Tellurは、……現在色々物色中です。

「スーサイド・スクワッド」(デヴィッド・エアー監督、ワーナー・ブラザース、2016)

2016年12月20日  2017年2月24日 
いやー、キツイな。見栄えのする画面に対してストーリーが物足りない。  まずプロットがとっ散らかっていた。メインストーリーはエンチャントレスの暴走によって起きた事件とスーサイド・スクワッドの活躍なのだが、それにジョーカーとハーレイ・クインのメロドラマが繰り広げられる。これ、どっちかで良かったんじゃないかな。ジョーカーがトリックスターになっており、何のために出てきたのかわからん。  登場人物だってまともすぎる。悪人には悪人なりの美学や論理やたとえ狂っていても価値観があるはずなのだが、出て来る彼らは一般人の思考で動く。どこかで見たことある展開だと思ったら、…

「ペルーの異端審問」(フェルナンド・イワサキ、新評論、2016)

2016年12月1日  2017年2月24日 
面白い。え、これ、 ノンフィクションという体のフィクションじゃなかったんだ。  そう思えるほど自由奔放な奇人たちが描かれる。  一般に異端審問というと、 ガリレオだったりスペイン宗教裁判だったりと陰惨なものとして描 かれがちで( もちろんこの作品でも裁かれた人は不幸な結末を迎えている)、 その内容については二の次であった。  この作品は暗いイメージの異端審問について、 一部の極端な例かもしれないがとびっきり笑え、 でも暗黒の時代でも動物的な衝動はあったのだとなぜか感動でき、 さらに教会の権威が今より遥かに強かった時代にキリストと相思相 愛だと言い張る女性が現れたりと不条理さ…

ポケットモンスターサン

2016年11月25日  2017年2月24日 
昨日やっとクリアした。非常に面白く、濃度の高いゲームだった。  ポケモンというゲームは、 ひたすら主人公を無個性にし続けている。後の作品に「……!」 だけで会話をする異色のキャラとなった初代の主人公レッドが象徴 的で、各作品の主人公はゲーム内で一言も話さず、 脇役たちがそれぞれの思惑で動く中、 まるでブルドーザーのように突き進むことで物語が紡がれる。  はっきり言うと、 そんな意図的に個性を消された主人公なので物語らしい物語なんて あるわけはなく、 逆にだからこそプレイヤーはかつての自分や今の自分、 将来の自分に主人公を重ねて冒険ができるのだ。 クリアするまではゲーム内での…

歳をとったと思ったこと

2016年11月19日  2016年11月19日 
昔々、まだ若かった頃、本や映画に耽溺していた。  親は僕に比べて映画も本も興味がなさそうだった。僕が次々に本を買うのに苦言を呈し、自分は同じ本や決まった作家を何回も何回も見かえしていた。  一度なんで新しいものに手を出さないか聞いたことがある。  「疲れるんだよ」  一言そう言われた。僕は正直、親は文化的なものに興味がないのかなと思っていた。  そして僕も良い歳になって、何となくその時の親の気持ちがわかった気がする。  とにかく集中が持続しないのだ。学生時代ならネットゲームに朝から晩までハマり、それこそ寝る間も食事の時間も惜しんで遊べたのに、今は自分…

あらゆる意味で記念日となった一昨日へ

2016年11月11日  2016年11月11日 
アメリカ大統領選挙でトランプ氏が勝利した。  正直、 なんだかんだ言ってもクリントン氏が大統領になるだろうと予定調 和的な楽観を抱いていたので驚いた。  勝因や敗因などは今後分析されるらしいが、 いくつか調べた中では相当の分断がアメリカ国内であると感じた。 同時に、 20世紀後半以降進められていた価値観に対する拒絶が全世界的に 起こっているのだと。  ナショナリズムやあいつズルいなどという生の感情が力を持ってし まい…… それに対抗する勢力は別のナショナリズムとこれまた別の感情なの だろう(ええ、イスラムを念頭に置いています)。  これは個人的な希望だが、 トランプ氏が大統領に…

「シン・ゴジラ」(庵野秀明監督、東宝、2016)

2016年8月15日  2017年2月24日 
面白い。こういう映画が見たかった。 ハリウッドで描かれる怪獣は、パシフィック・リムですら、 現実の生物の延長と思われるため通常兵器が全く効かないなどのト ンデモ要素(しかしそれこそが怪獣映画の醍醐味である) がなくなる傾向にある。 一応2014年のギャレスゴジラは通常兵器が効かなかったかな。 もちろんハリウッドの怪獣映画はそれはそれで面白いのだが、 このような伝統的な怪獣映画はやはり日本産がイメージに合ってい ることを印象つけられた。 そしてそのような怪獣をいかにして倒すかの攻防戦はさすがにエヴ ァンゲリオンの庵野監督だけあって非常に面白い。 ディザスター・ムービーとプロ…

「帰ってきたヒトラー」(デヴィット・ヴェント監督、コンスタンティン・フィルム、2015)

2016年7月13日  2017年2月24日 
フィクションとノンフィクションの虚構の違いについて考えてしまった。  この作品は、ヒトラーが(理由は不明だが)現代に蘇ったらという仮定を元に作られており、蘇ったヒトラーのことを彼本人だと思わない大衆がなぜか蘇ったヒトラーの発言(もちろんヒトラーの発言は第二次世界大戦当時の意味そのままだ)に納得してしまうという黒い可笑しさを皮肉を込めて描いている。  ありえないことが起こった。大衆はヒトラーそのものには距離を置くくせに、ヒトラーのそっくりさんには迎合する。だから、大衆はダメだ(第二次世界大戦当時と変わっていない)という論法で組み立てられている。  僕は…