2011年12月31日土曜日

【UO】UOと冬休み

 冬休みに入ってシェイムに廃ログインしている。今までのイベントは、徳之AF:休止中、ベイン:飽きた、とかだからここ最近のシェイムっぷりは異常と言わざるを得ない。それだけ新マジックアイテムが欲しいのだろう。
 とりあえず、半日ほどやった結果、戦利品はこんなものが出た。


 メイジ最終装備。もうこれ以上は望めない。
 欲を言えば、マナ回復は2欲しいなーとか、マナコスは10ないととか、CRも3あればなーと思ったりもしたが、もういいの。これでも十分ってか、相当な性能だろう。もう一つのアクセを整えれば普通にメイジプロパは上限に達するのだから。これを越えるマジック品を出すには非常に長い廃篭りが必要であり、ね。


 でまあ、こんなのもガスガスってほどじゃないけれど、それなりに出るわけですよ。シェイムは弱い敵も強い敵もマイナスプロパ品を目茶苦茶出すから、カースも補強不可も修理不可も付いていないのを探す手間がかかるが、こんな速度5付きの盾なら多少持っている。んー、ベンダーにでも入れて売るか。僕が装備してるのはもっと性能の良い盾だし。


 ちなみにさらに言うと、こんなのが結構出る。戦士系のアクセはヘイストのエゴ付きがほぼ必須だからどれもプロパは似通ってるんだよなー。回避とか命中とかが欲しいな。これもベンダーで売るか。
 以前から、このマジックシステムをそのまま既存のダンジョンに当てはめてしまうと初心者用の装備とかどうするよって思ってたんだが、もしかしたら低コスト錬製品が初心者用になるのかなと思った。今までで言う、土エレとかリザードマンを叩いてゲットした戦利品で序盤の装備を整える感じ、あれが抵抗オール70にステータスブースト少々の錬成品で替わられる方向性なのかなと思う。で、モンスターから得た戦利品は性能が強烈な代わりに何らかのマイナスプロパが付いているのだ。成長してお金もアイテムも選べる身分になると、マイナスプロパが嫌な人は普通に高性能錬製品で身を固めるが、手間を嫌がらない人はマイナスプロパ付きマジック装備で強くなるのが、現在の開発陣の考えかもしれない。


 で、中にはこんなのも。FC・CRあるから幸運メイジにはぴったりだね。マナコスやLRCは自分で何とかしてくれ。

 そういえば真昼間から荒らしが居たのも印象的だった。ん? なぜ昼間のことを知ってるかって? 僕は10分おきに半日いたんだぜ。常連の連中の名前、ほとんど覚えてしまった。

おまけ
 いつの間にか貯まった。一昔前ならこんなにレリックがあれば億万長者になったろう。誰かタイムマシンを持ってきてくれ。

2011年12月25日日曜日

【UO】ニセの恩赦証(A Forged Pardon)

トレハンで取れるアイテムにニセの恩赦証というものがある。ちなみに謝恩状でも恩寵状でも恩借状でもない。ええ、前までは普通に謝恩状だと勘違いしていましたよ。殺人カウントを減らす機能があるらしいが、売れるほど大量に持っているということは必然的に青ネームキャラが中心ということであり、販売アイテムだと思われる。ちなみに2011年12月の出雲価格では500kだった。もっとも、赤ネーム持ってる人はは赤状態を維持するのに細心の注意を払っている連中なので、メインの購入層はなんちゃって赤ネームになったけど飽きた人なんじゃないかなと邪推。
 試しに使ってみた。


 現在サブアカウントを復活させたのでサブ垢キャラを盛大に殺す。短期殺人カウント5、長期殺人カウント11になる。


 ここでニセの恩赦証(A Forged Pardon)を使う(ダブクリ)と……


 もう一度ダブクリしろと仰った。


 これでカウントは減った。


 短期殺人カウント4、長期殺人カウント10となる。


 ちなみに短期殺人カウントは比較的減らしやすい。がんばればこの通り。


 この状態でさらに恩赦証を使うと


短期と長期を同時に減らせられる。ただしログイン時間による減少が引き継がれているかは謎。


 正直、普通のプレイしていればこれが必要になる事態が起こらないんだよなあ。フェルッカに人が少ない今現在だと赤ネームになることがそもそも難しいし。対人したいなら派閥に入れば良いし。まあプライドとかの問題ってことだ。

2011年12月23日金曜日

【UO】シェイムの戦利品

ダンジョンに人が戻って来た。楽しい。
 みんなでダンジョンに行くってのも格別だね。


 時間があったらシェイムで黙々と狩りをしているが、戦利品は微妙だなーと感じる。カースやその他マイナスプロパのあるなしに関わらず、有用な組み合わせが少ない。戦士ならば命中・回避・速度・その他武器ダメやらマナコスとか、メイジならばFC・CR3・LRC・マナ回復などである。一応メイジ系のプロパは出やすいかな。どうも意図的に組み合わせを難しく調整されている気がしてならない。


 で、一回出撃するとレリックがこのように貯まる貯まる。レリック長者という感覚は今の時代にないのかもしれん。しかしエナジーボルテックスはもしかしたら再度の修正が入るかもしれないなあ。戦利品の質に対して弱すぎる。しかもそこそこ広いエリアに最大で3体しか沸かないので倒しやすい。血エレやカオスボルテックスの立場が全くないぞ。

 で、まるで修行のようにエナジーボルテックスを倒してもらったものはこちら。
 ま、まあ生産者向けと考えると便利かも。幸運-100がないためプロパ全てが有用なもので埋まっているのも満足じゃろう。


 それとかこんなの。AF上級。数さえこなせばAF上級でマイナス無しのも出るということだ。プロパの内容? そんなの知らない。


 AF低級=錬成最大を納得させる出来。一瞬見たとき、幸運-100なくても同等の物が作れるのでは? と思ってしまった。幸運-100を除くとプロパ強度の合計は545になるので辛うじて新マジックアイテムのプライドを保ったのだった。


 これを使うキャラがどんな連中なのか想像つかないが、ゲット。ちなみにAF中級で、上の奴よりもプロパ強度が高い。マナ回復が主な要員だと思われる。でもメイジ向けならLRC必須だし、戦士なら最低限命中が……。


 パッと見ただけでは高強度なのかわからないバイキングソード。1つ1つのプロパはそこそこレベル。複数合わせて辛うじて炎になってる感じ。こう見ると、AF上級の××回復9って反則的だね。


 真打ち登場。パイク! パイクかよ! 一応ネクパラがフェンサーだけどさあ……。まあパイクはDPSだけは優秀だしスタミナ150と装備による速度20あれば最速で振れるので便利っちゃ便利。マナリ75に加えてマナ回復あるのでLTSやモメンタムを延々と連打する用途には使えそう。あとは武器ダメさえあればねえ。

2011年12月18日日曜日

【UO】日記

まあ、あれだ。


 休眠していたアカウントを復活させて某シャードに家を建てた。本当は寮に間借りさせてもらおうと思ってたのだがどうも空いていないらしい。ついでにゲート近くに住みたかったので、ブリタニア大陸ゲート近辺のここを選択。初のクラシックハウス(ログキャビン)だ。
 今まではF在住だったこともあって全部二重壁が作れるカスタマイズハウスを建築していたが、どうも今は壁越しPKができないのでは? と感じたので普通の家にした。考えると、昔はみんな壁一枚だったから大丈夫だろう。
 ここのシャードは人口が極めて少ないので資材を貯めこむ必要がある。そのため休眠アカウントで持ってた資材を全部運んだら……布が千枚単位で銀行にあった。そういやかつて生産人を育てようとしてたっけ。その頃は錬成なんてなかったので余りのマゾさに飽きてしまったが。今だと自分の装備を作るのにも最適だし……いや、そのためにはネクパラ(レジ入)を作らなきゃ材料が揃わないな。あれ、そもそもこいつってアカウント年齢が若すぎないか? と、情報を集めるとどうも課金期間のみをアカウント年齢に数えているらしい。ですよねー。


