2018年7月23日月曜日

「プロジェクト:シャーロック 年刊日本SF傑作選(2017年度)」(大森望/日下三蔵 編、創元SF文庫、2018)

 なぜか毎年買い続けている。ところで、収録されているタイトルと作者を東京創元社のサイトからコピペしたのだが、なんで収録順じゃなくて50音順で並べてるのだ……。収録順へソートするのが面倒くさいではないか!

 トップを飾る「ルーシィ、月、星、太陽」(上田早夕里)は海洋SFだ。人類が絶滅した後、人類の子孫である種族が独自の文明を築くため7つの海を冒険する物語……に繋がりそうな世界設定だけを書いた最序盤の作品。主人公の種族はそこまで独自性があるとは思えず、物語としてもよくあるというか、序の序しか描かれてないのでさすがに本作品単品だと微妙だと思う。去年の「プロテス」に比べると出来が悪い。
 「Shadow.net」(円城塔)は攻殻機動隊のアンソロジーということで、原作を読まない僕は面白いのか戦々恐々としていたが、原作を知らなくとも楽しめた。ただ、原作モノにありがちなことだが、世界観やキャラクターの説明が不十分なので何がテーマになっているかわかりにくいものがある。本短編で書かれたことって攻殻機動隊のお話からすると大問題なの?
 やっと続きモノでも原作モノでもない「最後の不良」(小川哲)。流行を否定するムーブメントを仕掛けた奴らは流行を生み出す連中だったというねじれをテーマにした近未来小説。短編だからか理屈に納得できないが(「流行を否定する」のが流行でないとわかる理由ってあるのだろうか。流行を生み出す連中は個性をクローズドサークル内で発散する道を選んだが、その程度で十分なの?)、これが「Pen」で連載されたという事実で全てを許す気になる。今は活字自体が一部の好事家向けとなっているので、ジャンルのクロスオーバーも許されてる気がする。市場が狭まるのにはこういうメリットがあるのかもね。
 「プロジェクト:シャーロック」(我孫子武丸)。表題作。近年はやりのビッグデータと人工知能、そしてオープンソースによる集合知をネタにした作品。過去の事件をデータ化しシミュレーションを行うことで難事件を解決するAIと、それに触発され難事件を作り出すAIを巡る騒動を描いた作品。モリアーティと呼ばれる難事件を作り出すAI、殺人を犯すシステムで似たやり方をどこかで読んだことあると思ってたら、諸星大二郎の「復讐クラブ」だ。ビッグデータの活用という点ではもうちょっと仰天する結果が欲しい……。
 造語でおなじみ酉島伝法「彗星狩り」。世界観がいつもの酉島氏とは違うのか、非常に読みやすかった。ビジュアル的なイメージがしやすいわけではないのだが、ストーリーがあり、描写が人間の理解の射程に収まっている。どんなシチュエーションで何が起こっているのかわかるため、酉島氏の作品にしては満足度が高かった(いつもは理解がイマイチなので実は買っても買わなくてもあまり変わらないのじゃ)。この作品を読めただけでも本書を買って良かった。
 「東京タワーの潜水夫」(横田順彌)は元ネタがミステリーのはずだけど、ユーモア寄りの奇想作品。本作はそもそもミステリーになっておらず、SFとしての側面が強調されている、のか? まるでコントを繰り広げているような噛み合わない会話が特徴的。SFとしてはどうかと思うが、かなり楽しめた。ミステリーから離れてもう20年近く経つんだけど、この手のミステリーなら読めるかも。ルーフォック・オルメス、読んでみたい! と思ったら本作品の掲載本はすでに売り切れ。発行数少なくないですか!? まあ、本編(?)である創元推理文庫版は普通に売られてるけど。
 「逃亡老人」(眉村卓)は……正直、そうですか、以外の感想が持てなかった。去年とは打って変わって、僕には相性が良くないようだ。作者がお歳を召されているからか、災害に対する諦観が強調されており、まだそこそこ若くて欲を捨てきれてない僕としては反発する。何よりも、実際に何らかの災害に遭った人に真正面からこういった台詞を吐けるのかね?
 ストレンジフィクション寄りの「山の同窓会」(彩瀬まる)は傑作。女性が卵を産み、おおよそ3回生んだら死んでしまう。そもそも山も海にも天敵がいるので死亡率が現実の人間社会とは比べ物にならないほど高い世界(まるでネズミとかマグロの群れみたいだと感じた)。男性だって生殖に体力が必要なのか、卵を生む女性と大差がない歳で死んでいく。そのようにかなり本能に支配されている「人間」の生き様を描いた作品。生殖を巡る個体と種の関係がテーマとなり、死の別れを克明に書き込んでいる。面白い。この作者の他の作品も読んでみたい。
 「ホーリーアイアンメイデン」(伴名練)は 強制的に「改心(洗脳)」させる力を持った女性についての、妹からの書簡体小説。書簡体小説なのに読みやすい、ストーリーへの興味を保ちやすいとかなり優れた作品だった。SF的なテーマは、自由意志の剥奪による新人類(伊藤計劃の「ハーモニー」で自我を捨てた人類みたいな)誕生的な内容だが、それよりも天真爛漫な姉に対する冷静で賢い妹の思い入れっぷりが目につく。姉の心に傷を残して自分が唯一の存在になろうと考え、姉の手に殺される計画を立ててその全ての経緯を複数の手紙にして送る妹のヤバさ! 姉だけだったらエロマンガにおける洗脳とか催眠ジャンルレベルのありきたりなお話なんだけど、そこに小さい頃から間近で暮らしされど全く洗脳されなかった妹成分(家族ながら世界で唯一の敵みたいな立ち位置)を付け足すと一気に不穏な物語になる。語り口が上手です。
