2010年11月30日火曜日

「フラクション」(駕籠真太郎、コアマガジン、2010)

 ついに駕籠真太郎も一般マンガを書き始めたか!?
 と思ったけど、全く違った。まあ、出版社がコアマガジンだから一般も何もないか。

 内容はミステリー。駕籠真太郎自身がマンガで説明したように(ああ、マンガに駕籠真太郎という漫画家が出てきます。メタ系ですな)、叙述系のミステリーを描いてみた感じの作品。つーか、彼自体が元々ミステリーではないにしろ、叙述的な、実験的なマンガをこれまでも描いてたから路線が変わった印象を受けなかった。むしろ下手にリアリスティックな設定にしたから今までの(万事快調までの)破天荒さがなくなって小ぢんまりしてしまったというか。こんなネガティブなことを書いてて言うのもなんだが、このマンガ売れてほしいなあ。そうすればかつての面白い作品を描いてくれるんじゃないかなーと思わずにはいられない。そんな作品。

 彼の作品の特徴として様々な先人たちの作品からの引用があり、それが作品中に言及され、さらにマンガの後ろで「基礎知識」として辞典形式で載っている。僕はそれが駕籠真太郎マンガの魅力の一つだと思っており、前提知識としてオリジナルな作品も鑑賞したいと考えている。今気付いたが、ちゃんと引用元を紹介するのは彼の誠実さの現れだろうね。良くも悪くも、普通マンガで参考文献を明らかにする習慣なんてないのだから。大塚英志くらいかな、他には。
 で、今回の前提知識はミステリー。特に叙述系が中心だからマンガの中で駕籠真太郎という登場人物が解説してくれる。……うーん、駕籠真太郎を好んで読む人がこの程度の知識を持ち合わせないとは思えないが……。また、ミステリーファンは鼻で笑うトリビアだろう。僕は今まで、赤川次郎→アガサ・クリスティー→エラリー・クイーン・有栖川有栖の流れでミステリーにハマりミステリーから離れたけど、この程度の知識でも元ネタがかなりわかった。私見だし異論は出ると思うが、今のご時世で叙述ミステリーやるのであれば、ネタ元は実験小説や現代詩を使ったほうが良いのではないかなーと思う。以上、チラ裏。でも実験小説ネタのミステリーは出てるはず。

 多分やろうとしたことはマンガで叙述(ミステリー)なんだろう。今までのもろ実験マンガなテイストと違う作品にしようとしたのかもしれない。でも「フラクション」の路線だと駕籠真太郎の過去作とバッティングするんだよなあ。正直駅前〇〇とかと比べて勢いがないと思ってしまうし。また、実験の方向性的に唐沢なをきの壁が出てくるんだよなあ。唐沢なをきはエンターテイメントよりの実験マンガがメインだから。同じようにコマとか枠線とかをいじっている唐沢なをきに勝てるのだろうか。

 最終的に、どのような読者を想定していたのかイマイチ掴めなかった。読者を広げようとしたなら最後の方に出てくる痒い痒いネタはNGじゃないかなあ。そして今までのファン向けなら帰ってきた男とかは既読なんだよねえ。
 ところで駕籠真太郎はかつての士郎正宗的なかわゆい女の子は描かないのかな。好みの絵柄だったんだけど。

2010年11月14日日曜日

◎断章のグリムを買った&ついでに大塚英志の「とでんか」も

 かつてオタクやってて、ラノベを読んでいた。今も継続中のラノベは「断章のグリム」のみ。まぶらほはいつの間にか購入を止めているが、短編が完結したら大人買いして通し読みしようと固く誓った。フルメタは……もういいや。何かスパロボでお腹いっぱいになっちゃった。
 僕は何か都市伝説や童話などそっち系の話が好みらしい。大塚英志の「とでんか」3巻を買ったのだが、うん、知っている話ばかり。でもそれなりには楽しめたんだ。断章のグリムは薀蓄面からすると劣化京極夏彦だが(いや、内容ではなくて分量が)、その分話が簡潔で分かりやすいメリットがある。ある程度妖怪とかに興味があると京極夏彦の本程度は知っていることしか書かれてないからなあ。対してグリム童話とかモチーフ論は完全にスルーしていた。だから断章のグリムを読み続けているんだろう。