 それはともかくとして、せっかく家を持ったのだからと最期の修行に本腰を入れる。魔法の伝説がやっと達成。28ヶ月かあ。その内、UOやってなかったり出雲に専念していたりで実質は20カ月前後かな。非常に長くかかった。ここのシャードはPS価格が比較的安いので穴場さえ見つけられればPS120は意外と簡単に買うことができる。

 あとはバードとして訓練するだけ。煽動どうやって上げるんだこれ。

2011年12月3日土曜日

【UO】ダメージ系の妄想

そういえばUOにはメタルスライム系統がいないなあ。という訳で妄想。
・高速移動(メタルスライムですから)
・非デーモンAI(好戦的じゃない)
・抵抗オール99(メタルスライムの基本)
・素手200相当(攻撃が当たらないのも基本)
・基礎ダメージは1(メタルスライムはPCに攻撃してはいけないのだ)
・HPの自然回復は180/秒(普通の騎士であるAuricが3倍イグノア=トータルで2.7倍を入れると180くらい行くことを考えるとこの程度ないと簡単に倒されちゃう)
・HP100くらい(大ダメージを与えるキャラ=斧戦士のイグノアなら一撃で倒せる)
・特攻なし(ただしエネワンかけて斧のクリティカルが発動すれば乗算ダメージが3倍になりうる?)
・毒・出血無効(つーかこれに限らず無属性は全て無効にするでしょうね、デスストとか)
 ……書いてて思ったけど、一部の変態を視野に入れているせいか、一般戦士にはずいぶん辛い仕様になってるなあ。UOはイグノアという抵抗値を無視する攻撃の存在が特徴的だけど、それがもろに足を引っ張っているというか。妄想系のネタを考えても最終的にネックになるのはイグノア戦士なんだよなあ。
 イグノアの強さはこのブログでも何度も書いたけど、最終的にはどんな敵にも一定のダメージを与えられるのが一番大きいと思う。プレイヤー側の行動が安定するから運とか経験とかに左右される要素が少なくて済む。まあ、近年ではモンスターの抵抗増加も相まってイグノアゲーとか言われたりするけど。ゲームバランスを考える人達も悩んでるだろうなーと思うよ。抵抗値が一定以上だとイグノアが使えるのと使えないのとでは段違いだから。ダブストやWWと違ってどの武器スキルにもイグノア打てる武器があるのがそれを意味してると思う(剣:ブレードスタッフ、槍:リフブレ、斧:ウォーアクス、弓:コンポジ、投擲:ソウルグレイブ、素手:なし)。
 そうだ、思いついた。次回のブースターパックではついにイグノア・抵抗半減の効かない昆虫ボス(鋏角特効有効)が出ます。抵抗値は上から99・85・85・90・90です。HP10000だからすぐに(笑)倒せます。
 以下計算。
 理論上、イグノアで最大ダメージを与えられるのは、STR150・アナ120・タク120・斧100・武器ダメ100の戦士がハチェット持ってエネワン+特効+自己名誉使って斧クリティカルを打った時だ。
斧のダメージ14*(100+STRボーナス50+アナ65+タク80+斧100+武器ダメ100)/100*3=208
である。んーハチェットは2.75振りだから楽に最速でこれだけのダメージを与えられるのか……。ちなみに斧クリティカルがなけりゃ
14*(100+50+65+80+30+100)/100*3=178
というダメージになる。よかった、人間の世界に戻ってきてくれた。
 ちなみに片手武器を使いたいという贅沢な貴方にはハンマーピック……と言いたいところだが、実はソウルグレイブの方が威力が高い。
20*(100+50+65+80+100)/100*3=237
 あれ?
(参考:ハンマーピックでは189ダメージ。ステドラを殴り続けた実測値とも大体合っている)

2011年11月22日火曜日

【UO】Pub73(エゴアイテム導入)の雑感

そういやここ数週間、ブログ書いてないのう。
 さて、UOではパブリッシュ73が導入された。今までのマジックアイテム附属プロパティを一新する仕様であり、MLの安定性(というか変化のなさ)を一時経験した人間としては今回のような変更がパッケージなどではなく普通のパブリッシュで行われるとはびっくりだ。SA導入以後、AFでしか使われなかった特殊プロパティもモンス狩りでの戦利品に付くようになって、このゲームシステムを実現するために錬成やら新AFやらを普及してきたんだなと感慨深い。

†思えばUOは生産も売りにしたゲームであり、生産装備と戦利装備を両立させるために様々な工夫を凝らしてきた。
 かつては高品質鎧が職人の花形だったと聞く。AOSが入る前らしい。AOS以降は戦利品の目標であるAFがもてはやされ、バランスを取るために生産にはルニックが導入される。ML以降、AFは脇に置いても、スザクエなどで高性能マジック品を求める人がいた。ML中期でゴミ白豚をやったことがあるが、装備は回避低下メガネ・ルンビ胴or回避胴・嵐篭手・回避足を基本として残りや抵抗の足りない部分をマジック品で埋めていた。AF系もゲットは運次第だったが、高性能マジック品はそれに輪をかけてリアルラックが作用するのでAFで賄えるならばその方が得という感覚があった。ルンビ胴で1M前後した記憶がある。ちなみにベスト付き武器ダメ40前半・速度25・マナリ40後半のリフブレに至っては4Mしていた気が……。ソウルシーカーが「聖剣」とか言われてたのは、そういった理由なのだ。シーカー程度の装備をモンスから落とそうと思えば恐ろしいほどのトライが必要! 魔法使いはそれに輪をかけて装備の選定が難しかった。何と言っても戦士よりも必要プロパティが多い。白帽子・ルンビ胴・マギペンダントが基本で、あとは抵抗オール70とLTC100・マナコス40を達成できればそれで良いやとゴミメイジは思ったものだ。手に赤本を持てばアクセサリーで残りのFC・CRは埋められるし(全部でCR4程度になってしまうが)。合計抵抗60でLRC15・マナコス5のみという今の仕様では生産者専用装備でも指を加えて眺めるしか出来なかった。
(↑極端な例だと、こんな製品もルニックで作ることができた)

 そしてついにSAが入って錬成が導入された。錬成は今までの装備を根底から覆す正に生産者待望のスキルであった。自由に希望するプロパティの武器や防具が作れるのだ。マナリが確保できるためフルプレートに身を包む戦士、バシネットと首輪と手袋とアクセでも抵抗オール70を確保できるホコツなどプレイヤーの思いのままになったと思う。少なくともSA導入以前と比較すると戦闘時の「自由度」は格段に増えた。以降のパブリッシュでレリックゲットの調整、強化率を100%にするリアルマネーアイテムなど生産にテコ入れのラッシュが行われた。
 一方で、モンスターを狩って得られる戦利品やルニック品は見る影もなかった。戦利品はひたすらレリックを生産するためのゴミに成り下がった。ぶっちゃけ、ボスエリア周辺にソウルフォージを設置しなかったのがEAの良心だと思えたくらいだ。ルニックはわざわざ低レベルの物を使って、錬成元の速度やらマナコスやら属性変換やらを行うための道具だった。SAAF自体が、一部のアイテムを除けばレリックの安定供給源以外の何者でもなかったほど(でも一部に含まれる速度足やバカアーマー、バトルメイジ胴、タングル、スリサーは高性能すぐる)。
 前時代の戦利品・ルニック最強から一気に主役を奪い取ったのだ。そして錬成品がある程度プレイヤー間に行き渡ると、今度は戦利品に魅力を出すために新プロパティシステム、つまりパブリッシュ73を導入した。今までAFにしか付かない「吸血」やら「好戦」やらがランダムで付いたり、頂点クラスだと錬成品ですら軽くあしらわれるような性能を持つ戦利品の登場だ。
(↑こんなのかなあ。僕から見ると抵抗が少なすぎると感じるけど)

 確かによほど運が良くないと手に入ることはおろかベンダーで売られている姿すら見られないが、それでも錬成品のある安定感は着実に進化を遂げたといえる。
 何が言いたいかというと、アイテムゲー上等。コレクション最高。ただそれだけだ。

