Tellurは、……現在色々物色中です。

「三体」(劉慈欣 著、大森望・光吉さくら・ワン チャイ 訳、早川書房、2019)

2019年8月25日  2019年8月25日 
 これ、昔めっちゃ褒めまくった短編「」の出典元なんだけど、こんなのだったのかと拍子抜けした。「円」は普通の歴史(SF)小説だと思っていて、だから評価をしたのだが、まさかVRゲーム世界の出来事とは思っていなかった。ゲーム世界だから歴史上の人物が人力で演算しててもおかしくないよね。

 のっけから少しけなしてしまったが、中国で大ヒットし、ケン・リュウによって英訳されたらアメリカでも非常に売れたとんでもない作品である。日本も面白いとの前評判が煽りに煽られ、一種のブームになったと思う。単なるSFだけではなく共産主義など現中国の問題とも絡まった作品らしく、そっちの評価も高い。ではそんなビッグタイトルがどんな作品だったかというと……。

 素直に読むと、三体教ってよくある選民思想的なものじゃないかと思った。人類より遥かに優れた技術を持っていると予想される異星人によって人類文明を滅ぼしてもらうことで自分たちを認めなかった連中への復讐をし、異星人が地球を支配する中で自分たちだけは良い身分に取り立ててもらえる幻想。三体教の成り立ちそのものが現代中国の問題ともリンクしており、そこそこリアリティはある。ただ、日本はオウム真理教を経験してしまったし……。
 最終的に異星人のスケールが下がったのは残念。序盤~中盤のミステリー要素として、何者かが反科学思想の蔓延や技術の停滞を煽動するのはなぜか、という謎があるけど、異星人が地球侵略をするために反撃されないようにしました! って落ちにはひっくり返った。確かに敵をおバカにする展開は嫌いで、石橋を叩いて渡って勝利を掴む敵を相手にするほうが僕は好みで、その意味では頭脳戦術ではあるけど、科学者の網膜にカウントダウンが映し出されて次々に自殺に追い込まれてるスケールに比べてイマイチだよ……。というか素粒子を操作できる技術があるなら即地球なんぞ征服できるに決まってるでしょう。それでもって敵である異星人が地球人と変わらず色々問題抱えてる、というテーマも正直(物語として)食傷気味である。これって正義が相対的なものだという思想とリンクしてるんじゃないかと考えているんだけど、ここまで技術差があるなら「地球幼年期の終わり」みたいに完璧な異星人が善意と正論で地球を征服して、地球人は黙って受け入れるしかない物語の方が良かったな。クソな我々の社会を破滅させて人民を救おうとする外部の連中も実は色々問題がありました的構図は、資本主義陣営によるソ連に対する勝利と旧共産圏の大混乱の暗示なのだろうか。
 ついでにいうと、異星人の技術力が高いのだから、VRゲームで秘密裏に信者を増やしてないで一気に人類を精神改造しちゃえば良いと思うんだけど、VRゲームによる洗脳の下りは共産思想の広まりとかそっちのメタファーなのだろうか。むしろ作者的には洗脳により世界が秘密裏に破滅の道に向かう不気味さを描きたくて本書ができたのだろうか。考えてみると地球人を屈服させるだけなら全人類の網膜にカウントダウンを表示するだけで十分でしょうし……。
 僕としては近年話題のフェイクニュースやらトンデモやらに関連して、科学者が脅迫され技術の発展が妨げられるテーマにより重きを置いたストーリーであってほしかった。異星人の問題を長々と描いて矛盾点を感じさせるくらいなら地球人側のドラマにフォーカスした作りにした方が良かったと思う。

 いや、長々と文句を書いたが悪い作品ではないのだ。一気読みさせるくらいに面白い作品だった(VRゲームの描写は……冗長だと思うけど)。展開とかに「え?」となる点はあれども次どうなるんだとページをめくり続けていたわけで、読んでて満足ではあった。
 とは言え、なんでこうもこじんまりとした作りにしちゃうのかわからないところはあり、どうやら続編があるらしいしそれに期待しろということなのだろうか。
 とりあえず「折りたたみ北京」の「」ショックが未だに尾を引いており、そのネガティブな評価が本書全体に波及したのは否めないと自分でも思う。
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