 このシリーズは結構グロと呼ばれるシーンや表現が多い。
 僕自身も一応は氏賀Y太と駕籠真太郎で克服したつもりだったんだが不意を突かれると大ダメージを受ける。まあ本当に苦手なのだ。
 で、ついでと言っては難だが、僕は乗り物酔いし易い人間だ。電車も小学校時代は辛かった。今でも体調が悪いと朝ラッシュで気分が悪くなる。大抵は偏頭痛と共に襲ってくる感覚か。
 ある日通勤電車の中で断章のグリムを読んでおり、ふと、自分の体調がピンチなことに気付いた。普段はこうなるもっと前にわかるのになんでだろう、と必死に考えていると、結構没頭して読んでいたことに気付いた。それから先は頭が痛い上に乗り物酔いで、しかも断章のグリムのグロ描写で終末的な気分だった。
 まあそれくらい面白いということだ。
 読者の気分を悪くさせたなんてこの手の作品の勲章ですよね。

 いや、普段だったら別にグログロ言うほど酷い描写ではないっぽいけどその日の僕の体調がすっげえ悪かったってことで。
 でもよくよく考えたら断章のグリムって一昔前の必殺技を叫ぶ系のラノベなんだよね。絶滅したと思ってたら意外なところから出てきてびっくり。

Kill Doctor Lucky

Titanic Games
人数:3~7人
時間:60分
デザイナー:James Ernest
★★☆ (2/3)
 チーパスという会社から出たゲームの再販(リメイク版?)らしい。ラッキー博士(Doctor Lucky)を人知れず殺そうとした人間が屋敷に集まってこっそりと殺そうとするゲーム。

【遊び方】
 目的はただ一つ。ラッキー博士を殺すこと。
 マップにプレイヤー・ラッキー博士の駒を置いて、追いかけあって殺そうとする。でも「視線ルール」があり、殺すためには他のプレイヤーから見えない位置(視線が通っていないこと)が必要。ここらへん、洋ゲーっぽいよね(UOとかWHFBとか)。
 もちろんこれだけだとプレイヤー達がひたすらラッキー博士を追いかけるだけになるため、特殊カードを駆使する必要がある。
・移動に影響与えるカード(自分・ラッキー博士のどちらかをテレポートできたり、移動距離増加ができたり)
・武器カード(攻撃力増加)

 ちなみにラッキー博士のHPは1なので、武器カードは本来必要ない。じゃあ何で武器カードを使う必要があるのかと言うと、他のプレイヤーが邪魔をするからだ。具体的には、「攻撃力減少」のカードがあって、それを使って自分以外のプレイヤーによるラッキー博士の殺害を防ぐ。殺害を防がれたプレイヤーは恨みポイント1をゲットする。恨みポイント分だけ攻撃力を永続的に上げることができる。ただし、移動カード・武器カードは使用すれば捨札に置かれて山札がなくなった時点で再度山札となるが、攻撃力減少カードは使ったらそれきりだ。恨みポイントも攻撃力減少できるから、プレイヤー全員が恨みポイントを使い切る前後がゲーム終了のタイミングとも言える。