†ユーザー視点から、今回の新仕様の目玉は下記があげられる。
・戦利品はマジック低級~アーティファクト伝説級までプロパティ強度に応じて分類される
・最大錬成品がアーティファクト低級に該当するらしい
・戦利品はプロパティ5個制限が撤廃され、それこそアーティファクト伝説は6つも7つも付く可能性がある
・戦利品にしか付かないプロパティ(例えばマナダウンや麻痺カウンターや好戦)などがある
・ただし、現在、体感では高確率でカースド、修理不可、補強不可、幸運-100が付く
(↑これだよ、これ。いや、プロパ強度自体も微妙だが)
・錬成品で目が肥えまくったせいか、アーティファクト伝説級クラスじゃないと食指が動かない(意外とマジック最上級はアクセサリーなどが使える印象を受けた)
・結構な頻度でレリックにできる
・ただし新シェイムの敵は強い

 今のところ、錬成品から乗り換える気はないなあ。ベンダーなどでの売り物も見るけど、正直微妙。強いとは思うけど、高い金出してまでは欲しくない。いや、ML時代は強い装備に対価を支払ってたからケチになったわけじゃないと主張する。でもMLで憧れてた装備と比較するとまだまだ超性能には見えないってこと。プロパティの質もさることながら強度も僕からすると低いと思う。確かにリングでFC1・マナコス・LRC・スキルのプロパがついてダメ押しにCR4って一見強く感じるけど、でもメイジならどうせCR5は必要なんだから結局、もう1つのアクセでCR稼ぐよね(スペルブックという案もあるけど、上位特攻にCR付きは……茨の道)。
(↑つまり、この手の品をどう評価するかということ。僕は別段神装備とは思えない)

 そもそも防具系は抵抗パズルがあるから盾以外は錬成しちゃった方が強いんだよな。防具に付くプロパで戦利品にしかないものもないし。そう考えると、やっぱ新マジックアイテムは武器とアクセ御用達という感じもする。特にアクセは幸運マイナスさえ目を瞑ればカースドが付かなければ実用に足りるのでお手軽だ。

†欲しい装備
通常は錬成品で賄えるので、求める装備は必然的に人と違う物が多い。全てを神戦利品にしようとすると気が狂うので、本当に欲しいものをを求めればこんな感じ。もちろん全てカースド・補強不可・修理不可はなしで。

・ヒーターシールド:速度10・命中・回避・その他プロパティ(麻痺カウンターなら最高)
・ガーゴイル用ウォーフォーク:破片残留・追加魔法・その他命中回避吸血マナダウンがあればなおよし
・サイクロン:破片残留・速度・LT/FB追加魔法・その他遠距離追加……は投擲には付かないんだっけ・命中回避マナダウンなどがあればなおよし

2011年11月13日日曜日

Tweet (Sat, Nov 12)

  • 19:41  今ご飯食べながらどっかの番組の声優番組を観てたが親が異様に今の声優に詳しいことに驚いた。最近は声優さんもテレビに出るのね。
  • 19:40  久々にツイッターに入ってみたらログが多すぎた
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2011年11月6日日曜日

Elona始めました

 ローグライクゲームはクリアできないにも関わらず、気が向いたらちょこちょこ遊んでる(そして途中で詰まったまま放り投げる)。冒険の過程が面白かったので、もう少しグラフィックが強化されて戦闘以外にも売りがあれば良いなあと探してたらあった。

それがこのElonaである。

もともとはここの感想を読んで遊ぶことを決意したのだ。リンク先の情熱と愛を見よ。ここまで丁寧に特色をまとめられる文章はめったにない。

 まだ序盤しか遊んでいないが自由度は高い。前もって言われてた通り独りで遊ぶUOだった。ソロゲーならばルナティックドーンに近い感覚、というか、ルナドンの2やってないから比較はできないけど、少なくともルナティックドーン開かれた前途・前途への道標以上の遊びごたえはある。なぜならElonaはローグライクであるため行動自体も食べる、使う、地面に置くから始まり、読むとか飲むとか多岐に渡る。これだよ。まさにファンタジーの中で生きることをそのままゲームにしているのだ。僕はこんな感じのゲームを求めていたのだ。素晴らしすぎる。しかも無料であり、アップデートがまだまだ続いているときた。基本的にフリーゲームはある程度で開発が止まる印象があったので非常に好印象。
 ただし、問題はあって、ローグライクの例にならい非常に複雑。僕が初めてローグライクに入ったのは変愚蛮怒だけど、武器や防具の性能が全くわからなかったのだ。正直、今でも計算方法がわからないので数値とエンチャントのどちらを取るかを悩んでしまう。
 さらにはアクションの多さ。Elonaはチュートリアルがあるから比較的わかりやすかったが、これでもローグライク初心者は迷いそうだ。

 僕が遊んでいるものは「Enhanced Love Miracle」、俗にelmと呼ばれているバリアントだ。Elonaが優れているのはバリアントも開発が続いているところだと思う。elmバリアントはゲームバランスやグラフィックが改良されているらしい。遊んでいて特にストレスが無い。多少ゲーム自体が重く感じるときもあるけど、許容範囲内。
 初めてゲームを起動したときはキャラメイクから自由度高すぎで驚いたよ。そしてチュートリアルが終わって放り出された時の心細さ。UOにログインしてヘイブンでつったってたのを思い出してしまった。しかもElonaは序盤の金稼ぎ方法が極端に少ないので困ったし。

 続くかも。

感想文と日記

 旅行で大量に買ったラノベ&読むのを止めたマンガの感想でも。できるだけ完結したマンガのみを感想文にしようと思っているのだが、最近巻数の少ないマンガを読んでないからどうしても中途で止めたものしか感想文にできない。
†荒川アンダー ザ ブリッジ(中村光、スクエニ)
 同じ作者の「聖☆おにいさん」(中村光、講談社)は面白かった。だから荒川~も面白いのだろうと思って2・3巻まで読んだのだが、どうやら僕には合わなかったようだ。面白かったのは、僕にとっては珍しく読んでる最中に自分の意志で放り投げたことだ。続きを読む気になれない大きな要因も自覚している。
 それはキャラクターだ。ただし何が(というか誰が)僕の気に触ったのかと考えると結構難しかった。アンチになる気もないし、だからと言って暇つぶしに読もうとも思わない。ランキングとかでは好評だし、作者が同じ別の作品は大好きだったし、この手の作風のマンガも小説も別に嫌いではなかった。なんだけど、ここまでの受け取り方の差は何かなーと考えていた。
 どうやら僕にとって荒川~というのは少し心を病んだホームレスを描いた話として認識していたようだ。常識とずれた人が常識とずれた行動をすればそれだけで面白いのだが、僕の苦手な見せ方をしている、と。ああ、だからキャラクターに拒否感があったんだ。同じノリなのだと思うんだけど、「聖☆おにいさん」はキャラクターが少なくとも一般人としてデザインされているのですんなり入ることができていた。
 さらに考えると、吉田戦車氏やしりあがり寿氏とかのシュール系のキャラクターとどこが違うのかと思い至る。前者は「伝染るんです。」しか読んでいないが、人間じゃないキャラクターが多かったので違和感を感じなかった。しかし後者は弥次喜多にしても髭のOLにしても人間以上の何者でもないから不快感を感じるはずなんだけどな。
 嫌いな部分を名指しできないにも関わらず読みたくない不思議な作品。

 以下かなり昔に読み、しかも途中で投げ出しまくった&打ち切りになった作品の感想文。

†乱破GOGOGO!(八街歩、富士見ファンタジア)
 この本を読んだ当時は、撲殺天使ドクロちゃんが世に現れた時期であったためドクロちゃんのパロディな感じがしていたなあ。今から思うとヒロインの外見がほぼ同じなので、ついでに性格破綻具合も同程度なので、実際は「(有)椎名百貨店」(椎名高志、小学館)に収録される忍者2人のパロディだ。
 内容に関してはどうでも良い。ドクロちゃん系列の作品なのだからストーリーよりも細部を楽しむべきである。いや、本当にギャグマンガを活字化したものと考えるべき類の小説なのだ。
 ただしギャグマンガはよほど変なものでなければ読めるのに対し、ギャグ小説って何だか滑ってるように感じてしまうんだよね。不思議だ。
 当然のことながらこの作品の感想を書くときはネタバレできるような部分がなかった。
 
