Tellurは、……現在色々物色中です。

「ベストSF2020」(大森望 編、竹書房文庫、2020)

2020年10月13日  2020年10月13日 

  ハヤカワ文庫からベストSFが出なくなったな、残念だなと思ってたら何とこんなのが出た! 竹書房、最近SFに力を入れてるな。頑張って買い続けないとなーと思っている。

 まず最初の円城塔「歌束」。いつも相性が悪いので最初やら集中力が続くだろうと読んでたが、やはり集中力が切れた。ごめんなさい。
 次に岸本佐知子「年金生活」。あの岸本氏か! 「ねんきん」とはなんぞやと気付くとおお、となる。ただ社会が崩壊すると経済活動も崩壊し自然豊かになるとは思えない。80とか90から畑仕事始めた老人が元気になるなんて都会の人の夢じゃない? と思った。僕は祖父・祖母がかなりの田舎で畑と漁業で自給自足に近い暮らしをしていた(というかあまりの田舎だから昭和中期くらいまでは商業が発達しなかったらしい)が、僕が知ってる祖母は腰がほぼ直角に曲がるほどだったぞ。それくらい畑仕事は重労働なのだから健康になる的な気軽なもんじゃないんだけどね。
 オキシタケヒコ「平林君と魚の裔」。資本主義SF? スペースオペラなのだが、技術全てにコストベネフィットの判断があり、それがギャグとかパロディではなく実は作品のテーマとなっている。面白いしスペースオペラなので読みやすい。好きなんだけど感想があまり書けないな……。
 草上仁「トビンメの木陰」。飛梅なのか。作者後書きを見てわかった。内容的には、寄生先の虫の行動を支配して自殺させる寄生虫を念頭に人間の意志も食物や化学物質で決められるのではないかというテーマを伝記仕立てにした作品。伝記成分が主で、ストーリーは楽しめたというか、短編なので面白くない要素がなかった。これくらいの短編だと全部面白い要素を詰め込んで終われるね。
 高山羽根子「あざらしが丘」。どこかの短編集に載ってた。まあ同じ作品なんだけど、編者解説と作者後書きが読めて満足。
 ちょっと気になったのが片瀬二郎「ミサイルマン」。風刺としてはちょっとよろしくなくない? 出稼ぎ労働者とテロという物語なら、何だかわからない力が原因でテロを起こした本作より、望んで海外出稼ぎに行ったものの失望して過激思想に染まりコツコツ武器を作りある日テロを起こす現実の方がはるかに恐ろしく考えさせられる。それはともかく、本作のミサイルマンの描写って、未開の国の不思議な技術による人間兵器ってことなわけで、それが出稼ぎ労働者として日本や他の国々にやって来ました→未開の国内の内乱でミサイルマンが起動します→破壊活動が日本を含めた全世界で行われますってことだから、ゼノフォビア一歩手前の思想だと思う。編者はそこを指摘すべきだった。
 口直しで石川宗生「恥辱」。面白い。ノアの方舟を動物の視点から、人間にとって都合の良い動物を選定するプロセスとして描くのは新しかった。非常に現代的な視点だと思う。編者の「出稼ぎ労働者を彷彿とさせる」云々は雰囲気でそんな感じは受けたものの、具体的にどこにそう感じたかはわからなかった。
 空木春宵「地獄を縫い取る」。児童性愛者の話……らしいが、かなり粗がある気がする。性愛の対象にされる児童AIを実際の体験と感情から作るが、それは単なる実在の人間では? 少なくとも現代の社会では実在の人間判定を喰らうと思うのだ。そしてAIと実在の児童が区別出来ないなら買ったのはAIではなく人間として判定されるのでは? そして児童買春を行う人が児童の感情(作中ではエンパス)なぞ必要としてないのでは? 児童買春の被害者が望んで児童買春に手を染めたという設定(一応ラストは取ってつけたように世界に対する復讐みたいな理由にしているが)と共に、児童買春撲滅運動を謳う人の欠点を強調することで児童買春撲滅運動(少なくともその手の団体の活動。深読みすると環境保護団体への当てこすりも同じロジックで行えるよね)の正当性に疑義を抱かせる構成になっているのがアレ。そして児童買春を行う男性を出さずにどこまで普遍性があるかわからない女性同士の問題点を描くことで児童買春に対する批判を相対化させようとしている作品だと感じた。編者は「衝撃作」と評しているが作品そのものはエロマンガにおける「他人の経験に入るシチュエーション」や「性に開放的な世界」と同じロジックでしかないわけで、むしろ上記の構造を指摘すべきだと思うけどな。
 草野原々「断φ圧縮」。不思議につまらない作品。意識を圧縮したら世界の密度が濃くなる(作中では「正気」)とか、圧縮した意識を開放して(作中では「狂気」)孤独になり、正気と狂気を行き来させることで現実世界で発電が行えるとか、面白い要素は特盛でちゃんと最後まで読めたんだけど、面白くなかった。何というか、世界というか外界の描写がないから意識の圧縮というアイデアしか楽しめないのかな、と改めて読んで感じた。アイデアは本当に面白いよ。
 陸秋槎「色のない緑」。え、普通に傑作じゃない? 小説としてもSFとしても面白い。SFとしてのテーマは、言語と人工知能と技術発達とそれに伴う人間の不在。小説としては、人生で意味のない仕事に就いた孤独感と無力感といったところか。あと、この作品に限らず百合という表現を使うのはまあ下品だから止めるべきと思います。
 ラストの飛浩隆「鎭子」。編者の解説を読むと、作者の他の作品を下敷きにした作品(直接の関係はない)らしい。ぶっちゃけ外伝に近い立ち位置なのかな。そんな作品でも登場人物やストーリーや世界観の把握を させることができるのは素晴らしい。ただ、いかんせん、この作者の短編は大傑作『「方霊船」始末』があり、外伝的立ち位置なのは似たようなものだが、『「方霊船」始末』の方がぶっ飛んでて派手な展開で好みである。これってひじきの煮物とカツ丼を比べてカツ丼旨いと言ってるようなもので、自分は刺激の強さを美味しさと感じる人だと言ってるようなものなんだけど、でも好きなものは好きだ。でも本作のやるせない現実に慰みを見出すために空想でもう1つの世界を作り、それに耽溺する中でどちらが現実と空想の境が曖昧になる感じはそれはそれで好きだよ!

 バリエーションも多くてテーマも様々でやはりSFは豊富である。個人的に好きだったのは「色のない緑」か「平林君と魚の裔」か「トビンメの木陰」。ひらすら真面目でSFとしても小説としても優等生的な「色のない緑」と、キャラクター小説的でシリーズ化されたらダラダラ付き合うだろう「平林君と魚の裔」と、短編としてテーマと描写がキッチリ決まり蛇足のない「トビンメの木陰」がずば抜けていると感じた。読んでて好きというか読み続けたいのは「平林君と魚の裔」なんだけど、僕も歳で集中力が切れやすいので太く短く読める「トビンメの木陰」がベストだった。

 やはり短編アンソロジーはいろんな作品が読めてお得。ちゃんと買い続けますので今後も続けてください。
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