2017年8月20日日曜日

「とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢」(ジョイス・キャロル・オーツ、河出書房新社、2013)

 ある種の精神的な病、トラウマ、神経質な人物が事件を引き起こし、それが現代アメリカの問題を表している作品、とでも言うべきか。日本人の僕からすれば訳者解説での説明が必要だが、読めばなるほど、と思えた。とは言え、技巧は良いのだが、作品のテーマや内容に大して技巧がアンバランスに勝っており傑作とは言いがたかった。
 それが一番出ているのは、ストーリー部分。ストーリーはかなり類型的で、ホラーや奇妙な味系を読む人からすれば途中まで読むと落ちがわかる作品がちらほら見られる。人物構成も重なっている作品があることから、そのため読んでて飽きやすい。

 それが一番表れたのは「私の名を知る者はいない」。ラストで女の子が赤ちゃんを殺すのかなと思ってたら本当に殺してしまった。猫も女の子の悪いことをシンボルであり、読みやすかったが意外性はない。
 それに対し、面白かったのは「とうもろこしの乙女」。小説の構成的に、複数の視点がガンガン入れ替わり、そしてそれぞれの語り手は必要以上のことを地の文でも話さない。だから最初読むとわかりにくいんだけど、わざとらしい自己紹介などがないだけリアルさを感じた。しかし内容としては鍵っ子である小学生の女の子が、人とは違うという自意識をアンデンティティに持った別の女の子に監禁されて「儀式」を受けるということ。監禁した女の子は犯人扱いされないように学校の先生を陥れるんだけど、被害者の女の子の母親がテレビに出て騒がれてる優越感に浸り、わざわざ被害者の母親に接触して疑惑を掻き立てたりする。まあ、何だ、アメリカでの幼児に対する犯罪者の扱いやら、無実を叫んでも犯人と断定するマスメディアやら、小学生も汚染されるマリファナやら、幼い子を1人で留守番させた親へのバッシングやら、「アメリカ」的な問題点をたくさん盛り込んだ読み応えのある作品ではあるんだ。それだけに、事件のあらましとしては数十年前のキレる17歳のようなサカキバラ的な若者の闇を知ってる人からすればショッキングではない。日本も20年近く前に通った道である。読者としては、女の子が生きて帰れるのか否か、というところしか興味が持てなくなる。
 で、読者の興味を掻き立てるラストシーンだが、幸せな家族を描いたものの、それまでに挙げた問題点を解決することなく終わってしまっている。マスメディアの責任はどうなった? 虚偽を信じ込んだ警察は? 女の子が変な思想を抱くようになった経緯は? 驚くことに、そこら辺が一切解決されずに物語は終わってしまった。えー、嘘でしょ。

 つまり、あまり作り込んだ作品はもしかしたらこの作者は不得意なのかもしれない。そう感じたのが、「ベールシェバ」。この「ベールシェバ」というタイトルは相応の意味があるが、実はわからなくても作品を読む上では問題ない。極めて削ぎ落とされた内容で、男が捨てたかつての妻の子が、父である男に対し復讐するのだが、その子が言う糾弾は男の見に覚えがなくて……という作品。当初は男が悪いのか、と読者も思うんだけど、次第に女の子に不気味さを感じるようになり、実は女の子が事実でないことを信じているのでは? と思えてくる。ラストシーンも解説がなく、奇妙な味のような読後感。しつこい設定が解決されない「とうもろこしの乙女」に比べるとこれくらいの方が読みやすかった。ところで面白かったのは、男は当初自分の子に欲情したりするのだが、その女の子の体の描写が一昔前のお色気小説のようにしつこい点。これは一体何の効果を狙ってのことだろうか? (言っちゃあ悪いが、本文中でそこまで美人だとは書かれてもないし……)。

 「化石の兄弟」は個人的に好きな作品。設定の現実さに対し、描写は極めて幻想的。訳者解説で暴力性が云々と書かれているが、半分ファンタジーかかった雰囲気のため生々しさはまったくない。ストーリーは、略奪者である兄と収奪される側である弟の双子の兄弟が生まれてから死ぬまでの生き様を描いた、という内容。しかし徹底的に兄と弟との関係に絞って書かれているのがこの作品の特徴。「兄」と「弟」とは何かの比喩だと思うんだけど、わからん。
 一方、同じように双子の兄弟をテーマにした「タマゴテングタケ」はモチーフが「化石の兄弟」に似ているのと、一方で「化石の兄弟」の特徴だった雰囲気がなく、普通の小説っぽい。登場人物もたくさんいるし。それゆえ何らかの不安感を描きたいのだろうと思うんだけど、見どころがなくて微妙なのだ。