†「白人萠乃と世界の危機」(七月隆文、電撃文庫)
 ラノベ中心の生活をしていた学生時は色々地雷を踏みまくった覚えがある。いや、当時は地雷であることにすら気付いていなかったと言うべきか。スレイヤーズが出た後の2匹目3匹目ですらない劣化ドジョウ達、一部は秀逸な設定もあったが、大抵は2巻やら3巻で終わってしまった。何だかんだで今でも好きなのだ、あの地雷たちが。
 そしてこの「白人萠乃と世界の危機」も対象は変われどフォロワーの1つであると密かに思っている。それも撲殺天使ドクロちゃんのフォロワーだ。
 のっけから地雷の話をしてしまったが、僕は別にこの作品が駄作だとは思っていない。というか、地雷と感じた書物が数えるほど少ないのだ。つまらないと感じても、それは僕自身に前提知識がないゆえであり、「この本はそういうものだ」という魔法の言葉を唱えれば案外地雷認定できる作品なんてないものだ。実際の所、シュール系の小説に対して登場人物の行動の一貫性を求めるなんて愚の骨頂だし。
 何だか書いていて言い訳をしている気がするけれど、「白人萠乃と世界の危機」はドクロちゃんという下地があったことを踏まえて読めば相当面白い。いろんな意味で脂ぎってこってりとし、また素材の味をそのまま使った調理をしているので、ドクロちゃんが好きなおかつニコニコ動画が好き(百合だの変態だのネタを大してひねってないからニコニコっぽい笑いが醸し出されてるのだ)みたいな一定の需要はあると思うけど、とにかく人を選ぶ作品である。まあでも、ネタをそのまま書いた作品なんて今のラノベ界ではいくらでもあるから大丈夫大丈夫。
 あれれ、やっぱり貶ししか書いていない……。この手の勢いが全てな小説は感想とか紹介とか書きようがないので古本屋で見つけたら読むべきだ。波長が合えば面白い。

†「ひぐらしのなく頃に」(竜騎士07、講談社BOX)
 西尾維新とかでお馴染みの箱付き装丁のバージョン。他のバージョンがあるのかどうかすらわからんが。
 上で、地雷認定率が少ないと書いたけど、その少ない地雷の1つがこれである。この装丁のシリーズはもう2度と買わないと決めたほど。奈須きのこのDDDも続きが読みたかったが諦めた。そんな苦い思い出を持つ作品である。
 もともとひぐらしに対しては何の思い入れもなかった。初期の頃から噂は聞いていたが、なぜかスルーを続けて、ひぐらしの結末が出た時あまりの不評に少し興味を持った。その程度である。そんな中、講談社から奈須きのこのDDDのような箱付き装丁で当時流行っていたひぐらしの小説版が出ると聞いて買ったのだ。しかも単なるゲームの文章丸写しではないと聞く。クオリティが下がるかもしれないが、今をときめくひぐらしを小説で読もうと、勢い込んで買った大学4年の頃だった。
 結果は敗北。さすがにアレを「これぞ小説」と豪語するのはいくら何でもまずいと思う。講談社のブランドを下げている。スレイヤーズやあかほりノベライズで育ち、3流エロゲーの文章も問題なく読め、近年の金太郎ラノベですら萌えられればそれで良いと納得する僕でさえ投げ出してしまったあの文章・ストーリーの展開はひどすぎた。ひぐらしを実際にプレイしたことある後輩に聞いたら、どうもゲームの文章をそのまま本にしてるとのことだが本当だろうか? アマゾンレビューを読むと確かにゲームの文章のままor加筆したっぽいことが伺える。……今の時代、PCゲームですらこの文体・文章はきついと思うけどね。
 要は小説としてひどすぎるということだ。三点リーダーやオノマトペ物量作戦などはどうでも良い。会話文多用もそのような作風だと納得しても、無意味な文言・シーンがこれでもかと書かれている。アマゾンレビューを読んでいると「キャラクターが戯れる」という言葉を使っていた人がちらほらいたが、まさにそれである。別に物語にとっていらないだろうと思える主人公とヒロインの掛け合いは「キャラクターの戯れ」を眺めるためだけにあると言っても良い。ゲームだから主人公の日常を描写してもキャラが立つだけで済んでいるが、さすがに小説でそのやり方はどうよ、と思ってしまう。というかゲームのノベライズだってここまでレベル低くないし。ONEとかKANONとか瑠璃雪とか臭作とか、読めばわかるがエロゲのノベライズの方がまともな小説であるのは天下の講談社として失格なんじゃないかな。
 どちらかというと、僕の文句は筆者じゃなくて編集者に向いているんだな。出版するならちゃんとした「小説」として出版スべきだったし、キャラの会話文を多用したいならいっそのこと戯曲形式(まおゆうみたいな)にするべきだった。そこをストーリーに必要ない会話シーンを残して1冊1500円にするなど、原作を知っているラノベしか読まない層をだまくらかした商品だとしか思えなかった。ちなみにアマゾンレビューでも値段の不満が書かれていたがなぜか会話シーンの削除などは求められていなかった。なぜだ。不要な会話を削って、説明台詞を地の文に置き換えるだけで文庫3冊に収められると思う。
 その後、僕はメフィスト系列の本は怖くて手に取ることができなくなりました、と。編集が機能していないからねえ。

2011年10月2日日曜日

「断章のグリム」(15巻まで。以降続刊)(甲田学人、電撃文庫)

 感想文を出すなら15巻まで出揃った今がチャンスだと思った。たぶん次か、次の次で終わるんじゃないかな。

 前作のMissingからファンだった。派手な出来事で怖がらせるのではなく、背筋がゾクゾクする展開。僕好みのホラー(というか怪談)だったので、今作も引き続き読んでいた。
 が、良い意味で裏切られた。
 今作はホラーというかメルヘンだ。なぜならば、ホラーにつきものの謎要素が全くない。当然、物語のノリからして異能バトルものなんかでは全くない。
 さて、ホラーの肝は不思議な存在に襲われることだと考えているため、事件が起きるシステム・ルールが明確に定まっている今作はホラーには当てはまらない。あくまで僕の私見だが。実際、主人公たちは敵の正体を明らかにするというよりもいかに後腐れなく解決させるかを物語の核として行動しているし。彼らが謎を解く目的は、事件の解決なのではなくて、被害者をより少なくするためである。解決の手段はその原因になる人物を殺すことだけであり、事実物語中ではその通り殺しているのだ。このように書くとこの作品を知らない人からは「別にわざわざ謎を解かなくても良くね?」と言われるかもしれないが、謎解きの必要性は薄いと思う。逆に謎を解く=物語に関わることで主人公たちのトラウマを抉り続けているので、どんどん状況は悪くなる一方。主人公側が完全に詰んでしまっている。
 しかも能力自体がトラウマを動力源にしており恐怖によって様々な効果を発現させると来ている。本質的には彼らの敵である異端(化物みたいなもの)達と変わらない存在なのだ。
 それが全面に現れたのが12巻~15巻。主人公の支援者たちを殺したり狂わせたりする大盤振る舞い。しかも主人公自身、能力が暴発寸前というバッドエンド目前な雰囲気。このシリーズの感想文を出すタイミングが今しかないのはこれが理由だ。果たしてラノベでも珍しいであろう主要人物全員虐殺エンドは起こるのか。主人公は綺麗な死を遂げられるのか(←既に主人公が死ぬこと前提な予想)。そもそもキャラクターというよりも伏線的な立ち位置だった風乃お姉さまと葉耶はどう絡むのか。この興奮を誰かと共有したいが僕には友達がいなかったのだった。前年無念。
 あとは絵がすごく綺麗だった。シリーズ全部を買うと決めた理由もまさにそれ。部屋に飾っておきたいくらいの美麗さだった。人形っぽく感じた絵柄はシリーズのモチーフであるお伽噺に合っている。最終巻でイラストがなくなったりするのだろうかと別方面でも興味津々(Missing最終巻のアレだが、イラストをなくす対応は正解だったと思う。僕はああ、最終巻で雰囲気を大切にしてるんだなと当時は思っていた。だから今回も最終巻でイラストをなくす「演出」もありだと思う)。