 本アンソロジー中唯一のマンガ「鉱区A-11」(加藤元浩)。月面基地やらロボット三原則やら古風なSFミステリー。ホワイダニットは半分納得出来ないけど(人間と会話できるロボットなら言葉の裏側の矛盾も理解できるのでは?)、ミステリーの驚きは感じた。
 「惑星Xの憂鬱」(松崎有理)は軽い語り口による良い感じのユーモア半分人情半分の作品。冥王星探索および冥王星が惑星でなくなった経緯と冥王星から名付けられた兄妹を絡めた物語が変な人物も絡んで幻想的な作品となっている。長い眠りから目覚めた兄は、冥王星探査機のメタファーでもあるんだな。
 次の「階段落ち人生」(新井素子)。新井氏の作品はあまり読んだことがないが、これぞ新井文体である。昔の1人称文体かつラノベ的擬音語多用文体とでも言うべきか。よく転ぶ主人公だが、転ぶのには理由があり、主人公は時空の裂け目を感じ取る能力があって、裂け目に足を取られたからなのだという大法螺が展開されている。正直、時空の裂け目を巡る壮大な物語の序盤という感じがして、尻切れトンボ気味。この登場人物とシチュエーションで時空の裂け目というネタは展開させ辛いので、時空の裂け目は彼らの妄想で何にでも理由を見つけたがる人間の性質という路線にした方が話がまとまったと思うなあ。今のままだと、主人公は時空の裂け目を感じ取る能力(物理能力)と裂け目のパワー(?)で修復・治癒する能力(魔法能力)を持っていることになり、何でもありな感じがある。
 「髪禍」(小田雅久仁)はホラーSFと呼びたいところ、最終的にはホラーじゃなくなってしまったので単なる怪獣パニックものであった。中盤までの雰囲気が続けばホラーSFとして優秀だったのに……。髪を崇める新興宗教の儀式の場にサクラとして行った女性が経験する出来事を描いた物語で、序盤はこの宗教団体が「大髪主様」など独自の用語と教義の説明が混じりながら丁寧に描かれていく。不気味な雰囲気が出て面白い! と思っていたが、怪しげな教祖が怪しい儀式を行うと、まさか後継者が化物になってしまう! えー、そっちになるの? てっきり「裏世界ピクニック」的な認知論で処理されるものだと思ってたよ。異物を崇める宗教の民が異様な儀式を経て異形となるのって安易じゃない? 何をもってこのアンソロジーに入れたのかわかりませんでした。
 「漸然山脈」(筒井康隆)。あまり数は読んでないけど、いつもの筒井康隆文体。うーん、2018年にもなってこれを読まされるのは正直辛い。
 「親水性について」(山尾悠子)は集中力が途切れた。覚えていない。ごめんなさい。
 「ディレイ・エフェクト」(宮内悠介)は問題作。日常に非日常が入り込み、されどみんな慣れてしまった世界で破局を待つ作品。しんみりするのだが、逆にヤバイと思う。2020年の東京に1944年~1945年の東京が幻影の様に重なった。そんな異常現象の中、ある一家の心のすれ違いを描いた作品……なんだけど、東京大空襲という被害の前にあらゆる政治性を帯びた意見が(左右含めて)無視される世論の中、被害者としての日本と犠牲になった祖先が強調され、なし崩し的に幻影を巡る議論も物語も終わる。ある意味で今の日本とも絡み合ってリアルなのだが、諸手を挙げて褒められない。主人公一家の別れと仲直りが災害としての東京大空襲を背景にある種のロマンを持って描かれるけど、空襲ってそんな良いものではなかったと思うのだが。被害を引き起こした原因が、国民なのかマスコミなのか軍人なのか政治家なのかは小説として答えを出さなくても良いのだが、それを考える小説としての視点が本作を読む限りないのではないかと感じた。僕のスタンスは左翼寄りだからってのもあるかもしれないが、第二次世界大戦という要素をあまりにもお涙頂戴の素材にしすぎてないかと思う(仮想戦記やライトノベルは100%エンターテイメントということで許容範囲なんだけどね。この作品はもう少し視野が広いと思っているので批判せざるを得ない。)。
 創元SF短編賞受賞作の「天駆せよ法勝寺」(八島游舷)。仏教とSFの融合と言えば、少ない僕の読書遍歴からも、ブラックロッド(解説で言及されていた)や禅銃などを思いつく。仏教または東洋思想に基づくSFって中途半端に用語に馴染みがある分、エキゾチックに感じられるのだ。本作も仏教用語を漢字から何となく読者に理解させ、それを科学とつなげることで仏教科学とでも呼ぶべき世界観を無駄な解説を省いて描いている。造語によって精神世界とSFが融合するのは上の「髪禍」でも同じなんだけど、中途半端にリアル世界が舞台の「髪禍」に対し、現実とはかけ離れた本作の世界の方が何が起こってもむしろリアルに感じられて良いと思う。冷静に考えたら仏教には化物めいた存在も多神的な存在もいるのだから、ファンタジーでやりたいことは何でもできそうである。仏教SF、今後は絶対に流行るぞ。

 去年とは打って変わってハードSFに分類される作品が少なくなった。ハードSFは「ハード」の内容によっては近視眼的だから、なのかもしれないが、これはこれで寂しい。遠い世界の異種族系やストレンジ系や仏教系のSFは好きなんだけどオーソドックスなのも味わってみたいので、来年はぜひともよろしくお願いします。読者というのはわがままなのです。