【感想】
 今から考えると中々面白かったよ。遊んだ直後は記憶に残らなかったけど。
 遊び始めてすぐに面白さのポイントがわかって、
・ラッキー博士を追いかけるか/待ち伏せるか
・序盤から殺害しまくって恨みポイントを貯めるか/どの武器を使うか
・攻撃力減少カードを誰が何枚出すか
が重要。特に全員がラッキー博士を追いかける時は視線の関係で殺害の試み自体ができないから、離れた場所でテレポートカードを使うほうが効率良いっぽいね。
 また、武器にも種類があって、最低威力の武器は特定の部屋で使うと威力が大きくなる。ただしそれ以外の場所では恨みポイントを貯める訳にしか立たない。そして威力の大きい武器は特定部屋ルールが存在しないので恨みポイントを持っていなかったら、部屋補正あり武器の方が使えるんだ。これがなかなかの悩みどころ。
 そしてこのゲーム、あるプレイヤーが殺害を試みると、他プレイヤー全員で攻撃力減少を行うんだけど、別に誰が何枚カードなり恨みポイントなりを出すとは決まっていない。まあ、ゲーム中盤までは減少カードを必要以上確保する意味はないからガンガン切るけどね。
 それで一回山札がなくなった時からが本当のゲームの始まり。だって、2回目の山札には減少カードがないので、プレイヤー全員が持っている分+自分以外の恨みポイント以上の攻撃力があれば勝てるから。だから他のメンバーがどれだけ減少カードを持っているか、自分の攻撃力がどれくらい有効なのかを真剣に考える必要があるんだ。
 ぶっちゃけ、終盤で一度失敗したら、その時点で次に殺害を試みるプレイヤーの勝ちが決まったも同然になるからすっげえジレンマ。
 この記事を書いててわかったんだけど、ゲームのポイントが(僕にとって)わかりやすいから楽しかった。

サンファン

人数:2~4人
時間:45~60分
デザイナー:アンドレアス・ザイファルト
★★★ (3/3)
 世の中にはプエルトリコというゲーマー向けゲームがあって、それを難しいと思う人も当然いるわけだ。そりゃゲーマーが諸手を上げて賛成するゲームなんぞ、ルールが複雑怪奇ではあるよな。しかもコンポーネントの量も莫大だし。というわけで、ライトユーザ向けにカードゲームとして軽い作りにしたのが、この「サンファン」である。プエルトリコとの最大の違いは、運の要素を強めにしたことと生産という概念を簡潔にしたことだ。これによって戦略ミスをカバーすることができるし、何より初心者にとってプレイしやすくなる。

【遊び方】
 最初に各人1枚ずつ、インディゴ工場を設置し、山から4枚を手札にする。親から順番に「役割」を取っていき、「役割」に指示された行動を取る。全員が役割を終えたら、親を次の人に移動させる。工場やその他施設を設置するときはコストに応じて自分の手札を捨てる。つまり、手札を含めたカードは、建設しない限りはお金(資本)でしかない。また、手札の補充は「役割」を使用するか、工場で生産した製品を売ること、またはゲームが進むと建設した施設の効果で補充できる。
 そして一番最初に施設を12個作った時点でゲーム終了。点数を数えてトップの人が勝利となる。

【感想】
 一回軽くインストされると僕でも理解できたよ!? つまりプエルトリコはこれ以上難しいということか。そしてジョーコ・デル・モンドで言われてる通り、ソロプレイ的であるのは確かだと思う。相手に嫌がらせを行う戦術(電力会社なら燃料の買い占めとか、オークションでの値の釣り上げとか)が取れないってのは結構辛いかもしれない。でも同じ種類のカードはそこまで多く無いため、他人に渡したくないカードを工場生産物として所持し続けるとか、山場のカードを見据えた戦術を取るという方向ならば可能なのだ。そしてそれがサンファンの大きな魅力だと思う。直接叩かれるのは嫌ってな我侭者にはぴったりだぜ。
 そんな僕みたいにガチンコで嫌がらせとかされたくない人にとっては中々良さそうな印象を受けた。確かにカード運にかなり左右されるが(ゲーム2回目、慣れたはずなのに工場が中々手に入らずに延々とインディゴ工場1つでサンファン開発してた……。当然ビリッカスだーよ)、それを差し置いても中々好感の持てるゲームだった。
 評価は3点中の満点。ゲームの面白さに加えて、カードゲームであることの箱の小ささがポイント。そしてカードの絵も雰囲気バツグン。
 レースフォーザ・ギャラクシーがこれの宇宙版だって? やってみたいな。