 あ、そうそう、この作品は結構痛い表現が多いことも付け加えておこう。スパッと首が刎ねられるよりも爪を剥がされつつその爪で目を潰される系の表現の方が生々しく痛みを感じるなあと改めて感じた次第。

「カミオロシ―縁結びの儀」(御堂彰彦、電撃文庫、2011)

 おまじない、荒ぶる神、ミステリー。この3ワードに心を動かされたならば買う価値はあろう。なに、心配いらない。異能・SF的設定が出ないのでミステリーとして堪能できる。キャラクターは変な特徴が付加されておらず、主人公ですら事件の全貌を掴むだけで解決には至らない。まさに神の前では人は無力なのだが、それでも主人公とヒロインは互いの理解が深まり、ちゃんと成長譚やってるので安心する。でも人、いっぱい死んだんだけどね。
 内容は京極夏彦氏の京極堂シリーズに比べてしっかりとまとまっており、甲田学人氏のMissingより幻想的・民俗的だ。ちょうど諸星大二郎氏の妖怪ハンターシリーズをラノベにしたような感覚である。今のラノベ界隈でハーレム物でもなければ、キャラバトルでもないシリーズってどれくらいあるのだろうか。

 この本を買ったのは青森旅行をした時。ふと入ったアニメイトで伝奇ホラーという単語を見て衝動的に購入してしまった。御堂彰彦氏の本はタイトルだけ知ってたけど、実際に読むのは初めてだった。文章は過不足なく、本を楽しむ邪魔にはならない。ミステリーにしてもホラーにしても、説明や客観描写が求められる代物なので読みやすいってのは非常にアドバンテージになる。
 内容の方は優等生の主人公、皮肉屋で幼なじみの美人巫女、縁結びのおまじない、神様、合宿、ミステリー、の6つの要素で説明できる。間違ったことは言っていない。合宿に行った先、縁結びのおまじないのせいで祟りなのか何なのか、死人が出まくったのだ。その数6人。しかも合宿先が山にある神社なのだから、うわっ館モノだ!
 そう、ちゃんとミステリーのお約束を踏まえている。空中を飛ばねば自殺できないような市で死んでいる学生。不審に思いながらも自殺ということで結論つけてしまう警察。殺人の舞台を離れようとするも、結局戻ってしまい、最後まで殺されてしまう人々。連続殺人を防ぐために頭を使う主人公。警官の1人はオカルトに造形が深く、この事件は自殺ではなく超常的な力が働いていると考え、独自に捜査を始めるのだった。これぞミステリーの王道と言わずして何と言おう。
 ちなみに警官による超常現象宣言なんだが、文章が簡潔でスラっと流してしまいがちだが伏線的な意味で非常に重要である。それは、不審死(空中を飛ばねば自殺~学生)→警察「変だけど自殺でしょう」→主人公「俺はオカルトなんて信じない」→一匹狼の警官「空中を飛ばないと死ねない位置なんだからおかしいじゃないですか!」→主人公「確かにおかしいかもしれないが、俺はオカルトなんて(ry」→警官、主人公を説得、とある種の叙述トリック状態になっている。最初の死体位置とか文章ではさっさと流されるので読者側は本当に超常的なのか半信半疑になって読み進め、最終的に警官の誘導によって神様が関わっていると結論付けざるを得なくなる。なんだけど、この警官ってのが非常に胡散臭くて……。個人的には飛鳥昭雄氏とかその類のオカルトマニアみたいな奴だった。そう思ったのはたぶん僕だけじゃないと思う。
 なぜならば、この作品は物語の終盤まで殺人に超常現象が絡んでいるのかいないのか、ぼかして進むからだ。主人公からして昔理由があって反オカルト派になったために、不思議な出来事に遭ってはいるが性急にオカルトとは結論付けない。地の文はオカルトチックに書かれているが、それでも主人公は断定しないってところが冷静で良かった。赤川次郎とか一般のミステリー書いてる人は絶対に何がしかのトリックに結びつけているはずだしね。
 それが警官の怪しい誘導によって殺人の原因は祟りだ(本当は少し違う)と結論付けられているのは非常に叙述トリック的だと思った。しかも相手が人知を超えた存在だから殺人のルールも正しいのかわからない。最終的に謎の解説はひと通り行われるものの、主人公とヒロインがお互いに知っている知識を寄せ合っての結論だから胡散臭いことこの上ない。ぶっちゃけ、続刊が出て真の犯人(人間)が出ても驚かないってくらい。そんなこんなでミステリー的(それも叙述ね)だと思った。

 キャラクターはたくさん出るもののレギュラー張る人間はほんの一握りだから大丈夫。犠牲になった人すら覚える必要はないくらい。その分、主人公周りが丁寧に書きこまれてるのは良かった。ちなみに主人公だが、頭も顔も良いって設定は鼻につくかもしれない。探偵役だからこのくらいじゃないと物足りないが。ヒロインは皮肉屋で幼なじみの美人巫女。それもツンデレじゃなくて皮肉屋ってのが近年にはない目新しさだった。いや、キャラクター自体は素直になれない腹黒大和撫子をそのままなぞっているのだが、感情の動き方や行動の理由が納得できるから感情移入しやすい。一瞬起こるデレは見物です。

 真面目に考えたら結構人を選ぶことがわかった。伝奇ホラーが好きで、なおかつ叙述系ミステリーにアレルギーのない人じゃないときついかもしれない。特に反オカルトの主人公が警官の誘導によって超常現象だと認めるくだりはツッコミ所抜群である。それも含めて僕は大好きだ。
 ちなみに伝奇ホラーと言ってもひぐらしみたいなアグレッシブかつ科学要素はないので安心できる。次巻どうなるのかわからないが。
 っていうか続刊は出るのか? いきなり人を殺しすぎだと思う。

†感想+α
 はがないとニャル子読んでる。どっちも面白いから購入続行。しかしはがないには1つ読んでて引っかかる所がある。いや、フォントいじりは構わないんだ。あかほり文体や本田透氏の評論(!)で慣れっこだから。僕が気になったのは、ヒロインが主人公に好意を示す際の朴念仁っぷりが悪意が入っているとすら思えること。はがないは主人公の一人称視点だから読んでて結構きつい(←と、6巻までは思ってたけど、伏線だったことが7巻で判明した。すげえ、完全に騙された)。
 特に直前にニャル子読んでると何かの伏線かと疑ってしまうんだよね。ニャル子はニャル子でできる限り下らないノリにしようと頑張ってるのが伝わってきて面白い。下らないはもちろん褒め言葉だ。4巻とか5巻になると本の中で伏線はこれだ!と宣言し、その実他の非常に下らないことを伏線に使うというしょうもなさは感動すら覚える。1冊に1回は起こる全宇宙を揺るがす事件はわざわざ内容を下らない方向へ持っていくすばらしさ。戦闘シーンはシリアスになるかと思えばニャル子視点文体で読者にツッコミを入れる余地を作る手の込みっぷり。最強の力を秘めているのにおちゃらけてピンチを作り出すエンターテイナーぶり。トリックスターとはかくあるべき。

2011年9月20日火曜日

妖怪HUNTER(井上淳哉、新潮社、2011)

