2010年12月5日日曜日

「アナモルフォシスの冥獣」(駕籠真太郎、コアマガジン、2010)

 前回のエントリーで、「フラクション」に対してあまり面白くないなーという感想を書いた。今でもそれは変わっていない。しかし今回読んだ「アナモルフォシスの冥獣」は面白かった。方向性は「フラクション」と同じ叙述ミステリー(のマンガ版)なのにどこが僕の琴線に触れたのだろうかと色々考えていた。

 そもそもこの作品って実のところ駕籠真太郎の作品の中では定番のシチュエーションだったりする。通りすがりの人に怪獣の着ぐるみを着せてミニチュアの町に放り込むなんて「健康の設計」で似たような短編があったぞ。また、怪獣に踏み潰される人間視点の作品は「超電脳パラタクシス」を始めとしてそれこそ様々。そんな訳でシチュエーション自体の意外性は全くない。強いて言えば、駕籠真太郎がストーリー長編を書く珍しさはある。超電脳・アタラクシア・フラクション、他にあったっけ。絶対数が少ないから楽しめたというのはあるかもしれない。
 ただしこんな感想は駕籠真太郎のマンガを読んでる人間からの視点であって、普通はわけがわからんよなあ。冒頭で紹介されるドッキリカメラの解説なんて常識からすれば突込みどころ満載だし。
 ストーリーは、殺人現場を再現して我慢大会を開くことに情熱を注いでいたイカれた資産家が、ドッキリカメラ撮影中に死んだ俳優のシチュエーションを再現させ、参加者が呪いで殺される中、俳優の死の真相が明らかにされる――だ。かなりきれいにまとめてみた。このあらすじを読んだ感想と実際のストーリーは全く違うが、何せトリックに関わることなので。
 さて、今作は一種のミステリーで、最終章がトリックの解決編という形になっている。前作フラクションとは全く違うトリックが斬新だった。フラクションは良くも悪くも駕籠ワールドな展開で、まさか輪切りの正体はそれかよ、みたいな落ちだった。予想はしてなかったが、ミステリーにそのトリックはまずいだろう、な感じで。今作はより現実性のあるトリック。つーか「リアリティのある」と言い換えても良い。それが災いして一部の伏線が上手に回収されていない気がするが気のせいだろう。何せ「叙述」だとこっちが読みきれてないのか作品が失敗したのかはっきりとわからないからね。現実では成立しないものの、でももしかしたら……と思わせるさじ加減が絶妙だった。

 表題作の他、幾つか短編も収録されている。「うぶモード」に連載されたらしい、ってそんな雑誌を今初めて知ったよ。
 この短編集だが、個人的に大好きだ。最近の駕籠真太郎ってスカトロネタがメインの印象を持っていたから久しぶりにキレのある彼を見た感じ。僕自身がスカトロネタ嫌いなのもあるんだけど、強い刺激の物ってすぐに飽きるからスカトロメインの駕籠真太郎を評価できなかったんだ。いやー久しぶりに駕籠真太郎を初めて読んだワクワク感が蘇ったなあ。ただし小ネタがメインであり、駅前〇〇みたいな密度の濃さはない。そんな中で「改造」が中々ブラックで素敵だった。駕籠真太郎お得意の超人ネタをこのように持ってきますか。この手のイタズラ(あえて嫌がらせとは言わない)は誰でもやろうとしたことはあるだろう。マンガの中だから最終的には殺人までいきついてしまうが、軽い嫌がらせめいた行為はむしろやっていない人の方が少ないのではないかと思いたい。僕は覚えている限りで数回行った。フォローするなら子供の頃の話で……って言い訳すると格好悪いか。まあ子供はまだ他人というのがあまりわからないから、その意味で変な攻撃性を実際に発揮してしまうのかもねと読んでて思った。後味の悪さも含めて最近の駕籠真太郎の中では大好き。

 で、回収されていない伏線だけど、幽霊とか呪いとかってやっぱりあったんだよね。それから執事と坊主は犬死したんだよね。