カタンの開拓者たち

人数:3~4人
時間:60~75分
デザイナー:クラウス・トイバー
★☆☆ (1/3)
 伝説のボードゲーム。マニア向けのボードゲームの中一般の人にも知られているのは、これとモノポリーくらいか? 
 確かにタイルを入れ替えれば何度でも遊べるゲーム性。計画立てて街を配置しないと上手く生産品が取れない戦略性と、生産品はダイス目で決まる適度な運の要素。高価だけど絶大なる性能を誇る特殊カード。そして盗賊。全てが高レベルにまとまっているんだよ。流石だね。
 しかし、実は僕にとっては少し不満点もある。それは直接攻撃される点。んー、嫌がらせをされるんだったらカモーンなんだけど、盗賊によって生産品が取れない&一方的にカードを取られるってのは納得いかなかったなあ。個人的にはそこが不満だった。

【遊び方】
 ダイスを振って配置した街に隣接したマスの目が出たら生産品ゲット。生産品を消費して道路を建設して、街を作ろう。特殊カードを得よう。あ、盗賊が来た。やべえ占領された、カード取られたorz

【感想】
 一番最初に書いたとおり、僕にとっては全部大賛成なゲームではない。確かにバランスがすげえ良いから初心者に勧めやすいだろう。でも盗賊はプレイヤーをカモる要素だから、駄目な人は駄目なんだ。僕は相容れなかった。
 実はこの点がゲームの面白さに対して評価を下げているポイントでもある。ゲーム自体は言うまでもなく面白かった(初めてだったこともあり初期配置に失敗した。確か隣接したマスが10とか11とか5とか。どうするんだよ、みたいな。しかもよくわからなかったから同タイルの外周上に配置してしまったし。そして何とゲーム終盤まで羊タイルを隣接させていなかったから完全に都市のアップグレードも町の量産化もできずorz いやーある意味で良い思い出ですw)。
 まあ、今から思うに資源を独占化できたら強いのと、自分が一番手に入れやすい資源を効率よく他の資源に変換するための港を手に入れるのが近道だろうね。それと初期段階では鉄は微妙だったね。実は僕が初期配置した同じタイルってのが鉱山で、最初の方は目が出やすかったから鉄鉱石長者状態だったんだけど、他の人も不必要な上に盗賊が来たら没収されて困った困った。しかもゲーム中延々と僕の鉱山上に盗賊を配置されててどうしようもなかったぜ。ビリッカスだったけど、何となくCiv4と同じ感覚で一直線に道路と町を建てていったら道路王の称号を得た。町4点と合わせて6点か。トップの人が10点だったからまあ大負けみたいな状態にはなりにくいっぽい(ただし、僕の状態がそうだったように初期で失敗したら取り返しにくそうなのが難点だね)。
 結論としては、ゲームは楽しい。でもネガティブ要素が自分にとって致命的だったために買う気はない。つーわけで、3点中1点にさせていただいた。

2010年11月8日月曜日

ゴジラVSメカゴジラ(1993年版)

 僕にとってのゴジラは84から連なる所謂平成ゴジラシリーズだけど、その中でも特にお気に入りの作品だ。何と言っても徹底的に娯楽に徹して作られているのが素晴らしい。全てはゴジラとメカゴジラの戦い、そしてベビーゴジラと人間・ラドン・ゴジラの交わりに沿って描かれているから戦闘以外のストーリーも無理がないのだ。しかも細かいところの作り込みがあるからリアリティが十分にあったりもする(ブログとか見てると「テレパシー」に対してやっぱり不満を持つ人もいるみたいだけど……僕は問題ないと思う)

