこそ、故郷に戻ってきた時に歓迎も反発も受け、同時に故郷を客観的に見ることができる。この作品はそのようにして中国人(シリコン人ではない)のアイデンティティは何なのか自問している。
 著者はそのような中国性を物語の中では自己弁護しており、「欧米」と「中国」を並べ中国が欧米論理の中で虐げられていると作中人物に話させる。そしてそのような欧米論理に対抗する形で中国は中国人によって勢力を伸ばしてきたのだ、という旨のことを言わせる。かつてジャパン・アズ・ナンバーワンと言われた国の人から見るとといつか通った道だね。
 ただ面白いのは、著者は一方でそれら中国っぽさを冷静に見ているところだ。重体の息子を救おうとするボスは神託によって騒動を引き起こすが、その神託はテクノロジーによるトリック(=詐欺)だったというオチ。正直、僕は本当に神託があったか偶然だとか思ってた。物語上重要である神託がよりにもよってテクノロジーでしかなかったのは、現実の中国でもそのような信心が徐々に否定され始めているのではないかと興味深い。先程書いた自己弁護も所詮シリコン人からの一方的な主張であり、物語中で主人公を納得させるまでには至っていない。
 「欧米と対峙する中国」的な感覚はあるだろうが、中国の風習も変わっている最中の印象を本書を読んで受けた。

・SFとしての面白さについて
 SFとしてのギミックは、生化学的だったはずのウイルスが知能を発達させるものとして研究され、なんだかんだあって機械をねぐらにして人工知能っぽくなってしまったところ。正直、この理屈とか流れはよくわからなかった。そういうものだと考えて読んだので特に気にならなかったけど、ちょっとSFとしてはよくある発想だったかもしれない。とは言え、僕がこんなことを書けるのはまさに「そういうSF」をそこそこ読んできたからであって、もちろんこの作品はこの作品なりの独自の特徴を持っていることは書いておく。
 僕としては、本書のSFとしての魅力は、ゴミ人によってリサイクルされた強化義体だったり、医療器具だったはずなのになぜかファッションアイテムとなったボディディスプレイフィルムだったり、はたまた物語の中でそこまで重要ではないんだけどなぜか心に残る改造犬(特定の信号を発しない人間が近づくと攻撃されるようチップを埋め込まれた犬)だったりと、生活感を感じさせるモノの数々だと考えている。このようなリアルにありそうなガジェット、ちょっと欲しいと思わせられるモノを描くのがかなり上手い。

・総合的に
 すっごく面白い。描かれているのが中国の生の姿かどうかは判断できないが、著者の経歴からして中国の姿はリアルなものと思って良さそう。まさに中国SFは今が旬である。
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