2011年10月2日日曜日

「断章のグリム」(15巻まで。以降続刊)(甲田学人、電撃文庫)

 感想文を出すなら15巻まで出揃った今がチャンスだと思った。たぶん次か、次の次で終わるんじゃないかな。

 前作のMissingからファンだった。派手な出来事で怖がらせるのではなく、背筋がゾクゾクする展開。僕好みのホラー(というか怪談)だったので、今作も引き続き読んでいた。
 が、良い意味で裏切られた。
 今作はホラーというかメルヘンだ。なぜならば、ホラーにつきものの謎要素が全くない。当然、物語のノリからして異能バトルものなんかでは全くない。
 さて、ホラーの肝は不思議な存在に襲われることだと考えているため、事件が起きるシステム・ルールが明確に定まっている今作はホラーには当てはまらない。あくまで僕の私見だが。実際、主人公たちは敵の正体を明らかにするというよりもいかに後腐れなく解決させるかを物語の核として行動しているし。彼らが謎を解く目的は、事件の解決なのではなくて、被害者をより少なくするためである。解決の手段はその原因になる人物を殺すことだけであり、事実物語中ではその通り殺しているのだ。このように書くとこの作品を知らない人からは「別にわざわざ謎を解かなくても良くね?」と言われるかもしれないが、謎解きの必要性は薄いと思う。逆に謎を解く=物語に関わることで主人公たちのトラウマを抉り続けているので、どんどん状況は悪くなる一方。主人公側が完全に詰んでしまっている。
 しかも能力自体がトラウマを動力源にしており恐怖によって様々な効果を発現させると来ている。本質的には彼らの敵である異端(化物みたいなもの)達と変わらない存在なのだ。
 それが全面に現れたのが12巻~15巻。主人公の支援者たちを殺したり狂わせたりする大盤振る舞い。しかも主人公自身、能力が暴発寸前というバッドエンド目前な雰囲気。このシリーズの感想文を出すタイミングが今しかないのはこれが理由だ。果たしてラノベでも珍しいであろう主要人物全員虐殺エンドは起こるのか。主人公は綺麗な死を遂げられるのか(←既に主人公が死ぬこと前提な予想)。そもそもキャラクターというよりも伏線的な立ち位置だった風乃お姉さまと葉耶はどう絡むのか。この興奮を誰かと共有したいが僕には友達がいなかったのだった。前年無念。
 あとは絵がすごく綺麗だった。シリーズ全部を買うと決めた理由もまさにそれ。部屋に飾っておきたいくらいの美麗さだった。人形っぽく感じた絵柄はシリーズのモチーフであるお伽噺に合っている。最終巻でイラストがなくなったりするのだろうかと別方面でも興味津々(Missing最終巻のアレだが、イラストをなくす対応は正解だったと思う。僕はああ、最終巻で雰囲気を大切にしてるんだなと当時は思っていた。だから今回も最終巻でイラストをなくす「演出」もありだと思う)。

 あ、そうそう、この作品は結構痛い表現が多いことも付け加えておこう。スパッと首が刎ねられるよりも爪を剥がされつつその爪で目を潰される系の表現の方が生々しく痛みを感じるなあと改めて感じた次第。

「カミオロシ―縁結びの儀」(御堂彰彦、電撃文庫、2011)

 おまじない、荒ぶる神、ミステリー。この3ワードに心を動かされたならば買う価値はあろう。なに、心配いらない。異能・SF的設定が出ないのでミステリーとして堪能できる。キャラクターは変な特徴が付加されておらず、主人公ですら事件の全貌を掴むだけで解決には至らない。まさに神の前では人は無力なのだが、それでも主人公とヒロインは互いの理解が深まり、ちゃんと成長譚やってるので安心する。でも人、いっぱい死んだんだけどね。
 内容は京極夏彦氏の京極堂シリーズに比べてしっかりとまとまっており、甲田学人氏のMissingより幻想的・民俗的だ。ちょうど諸星大二郎氏の妖怪ハンターシリーズをラノベにしたような感覚である。今のラノベ界隈でハーレム物でもなければ、キャラバトルでもないシリーズってどれくらいあるのだろうか。