 個人的な見所だが、何と言っても最初に映るメカキングギドラの残骸。メカゴジラの建造やスペックの解説をしたあとで流れる重長なメインテーマとメカゴジラの全身像。冒頭からケレン味たっぷりでこれだけでも見て良かったと思えてくる。
 なぜメカゴジラなんて製造できたのか、という疑問にも未来人のメカキングギドラを解析したからという理由を付けており、納得。メカゴジラ建造用のCGとか、細かな作り込みが今作の迫力を作ってるんだ。
 ストーリー的にはベビーゴジラにスポットを当てている。まあ、主人公の青木一馬が完全にアレな人というか、オタクの悪い側面をガッツリと出してくれて正視できないw
 京都の研究所に勝手に入り込んで写真をとるとか、有給休暇とはいえGーフォースの休んで京都に行ったりとか今では考えられない描写がでるけど、1993年だから仕方がないと思う。サリン事件も9.11もまだ起こっていないのだから。さすがに登場人物の動きとかは時代に引きづられてしまった模様(それでも平成VSキングギドラみたいに明らかな時事ネタはなかったけど)。
 子供の頃は「ゴジラすげー」で終わってたけど、改めて見るとG-フォースが完全にヒールに徹していて好感が持てる。ベビーゴジラを囮にするぞーとかベビーの可愛さもあって安心してG-フォースって嫌な連中だと思わせてくれる。ただしG-フォースは彼らなりの使命感があるんだけど。それにしてもG-フォースって国連組織さを押し出していてかっこ良いね。かつて怪獣映画でここまで外国人を起用した映画ってあったのかな。ゴジラ対策の講義もいかにもっぽいし、しかも英語で行われるからかっこ良いし。
 
 今回のゴジラはベビーを取り返しに来ただけだが、その過程で逃げ惑う人と壊れる建物、恐らく逃げてる人の多数は建物の下敷きになっていると彷彿させるシーンはあくまでゴジラが問答無用の災害だと描写している。これがG-クラッシャー作戦の正当性をもたらすわけではないけど(G-フォースが悪人面すぎるからねえ)、善でも悪でもない巨大怪獣による被害を印象付ける。これって次作のスペースゴジラとは完全に別だし、1995年のガメラへと繋がっていくのかねえ。
 メカゴジラの初陣はオーバーヒートによる活動停止。まあお約束か。
 最終決戦は序盤にフラグを立ててたガルーダとの合体によるスーパーメカゴジラ(これってスーパーガンダムから取ってるよね? 外見がそっくり)。オールウェポンアタックなど迫力満点。事実、スーパーメカゴジラは一時ゴジラを倒したのだ。
 それに対比するゴジラ復活のラドンとの融合。「魂」とか「命を分け与えた」とかじゃなくて「エネルギー」という言い方がこの場面での放射能怪獣のリアリティか。
 問題のテレパシーだけど、うーん1993年という背景も踏まえるとこれくらいで仕方がない気がするけどなあ。あまり憶えてないけど、超能力が完全にリアリティ失ったのってオウム事件が起こったからじゃないのかな。子供ながらゴジラVSメカゴジラは夢中で見れたけど、平成ガメラは既に微妙だったと思う(平成ガメラは古代人が作った存在であり、ヒロインとテレパシーで通信できるのだ)。
 ある意味、かつてはSFというと超能力が出てきたのだから古き良きSFとして僕は見れたけどね。
 それは別にこの作品が全てオカルトで覆われているわけじゃなくて、 「第2の脳」というガジェットとか「託卵」とかそれなりに科学的な要素も持っていることからわかると思う。確かに苔からテレパシーによる音楽が以下略とかは「な、なんだってー」レベルになってしまうけど、それは僕らが色々と経験してしまったからじゃないのかな。少なくとも公開当時はストーリー的な違和感(リアルさがどうこうとかじゃなくて)とかはなかったはず。
 そしてベビーゴジラが復活したゴジラの後を追って海に入って終わるわけだけど、このシーンで何回見ても涙が出てくるんだよなあ。ここでゴジラシリーズが終わっても違和感はないよね。まあ赤いゴジラとあのラストを見れたVSデストロイアは僕にとってのゴジラシリーズラストを飾る作品として一番相応しいけど。

