Tellurは、……現在色々物色中です。

「滅びの鐘」(乾石智子、東京創元社、2019)

2020年3月6日  2020年3月6日 
 どこに出しても恥ずかしくない異世界ファンタジー(これも手垢がついた言葉だけど)。

 対立する2つの民族がいて、その和解の象徴として「鐘」があった。その「鐘」が壊され、呪いが撒き散らされて、民族間でいがみ合いが起き、果たしてどのようにその争いは集結するのか……という物語。

 ジャンルはファンタジーで、確かに魔法のような存在はあるんだけど、一般的に思い浮かぶ攻撃呪文とかドラゴンとか妖精とかエルフとか魔族とか伝説の武具とか意思を持つ剣みたいなものはない。古えから伝えられた知恵や人々を鼓舞する言葉などが魔法として扱われ、確かに超自然的な力を帯びているように思えるんだけど、あからさまには描写されない。その抑え気味の書き方は面白いと思うが、つまらないと思うかは人によるだろうが、僕はこの手の描写は好きだな。

 この作品は現実と異なるルール(超自然の力)が極めて限られているので、登場人物の気持ちが極めてリアルに感じられ、出来事も基本的には読者にとって自然なものに思われる。結果として生き生きとした作風となる。一番超自然的であろう呪いを纏った人物ですら、日本人の僕にとってはある種の地縛霊みたいなものとして理解できたのだ。読みやすいんだけど色んな出来事があり、結果として内容が濃く感じるのが本書の特徴。



 登場人物も主人公たち3人組の成長を丁寧に描いている。主人公の家族も生き生きとしており、後の悲劇の効果を高めている。敵役の2人の王子も単なる冷酷無慈悲な敵ではなく、敵役やってる間も政治をやっていて知性も冷静さも感じる。魔法使いの爺さんは……直情的と描写されているので作中では問題ないのだろうがトラブルメーカーだよな……。それでもって呪いとともに召喚された人物は敵味方に呪いを振りまくはた迷惑な存在であり、それでも過去を知ると同情できる面もある。どのキャラクターも一面的な薄い人物ではなく、「鐘」によって強調された部分はあれど、複雑な性格を有したキャラクターとして描かれ、だからページをめくる手が止まらなかった。



ただし不満がないわけではない。

1つ目は、主人公の生まれの民族が極めて欠点のない慈愛に満ちた優等生的で悲劇的な民族として描かれていること。芸術や創造の才に溢れており人口が少ないわけではないものの、後からこの地にやってきた粗暴な民族に支配され、物語開始時点で一方的に虐殺を受け、それでもまだ逃げ出していないという天使みたいな人たち。物語序盤で主人公の住む地では2民族が仲良く暮らしてるという描写があったが、虐殺事件があってもまだ仲良くできるの? 物語のエンディングで再び仲良く暮らしました、で終わるけど、作中で粗暴な民族がこれでもかと弾圧と虐殺を行って、それでまた仲良く暮らせられるの? 個人的にはこんな事件があったらもう互いに住む場所を分けるしかないと思う。特に主人公の民族はすみかを離れ、旅の先である程度の生活を組み立てているのだから。必要以上に美化された描き方をしていると思う。

もう1つあって、結局のところ、粗暴な民族による作中の虐殺というのは「鐘」を破壊した呪いに帰結させようとしていないか? という疑念を持ってしまった。劇中で「鐘」を修復すれば憑き物が落ちたようにみんな殺意を失うような描写があったが、結局の所は全て「鐘」のせいってこと? それなら「鐘」を壊した魔法使いの爺さんや、呪いの主に全ての非があるのでは? 呪い抜きに作中の暴力は粗暴な民族の本性だと言うなら、それに対しての落とし前がなかったのが残念。

なんというか、僕は読んでて最終的に話がウヤムヤになった感を持ち、何でそう感じたかと分析したら、上2つが原因だと気付いたから。



 とは言え、ファンタジーとして、ビルドゥングス・ロマンとして素敵な作品だ。魔法というものが言霊のようなものとして扱われ、人々に親しまれているが派手な活躍はしないという抑え気味の描写は面白い。地味な見た目だからこそ活躍したときの派手さを感じることができる。

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