 不安感と言えば、「頭の穴」は微妙だった。いかにもアメリカ的な妻との関係が悪く雇っている看護師に心が動いている美容外科医の男。破産寸前でさらに流血や手術が苦手という仕事と自分とが合っていない。美容外科医とは手術というよりもカウンセラーという側面が強いと書かれ、顧客の不安を鎮めるため頭蓋穿孔手術を渋々決行し、そして破滅する。主人公の美容外科医も彼の顧客たちもそろって不安を感じているのが特徴で、いわば負の感情同士がぶつかりあってストーリーを進める。
 ……でも、僕はここまでの不安感は抱いてないので、かなりしらけながら読んでいた。一番困ったのは、前半の美容外科と後半の頭蓋穿孔手術を「精神的な希求」でつなげる点。確かに美容外科は精神面が大きいと僕もどこかで読んだことはあるが、一応外見に影響し成果が出る美容外科と100%怪しい手術である頭蓋穿孔を並べられても説得力が感じられなかった。どうやら筆者はそれなりに頭蓋穿孔のことを調べたらしいが、逆にそれが「精神的な希求」という患者のあやふやな欲求に対し変に具体的な発言としてチグハグな感じとなっている。
 そしてラストで描写されるスプラッターさは悪趣味というか、真面目に調べたであろう頭蓋穿孔の希求をメチャクチャにして、何がやりたかったんだろうと思ってしまう。

 一方、女性が抱える不安として「ヘルピング・ハンズ」。湾岸戦争や退役軍人をテーマにしており、これまたアメリカ的。不安とか寂しさとかを描いているが、この単行本では何回も出てくるテーマだから正直食傷気味。


 という訳で、僕とは合わなかった。全体的にどの作品も似ており、掲げたテーマの割に尻切れトンボ気味だと感じる。その癖技巧はあるので客観に引き戻されやすく作品に入り込めない。

2017年8月1日火曜日

「メアリと魔女の花」(スタジオポノック、2017)

 ポストジブリ作品……という評価で良いのだろうか。
 リアルタイムで、しかも映画館でジブリ作品を見るのは覚えている限りでは初めてなのだ。

 原作は読んでないのだが、偶然手に入れた魔法の力で魔法の国へ行った女の子が嘘をついてしまい、それが引っ込みつかなくなって……というストーリー。現実世界で何の取り柄もないお年頃の主人公というのは、この前見た「ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち」に通じるものがあるが、本作はちゃんと冒険が終わると現実世界に戻り成長するので安心して見ていられる。
 ところで気になったのだが近年のファンタジー作品は、魔法世界と非魔法世界を比べた時、魔法世界もユートピアじゃなくて現実に通じる問題を抱えているんですよ~、という流れがあると思う。あまりファンタジーは読まないが、昔なら例えばナルニア物語だったら、世界を支配する悪のようなファンタジー的な問題だった。一方で近年では、というかハリー・ポッターなんだけど、魔法世界での問題というのは明らかに人種差別のメタファーだったりして変な意味で夢がない。いや、夢というよりリアリティか。正直、魔法を使える世界で必要以上に人々が対立したらすぐに血みどろ殺戮劇になると思うので止めた方が良い(その点を考えきったのが貴志祐介氏による「新世界より」である)。「セントールの悩み」(村山慶)を好む僕が言うのも何だけど、結局は矮小さなんだよなあ。魔法世界の問題ならあくまで魔法世界の問題になって欲しいのだ。もちろん現実世界と通じるのは仕方ないんだけど、魔法という個人が持つものとしては(現実世界に比べて)強力な力が引き起こす問題が現実世界レベルの問題なのか、と疑問がある。
 そんなことを変な意味で人間らしいこの映画の悪役たちを見てふと思ったのだ。

 ラストバトルはかなり好きである。どうせ主人公が魔法の力を使うんだろーと思っていたが、途中から主人公に魔法を使わせないよう使わせないよう伏線を張っていく。そう、主人公が魔法使いだと嘘をついてしまったことで始まった騒動なのだから、主人公が魔法を使わずに収めねばならない。同時にそれは魔法魔法と魔法に頼り切りになる悪役サイドへのカウンターともなっており、とても素晴らしいシナリオだった。もちろん最終的な解決は魔法になるんだけど、その魔法の唱えるまでの流れが良いのだ。

 良い作品であった。

髑髏城の七人 シーズン鳥

 初めて髑髏城の七人を、劇団☆新感線を観た。この演劇は客席が360度回展するのが売りになっており、どういうことかわからなかったが、体験してみて納得。これは演劇として凄いことだ(と演劇を見ていないにも関わらず感じた)。
 普通、演劇って舞台が1つなので場所の転換があまりなかったり、セットを組み立てる時間がかかったりする。なので演劇は背景を使いまわしたり、場所を動かないものだという思い込みがあった。
 この劇場では客席を囲むように舞台が作られ、幕で客が見ることのできるセットを制御している。そのため客席を回転させればシームレスに場所を移動でき、さらに1つの背景・セットを全部見せるとか右半分しか見せないとかの操作も可能。ついでに幕に映像を投射することもできる。
 これにより巨大なセットを5つも6つも作ることができ、演劇特有の背景の使いまわし感・移動しなさ感が全くない(阿弖流為のDVDを見たら舞台の進化に驚いたよ)。ほとんど映画のような豪華さで、そして演劇の目玉である全体を眺める視点も損なってない(ただし演劇の欠点でもあるオペラグラスなしでは役者の顔や動作がよく見えないのは変わらない)。

 近年の演劇はここまでテクノロジーが進化しているのかと思った。
 内容? 作品も劇団も見るのが初めてなので偉そうなことは言えぬ。ひたすら格好良く、シナリオもシリアスとギャグがしっかりしていた。僕は演劇ファンではないので何度も見るよりも、他の作品を同じ設備で見てみたいなあ。