 諸星大二郎氏の稗田礼二郎シリーズのリメイク。そういえば諸星氏は妖怪ハンターという名称を嫌っていたはずなんだけど、タイトルになってしまって大丈夫なのかな。

 この作品は井上淳哉氏の手によって「闇の客人」がリメイクされたものだ。極めて今風な作画となり、もともと1話完結作品だったものが1冊3話になったために原作にないシーンもたくさん出る。まあ、諸星氏というか稗田礼二郎シリーズはどれもかなりネタが詰め込まれてすぎて半分アイデア集同然になってしまっているために純粋にすばらしいと思う。ただ……かなり線のはっきりしたタッチであるため、原作にあった背筋がゾクゾクするような描写が消えてしまったのは悲しい。
 僕にとって一番受け入れがたかったのは最初の方の稗田礼二郎の講義だな。パンチラとか萌え展開とかそんなのはどうでも良い。覚悟はしていた。しかし諸星氏に描く稗田礼二郎は確かに一般的とは言いがたい学説を主張しているが、オカルトまで足は突っ込んでなかった。「海竜祭の夜」で確認した所、神話に出てくるキャラクターと妖怪や民話を結びつけたために妖怪ハンターと称された経緯があるが一応オカルトとは手を結んでいなかった。それに対して井上氏の稗田礼二郎はいきなり異界の存在がいると電波を発信してしまっている。細かいながらも稗田礼二郎の性格が全く違っていることの現れだ。ちなみに稗田礼二郎自体はシリーズを通して色々不思議な体験をしているのだが学説としてオカルトめいた主張はしていない。つーか、井上版稗田礼二郎の主張ってのは一般的な神秘主義者に過ぎないんだよね、「神の力は実際にあったと信じています」(p.10)ってのは。諸星版稗田礼二郎ならば「魔障ヶ岳」みたいに神でも悪魔でもあるマナが存在するってな言い方になるだろう。

 それはともかくとして、ネタばれしても問題ない気がするから原作を要約しよう。
 豊穣のために鬼や神を招く儀式を題材に取っている。ある地域ではかつて毎年神を招く儀式で人死が発生していた。今では途絶えてしまっていたが、村起こしのために今風に復活させた。実はその儀式は豊穣を呼ぶために招いていた存在への生贄という面もあった。異界より現れる存在を人間がより好みをすることはできない。だからそれが悪しき存在であれば慰めるために生贄を与える必要があったという。また、村は余りにも貧しかったために豊穣がやってくる異界へ行ってしまう人もいて、それが神隠しとして伝えられていた。そして伝統通りでない儀式を行ったために、大事件となってしまう。そんな物語だ。
 井上版も大筋は原作に準拠しているのだが、細かい点が、しかし物語の肝心な部分が違っている。そのために微妙に内容が変わってしまっているのだ。
 大きいのはラストシーンだろう。痴呆気味だった老人(ヒロインの祖父。諸星版にはヒロインなんて出てこないけど)が鬼を異界に誘導し、そのまま居なくなるのだが、何と異界に入ると痴呆が治ってしまうではないか。しかも物語中で死んだ重要登場人物が異界の中で復活している、というオチまでついている。諸星版ではこのシーンは老人が異界に行ったまま消え去るという神隠しを想起させるのだが、これでは意味が180度違ってしまっている。諸星版は人間に対して中庸な存在を描いていたのだが……。そして諸星版で異界に消え去るってのは純粋に現世の貧しさからの逃避として描かれていたのだった。
 これ以外にも、井上版は異形・異界=人間の敵と考えている節があちこちに見られる。例えば78ページ「本物の客人!?(中略)やはり異形のモノは実存した……(中略)これが……祭りが危険たる所以だったのだ……」とか98ページ「しかもこの神は人を襲う……悲劇はくり返される……」みたいな、諸星版を知ってると違和感がかなりあった。
 別にリメイクの是非を言っているわけではなくて、原作との乖離があり、しかもそれが物語の重要な部分にかかってるのが問題なのだ。この作品が稗田礼二郎とは全く関係がなければ、現代的な伝奇ホラーとして評価できたと思う。その意味では諸星大二郎というブランドに負けたということか。諸星氏はオカルトに対してかなり中立的な描き方をしているから違和感が大きかったということで。何度も言うけど、オリジナルの作品なら素晴らしいんだけど。

「地球移動作戦 上下」(山本弘、ハヤカワ文庫、2011)

 記事を書いたつもりだったが、どうも投稿していないようなので今さらながら。

 僕はハードカバーの本を買わないんだけど、こんなに面白い本が2年も前に出てたのならチェックするべきだったなあ、と思わせる内容だった。
 あらすじとか中身は著者本人のサイトに書かれている。一読して受けた印象は、初音ミク風味マクロス+アイマス+FSS+現代SFまとめ+陰謀論+トップをねらえ+人工知能+隕石モノ。この本に出てくるすべての要素をキーワードにしてみた。意外と的を射てると思うけど、どうだろう。
 僕にとって一番面白く感じたのは、社会の描写だ。グレッグ・イーガンとかで親しんだ現代SFの要素がこれでもかというほど詰め込まれているものの、人間性への疑問とかそこまで行き着かない距離の良さが心地良かった。いや、僕は数多く読んでいる読者ではないが、現代SFの多くはテクノロジーの発達により「人間」の条件に疑問を投げかける小説が多いんだよ。むしろその手の人間性について考えさせられるから良い小説として翻訳されるのか? とにかく、面白いものの非常に疲れる小説も多かった。
 山本弘氏のすごいところはその手の小難しい部分を飛ばして、社会を描いたんだよね。彼自身は「アリスへの決別」でちゃんと描写できる力があるにも関わらず(むしろ暑苦しく語れるだろう)、主題に合わない部分を削ってしまえるのだ。物語の中盤で魅波とユーナが討論するシーンがあるが、もっと気合を入れて長ったらしく――例えば「神は沈黙せず」での物語の主題に関係ないのに記された南京事件議論みたいに――書くことはできたはずだ。いや、逆にこの討論こそがアースシフト計画の要となる要素だからもっと粘着的に書いても問題はなかった気がする。特にこの小説はラスト近くのバトルが思想的にもあっさりしているのだから。それをあえて、手塚治虫めいた人間賛歌の主張で魅波に勝たせるのが僕にとって目から鱗だったのだ。
 ACOM(電脳世界の人工知能)の存在もかなり味がある。人間に極めて似ているが、どこか違う行動原理を有する存在をここまで丁寧に記せた小説は初めてだった。下巻が頭の「殺人」。あれっぽっちの描写で冷徹さ(つまり迷いの感情がないって意味)を表現したのは素晴らしい。それでも人間が好きと言い張るACOM。マスターロスという概念。ACOM同士でなら本音を言い合うが近くに人間がいると本音を言わなくなることを当然と受け入れる態度(これは少し違うか。「本音」というのは人間に対する興味とと言い換えられる。意志を有しているとしか思えないACOMにとって人間は姿が似ているものの行動原理が異なる存在であり、常に分析を進めており、その中の疑問点が「本音」となる)。人工知能の描き方の新たなスタンダードになりそう。
 同時にこのACOMってFSSのファティマに似ているとも思った。ただの印象だから具体的な共通点が思い浮かばないのだが、自分たちが人間に仕えるために生まれたのを知りながら人間を慈しみ見守る態度ってファティマっぽいなと。日本人かつオタクにとってのある種の神様、そして母親なのかもしれない。

 この作品って恐らく、福島原発事故の前後で異なる読まれ方をされるだろう。それは日本に地震や津波が襲いかかる描写という意味ではない。数十年後という想像もつかないほどの遠い未来に起こる破滅を防ぐために目の前の欲望を我慢しつつ何十年も目標に向かって着々と進み続ける人々の姿……福島原発事故後の僕はその視点で読んでしまった。
 原発を今後続けるのか否かに関わらず、起きてしまった原発事故に対しては後始末をする必要があるし、さらに原発を止めるなら石油などによる/原発を続けるなら安全に対しての投資という巨額の費用がかかるだろう。多分何だかんだで僕達の家計にコストは跳ね返るんじゃないかなと予想している。
 単なる東北大震災の復興だけでなく(地震からの復興は阪神大震災だって経験している)、一銭にもならないゴミの片づけ。しかも危険と言われながらも詳しいことは何だか良くわからんときた。そして悪影響が出るのは何十年後、しかも癌の疾病率が数%上がるとかそんな抽象的な内容。「よくわからないけど/よくわからないから不安」と騒ぐ人が多かったことを考えると、「よくわからないけど/よくわからないからこれ以上核廃棄物のお守りをしなくて良いじゃん」と思う人がいても不思議ではない。僕たちは飽きっぽいし緊張を持続する体力もない。