 しっかし脂が乗りまくってる作品だった。ストーリーパートと戦闘パートで緩急ついた作りだし、音楽もまさにゴジラ。メカゴジラが登場すると後光がさすし、幕張も高層ビルがあってゴジラの町っぽい。そうだよ、1993年の幕張はあんな感じだったんだね。

 最後に突っ込み。コンテナがラドンに襲われるシーンがあるけど、自由落下してるのにも関わらずベビーもあっちゃんも宙に浮いてないよね。あと、地上に降りたラドンwithコンテナに一斉射撃を仕掛けるG-フォースの連中は鬼だと思いました。

2010年11月7日日曜日

アキバの中心でサントラを探す

 先日、ポケモンBWのサントラを買ったわけだが、いやーゲームのサントラを買うのは久しぶりだなあ。I've目当てのエロゲとかテレカ・初回特典目当てのエロゲとか、そんな不純な動機で買ったのを除けば、初めてかもしれん。純粋にBWの音楽が気に入ったんだろうね。
 それでアキバまで行ってえっちらおっちら買ったんだが、いやはや売ってる店を見つけるまで1時間ほどかかってしまった。僕の記憶していた店舗情報が1年以上前だったらしく、店が見つからないという異常事態。さらにソフマップの音楽館ですら売ってないという。いや、アキバで商売するんだったらBWサントラの需要もあるんでないのか? さらにアニメイトでも売り切れっぽく、最終的には虎の穴で買った。虎の穴は普通に在庫が結構あったよ。今までの苦労はなんだという感じだった。
 気が付いたんだけど、決してアキバだからオタ趣味全般に強いって訳でもないんだね。いや、BWサントラ程度で結論付けることではないし、たとえアキバですらカバーできないジャンルがあったとしても、他の市町よりは充実してるんだが。
 仮に今回の経験から結論を無理矢理引き出すとすると、
・アマゾンや通販のために実店舗が在庫を持たなくなった
・実はポケモンのサントラは一般人に人気があるため、アキバで売るジャンルではない
・ポケモンBWのサントラを欲しがる奴なんてアニソン聞く奴より少数派だ
・そもそもアキバはアニメ・マンガ・ゲーム系にしか対応していない
などが思いつく。
 あとは、ネットの発達で数年前なら存在すら知らなかったジャンル(ボードゲームやメタルミニチュア)が可視化された。ネットのない時代は知り合いを通じて情報を得て、自分たちで遊んでいたが、ネットが発達するにつれ情報を発信する人が増えた。発信されたものだけ見ると、リアルでも人気があると錯覚してしまうが、実際はマイナーな存在のままであるために情報・商品の需要と供給の齟齬が生じている、といったところかな。あ、でも確かにそうかもしれない。アキバの品揃えのバイアスは多少あると思うけど、それ以上にポケモンのサントラ聞く奴なんて最初からアマゾンとかに行っちゃうので店舗に置いてないのかもね。でもニコ動とかではオススメ商品欄に登録されてるから一般的な人気があると勘違いしちゃったのかも。

 さて、次回何か音楽関係を買うとすると、iTuneで買えなかったら虎の穴を使うべきだろうね。アマゾン使うのが手っ取り早いけど。

2010年11月4日木曜日

ポケモンBWのサントラを買ったよ

 すっげーこんなに音楽あったんだ。普段ポケモンやってるときはニコ動で対戦動画見てるから気が付かんかったよ。やっぱジムリーダー戦の音楽はいいね。今作では対ジムリーダーで相手の手持ちがラス1の時に音楽が変わる仕様になってて、初代のアレンジだから燃える燃える。買って良かった。

2010年11月1日月曜日

アリスソフトの新作

そっか、大帝国がついに始動か。
この時勢、大番町ライクな青春モノになるんだろうなあ。