 この本を買ったのは青森旅行をした時。ふと入ったアニメイトで伝奇ホラーという単語を見て衝動的に購入してしまった。御堂彰彦氏の本はタイトルだけ知ってたけど、実際に読むのは初めてだった。文章は過不足なく、本を楽しむ邪魔にはならない。ミステリーにしてもホラーにしても、説明や客観描写が求められる代物なので読みやすいってのは非常にアドバンテージになる。
 内容の方は優等生の主人公、皮肉屋で幼なじみの美人巫女、縁結びのおまじない、神様、合宿、ミステリー、の6つの要素で説明できる。間違ったことは言っていない。合宿に行った先、縁結びのおまじないのせいで祟りなのか何なのか、死人が出まくったのだ。その数6人。しかも合宿先が山にある神社なのだから、うわっ館モノだ!
 そう、ちゃんとミステリーのお約束を踏まえている。空中を飛ばねば自殺できないような市で死んでいる学生。不審に思いながらも自殺ということで結論つけてしまう警察。殺人の舞台を離れようとするも、結局戻ってしまい、最後まで殺されてしまう人々。連続殺人を防ぐために頭を使う主人公。警官の1人はオカルトに造形が深く、この事件は自殺ではなく超常的な力が働いていると考え、独自に捜査を始めるのだった。これぞミステリーの王道と言わずして何と言おう。
 ちなみに警官による超常現象宣言なんだが、文章が簡潔でスラっと流してしまいがちだが伏線的な意味で非常に重要である。それは、不審死(空中を飛ばねば自殺~学生)→警察「変だけど自殺でしょう」→主人公「俺はオカルトなんて信じない」→一匹狼の警官「空中を飛ばないと死ねない位置なんだからおかしいじゃないですか!」→主人公「確かにおかしいかもしれないが、俺はオカルトなんて(ry」→警官、主人公を説得、とある種の叙述トリック状態になっている。最初の死体位置とか文章ではさっさと流されるので読者側は本当に超常的なのか半信半疑になって読み進め、最終的に警官の誘導によって神様が関わっていると結論付けざるを得なくなる。なんだけど、この警官ってのが非常に胡散臭くて……。個人的には飛鳥昭雄氏とかその類のオカルトマニアみたいな奴だった。そう思ったのはたぶん僕だけじゃないと思う。
 なぜならば、この作品は物語の終盤まで殺人に超常現象が絡んでいるのかいないのか、ぼかして進むからだ。主人公からして昔理由があって反オカルト派になったために、不思議な出来事に遭ってはいるが性急にオカルトとは結論付けない。地の文はオカルトチックに書かれているが、それでも主人公は断定しないってところが冷静で良かった。赤川次郎とか一般のミステリー書いてる人は絶対に何がしかのトリックに結びつけているはずだしね。
 それが警官の怪しい誘導によって殺人の原因は祟りだ(本当は少し違う)と結論付けられているのは非常に叙述トリック的だと思った。しかも相手が人知を超えた存在だから殺人のルールも正しいのかわからない。最終的に謎の解説はひと通り行われるものの、主人公とヒロインがお互いに知っている知識を寄せ合っての結論だから胡散臭いことこの上ない。ぶっちゃけ、続刊が出て真の犯人(人間)が出ても驚かないってくらい。そんなこんなでミステリー的(それも叙述ね)だと思った。

 キャラクターはたくさん出るもののレギュラー張る人間はほんの一握りだから大丈夫。犠牲になった人すら覚える必要はないくらい。その分、主人公周りが丁寧に書きこまれてるのは良かった。ちなみに主人公だが、頭も顔も良いって設定は鼻につくかもしれない。探偵役だからこのくらいじゃないと物足りないが。ヒロインは皮肉屋で幼なじみの美人巫女。それもツンデレじゃなくて皮肉屋ってのが近年にはない目新しさだった。いや、キャラクター自体は素直になれない腹黒大和撫子をそのままなぞっているのだが、感情の動き方や行動の理由が納得できるから感情移入しやすい。一瞬起こるデレは見物です。

 真面目に考えたら結構人を選ぶことがわかった。伝奇ホラーが好きで、なおかつ叙述系ミステリーにアレルギーのない人じゃないときついかもしれない。特に反オカルトの主人公が警官の誘導によって超常現象だと認めるくだりはツッコミ所抜群である。それも含めて僕は大好きだ。
 ちなみに伝奇ホラーと言ってもひぐらしみたいなアグレッシブかつ科学要素はないので安心できる。次巻どうなるのかわからないが。
 っていうか続刊は出るのか? いきなり人を殺しすぎだと思う。

†感想+α
 はがないとニャル子読んでる。どっちも面白いから購入続行。しかしはがないには1つ読んでて引っかかる所がある。いや、フォントいじりは構わないんだ。あかほり文体や本田透氏の評論(!)で慣れっこだから。僕が気になったのは、ヒロインが主人公に好意を示す際の朴念仁っぷりが悪意が入っているとすら思えること。はがないは主人公の一人称視点だから読んでて結構きつい(←と、6巻までは思ってたけど、伏線だったことが7巻で判明した。すげえ、完全に騙された)。
 特に直前にニャル子読んでると何かの伏線かと疑ってしまうんだよね。ニャル子はニャル子でできる限り下らないノリにしようと頑張ってるのが伝わってきて面白い。下らないはもちろん褒め言葉だ。4巻とか5巻になると本の中で伏線はこれだ!と宣言し、その実他の非常に下らないことを伏線に使うというしょうもなさは感動すら覚える。1冊に1回は起こる全宇宙を揺るがす事件はわざわざ内容を下らない方向へ持っていくすばらしさ。戦闘シーンはシリアスになるかと思えばニャル子視点文体で読者にツッコミを入れる余地を作る手の込みっぷり。最強の力を秘めているのにおちゃらけてピンチを作り出すエンターテイナーぶり。トリックスターとはかくあるべき。