 まあそんな感想はどうでも良いか。個人的に気になったのは人々がセカンドアース計画から離れることになった理由。僕としてはセカンドアースってのはかなり真面目に考慮するに値すると思っていたのだが、それがあんな下らない(と言ってしまう)理由で却下されちゃうのか、うーん困ったなあ。僕が「神は沈黙せず」みたいなサイバースペース系のSFが好きだから余計にそう思えるのかもしれないけど、さすがに強引すぎると思うんだ。ある種のSFならば逆にセカンドアースこそが人類の救世主とされてもおかしくない。
 ネタバレありで書くと、ACOMの犯した殺人とその動機、そして当のACOMの自殺は一般ピープルが理解できる範疇を越えていただけだった。非常に合理的な理由だったと僕は思う。まさに必要があったから殺人を犯しました、でもその動機が知られるとまずいので自殺しましたって感じ。それが人間の行動原理とはかけ離れているためにセカンドアースを手放す理由になってしまうとは。
 使えるリソースが限られるセカンドアースにとってACOMの思考における合理性は必須だと思うんだけどな。まあ、死にたくないけど目の前の快楽を享受したいと考える連中が感情のままに支持した計画だからこれくらい惨めに描かないと説得力がないのかもね。まるっきり選民性のノアの箱舟だし。これが人類のほとんどを救う計画ならセカンドアースもある程度の理性を持つ人間が支持しただろうに。

 ただ、さっきの話に戻るけど、地球人類全員が黙って貧乏に耐え忍ぶとは思えないな。双極割引って考えが近年の経済学の流行りだけど、その手のアイデアが入っていればもっと違う結果になったかもしれない。いや、これは双極割引を投入した伊藤計劃の慧眼に驚くべきか。

 どちらにせよ、ただのSFとしても面白いし、萌え要素もたっぷり入っている。そして「大プロジェクト」というものを考えるためにはもってこいの本だと思う。

2011年9月5日月曜日

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  • 23:36  とりあえず寝よう
  • 18:34  久しぶりについったーログイン記念カキコ
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2011年8月31日水曜日

青森へ旅行してきました

 少し前、4日程度で青森県まで行ってきた。適当に三内丸山遺跡を見て、おいしいご飯でも食べて、のんびりしようと。
 特にパソコンから離れる日を作るためという理由が主だったような気がする。そんなある意味で不健全な感想文。

 青森駅を見たとき、駅前がスカスカだなーと思った。比べる基準が千葉県の某駅だったから青森駅もさぞかし迷惑だろう。駅構内にコーヒーショップがないので、時間つぶしの場所を見つけるために探索する。思ったよりも観光地が少なかった&交通の便が悪そうなので本でも読もうと思ったのだ。青森駅から歩くこと5分弱、商店街の中に喫茶店を見つける。完全に駅の人向けじゃないよなーと思った。
 その他、探索していると……
素晴らしきパラダイスを見つけた。さすがオタクショップ。人の集まるところには必ず存在している。特に青森市のアニメイトは周囲でもここくらいしかオタ系の店がないからか、ガンダムバーの宣伝までしていた。あれだ、ガンダムは万能の言葉だな。

 それから県立美術館に行き、那須那智の絵を見る。
 わふわふ。名前までは知らなかったけど、この人青森県出身だったんだ。同じ美術館に寺山修司が収められているのは不思議な気分。

 
 そして恐山へ。ここに限らず、青森市内でも観光地が微妙に駅から離れているので元々の電車やバスの本数の少なさもあって、1日仕事になってしまう。以前住んでいたところも田舎だとは思ったけど、そしてハード的には青森市よりも不便だが、何となく関東地方って言うだけで都会な気分がしてしまう。関東地方は電車でも使って他の町に行く選択肢があるからなあ。その点、関東は関東ってだけで便利だと思ってしまった。

 最後に青森近代文学館へ(画像は全く関係ない)。図書館の2階に申し訳程度に陳列されていた作家のノートが出迎えてくれた。
 しかし文芸系の博物館ってどうしてここまで魅力がないのだろう。作家直筆のノートやら小物を見てどうしろと言うのだ。せっかく作家の紹介をしているのだから、せめて代表作や映像化された作品のあらすじなどでも置いておけば良いのに。美術館では画家の小道具でなく、絵が展示されているのだからそれと同じように飾るべきだと思う。作家直筆の原稿用紙などを見ても作品自体がわからないから読む気が起きないんだがなあ。僕は県立美術館に行って寺山修司に興味を持ったけど、多分近代文学館に行っても興味は持てなかったろうな。

 そして、最終的に、アニメイトで買ったラノベは合計9冊になった。電撃文庫の栞をコンプリートしたぜ。

2011年8月25日木曜日

祝! ランス最新作発売

ちなみに僕は明日から一週間近く瞑想します。 じゃ。

2011年8月24日水曜日

感想文徒然

†「仮面のメイドガイ&ゴルフ13」(赤衣丸歩郎、角川書店と講談社)  共に赤衣丸歩郎氏の作品であり、話が進むにつれ同じような内容になっている。ヒロインの乳ネタいじりとコスプレもどきだ。そのため、仮面のメイドガイは初期から読んでて愛着があるので今も惰性でも読もうと思えるが、ゴルフ13の方はたぶん読まなくなるだろう。特にゴルフ13はハーレムものとしても劣化コピー度が激しいし。  僕が仮面のメイドガイを好きだった理由はヒロインである富士原なえかいじりとしても楽しめるし、主人公であるメイドガイコガラシの壊れたドラえもんぷりも楽しめるからだ。……「ヒロイン」と「主人公」を逆にしたのはわざとだ。つまり、メイドものの癖に主人公(御主人様)を男性にした安易さに流されなかったのは見事だったし、メイドガイなるものを開発した割にはその系統を量産しなかったのも素晴らしかったと思う。前述の2人と地雷臭が漂いつつ仕事のできるメイドフブキとワトソン役の弟(マジで名前を失念w)の4人でやってるコントがすっごく面白かったのだ、初期は。最初から仮面のメイドガイは下ネタ要素があったものの、それはメイドガイの雄姿を見せる動機としての役割であった、あったのだが……。話が進むにつれてどんどん下ネタというかセクハラというか乳いじりが露骨になっていき、そっちがメインになりワンパターンになってしまった。なので仮面のメイドガイは富士原なえかが財閥を継承したところで終わりだと解釈している。  で、これに輪をかけて劣化しちゃったのがゴルフ13の方。タイトルからしてあの作品のパロディなので、内容がないとか設定がおかしいとか1話目でいきなり6人の聖女をゲットしてるのはストーリー的にどうよと言った感想は的外れだ。この作品は良くも悪くもノリが全てだから、評価軸としてはギャグとしてパロディ(特に近年流行りのハーレムラブコメのパロディだよね)としてどうなのか、だ。  結論としてはそこまで面白いものでもない。特に乳いじりは古屋兎丸氏が伝説の「π」が世に出ている以上それと比較されるし、エロネタ特化したいなら吉川英朗氏のマンガの方が相応しいと思う(正直下ネタマンガは好きじゃないけれどもね。というか赤衣氏のタッチはエロ向きじゃないと思っているせいか痛々しいな。最近の仮面のメイドガイにしても初期のハチャメチャギャグに戻ってほしい)。ギャグの大半がヒロインへのセクハラ&主人公へのお仕置きなんだけど、中途半端に男前な主人公のせいではっちゃけられてないからどうしても失速感が漂っている。ついでにヒロイン6人いてもメインであるフィーナ以外、ほとんど内面が描写されないので萌え要素も全くないしキャラクターの区分ができないのだ。だから……この感想を書いていて思ったけど本気でハーレムラブコメへの皮肉として描いてたりするのかもしれないな。主人公は葛藤とか何もなくセクハラに興じるし(何かアリスソフトのランスみたい)ヒロインは要素を組み合わせただけ。  まあ深読みしても意味はないけれど、とりあえずヒロインが6人いる必要ないとか誰が誰だかわからないとか粗が目についてしまうので切ってしまおう。ちなみに、女性陣はフィーナ・胸の大きい人・胸の小さい人(ドロテア。そんなタイトルのマンガがあったから覚えてる)・ガキンチョ・根暗・縄マスター・メイド・妹などと属性でしか認識できないや。 †「かりん」(影崎由那、角川書店)  血を吸う吸血鬼ではなくて、血を増やして注入する増血鬼。吸血鬼一家に生まれたくせに人間そのものの生活をしてしまう落ちこぼれ。この「増血鬼」という発想が全てであり、勝利は約束されたも同然。素晴らしすぎる。グーグル日本語変換でもリストに上がらない単語だけど、最近の吸血鬼モノの中ではトップクラスに面白かった。初期の正体を知られてはならない系の話から、中期のバカップル路線、後期のストーリーの全てが楽しめた。実はこの作品って物語の初期から主人公のカップリングは固まっててひたすらイチャイチャしてる話なんだよな。これが非常に可愛らしくてこれが萌えかと思いながら読んでいた。ちなみに主人公の果林は結構うじうじグダグダ系の性格してるから合わない人も出るかも。合わなければ今は亡き富士見ミスの「かりん増血記」(これすらグーグルで変換できない)を読めばいいかも。  ちなみに僕の評価は全て果林が可愛いってところにあるからストーリー重視で読むと粗が目立つ。特にプシュケーのアレはあと一歩が惜しかったという感じ。もう少し上手く設定できれば敵側の理由ももっともらしくなったのに。  増血鬼の設定は最大限生かされていたと思う。なぜ果林は昼間の生活を行えるのか、増血鬼とは何か、そして増血鬼(=人間)と吸血鬼は相入れるのか。最終的に果林に陽のもとを歩かせるために真紅一家が選択した方法は哀しいんだけれど非常に美しい終り方だった。まあ物語の途中から家族全員でのハッピーエンドフラグが何本も折られまくるので読者にとっては覚悟していたことだが。しかし冷静に考えるとあのラストシーンは果林が真紅一家から独り立ちできていないことを意味してるよね。もっと、例えば記憶を失っているものの大人になった果林が大人になった杏樹と友達のように出会うみたいな終り方だったら最高傑作になったと思う。  でも果林と健太のカップルが可愛いからどうでもいいの。 †「ふおんコネクト!」(ざら、芳文社)  萌え4コママンガを嫌う人の気持ちがわからない。楽しければそれでいいじゃん、と思ってしまう。そんな萌え4コマ嫌いが髪の毛を逆立てて怒りそうなマンガが「ふおんコネクト!」だ。  怒りポイント: ・キャラ造形がお約束 ・登場キャラの中に男性がいない。ちなみに僕はバレンタインイベントまで女子高だと思ってた ・ゆるい日常を描いただけ ・そもそもキャラクターの人間関係が分かりづらい。夕ちゃん先生と交流たちのつながりって何? ・主人公は……ふおんじゃなくて通果とか交流じゃない?  とまあ、かなり読んでてツッコミどころもあるのも確か。特にキャラクターの人間関係は極めてわかりづらく(というか、Wikipediaの解説に従って自分で図を書かないと頭に入らないくらい。たぶん、主題は母親の違う3人の女の子が擬似家族を作って成長する物語だろう。あれ、ふおんは? そんな感じでふおんが狂言回しというかいらない子状態だったのがひっかかった。思い出しても交流の母親との確執やと通果の成長しか心に残っていないのだ。トラブルメーカーは夕ちゃん先生がすでにいるしなあ。  でも明るい作風で楽しかったよ。少し前、芳文社でアニメ化されると聞いたときはてっきりこれ……はないな、人物関係がわかり辛すぎるからてっきり三者三葉だと思ってたんだけどな。蓋を開けてみればけいおんだった。今でも何でけいおんなのか理解出来ない。 †「まかまか」(美川べるの、角川書店)  ごめん、飽きた。美川氏のギャグは不条理系が多いので飽きるとつまらなく感じてしまう。新井理恵氏のぺけや吉田戦車氏の伝染るんです。など不条理系や勢い系(?)のギャグマンガは連載が終わった時に一気に読むのに限る。  単に僕が飽きっぽい性格だから読むのが嫌になっただけであり内容は非常に面白い。近年はやりの萌え系をネタにして一回り二回りさせたキャラを大量に出したシチュエーションコメディーだ。萌え系の観察眼は非常に正確で、それを逆手にとってギャグをするものだから非常に濃い。角川じゃなければできなかったと思われる。主人公からしてリア充嫌い、中二病と属性が続くんだもの……お腹いっぱいになるだろう。ヒロインの1人みさきちはいわゆる判子顔を皮肉ったとしか思えない造形だし。  まだまだ連載中らしい。 †「アカンプリス」(六道神士、少年画報社)  流行りの女装モノ。なんだけど、ホーリーブラウニーなどの黒さがないギャグテイストに仕上がっている。  お嬢様学校に形成されている訳あって女装した男子生徒だけの生徒会に入らされたヒロインの苦労と活躍を描く。ついでにラブコメ要素もあるよ、みたいな作品。六道神士氏の商業作はあらかた読んだけど、市立戦隊ダイテンジン→カイザーペンギンを終わらせてやったぜ、エクセルサーガ→次巻で終わるけど風呂敷広げ過ぎじゃない? 大丈夫か? でも面白い、ホーリーブラウニー→黒いお伽話だけどまとまった良作、アラハバキ→広げた風呂敷、デスレス→……?という中での小粒の良作的立ち位置だと思う。  女装モノの醍醐味は周りが気付いていないハラハラ感なのだが、この作品は周りは女装に気付いており自分たちは女装が完璧だと信じているギャップにある。ちなみに女装後の姿は筋肉が露出しまくりの姿。現実世界では女装するならもっと上手く変身すると思われるので、これもこれでファンタジー。まあ、だから安心して生徒会面々だけで行動でき、女装がバレる云々のドタバタも学校外部に対しての問題となる。ここらが上手いと感じた。しかも女装している(というか途中から自分が女性だと信じ込んでいる?)男子生徒と主人公であるヒロインがラブラブっぽい雰囲気になるのだから中々終わってやがる。筋肉が隆起した男性がセーター服を着たり女性物の水着を着るギャップが笑いどころ。  女装モノ(正統派じゃないけれど)を女性の視点から描いたってのは感心した。しかも真剣に女装をしてるんだからそれが笑える。そういや六道氏の作品の中でギャグが素直に笑えるのはかなり貴重だと思う。

2011年8月21日日曜日

悪タイプの雑感

 まだ本稼動して間もないけれど、悪タイプで軽く戦ったところ……  意外と格闘にも勝てるじゃん。まあ、まだ本格的に格闘で攻めてくる人がいないのだが。それにしても確かにローブシンは強い。素早さの低いポケモンは(ryって舐めてたけど、耐久もかなりあるんだね。ビルド+マッパは勝てないっす。ついでに、格闘に関してはメタってるからなのだが。タイプや技の関係上、相手に格闘タイプがいたときに選出がしばられてしまうのは辛いっちゃ辛いがそれでも十分だと思う。  虫タイプは全体的に脆い上にドンカラスがいるからまだまし。ただし虫+岩の組み合わせは格闘・飛行・炎が効かないので今のパーティでは勝てない。  選出率が高いのはマニューラ・ドンカラス・ゾロアークの3匹。特にマニューラとドンカラスは最大限にメタを張っており仮想敵も役割もはっきりしているために選ぶ率が非常に高い。相手の6匹の中で2匹以上に弱点が付けられれば無条件で選出している。ゾロアークは好きなポケモンだし、貴重な特殊アタッカーだからできるだけ選んであげたい(実際はそこまで選出していない)。キリキザンも最強の不意打ち使いとして選びやすい。それで戦闘に出す機会が少なくなるのはズルズキンとミカルゲ。地震持ちがいないので、どちらかをワルビアルに変えるべきかねえ。特にミカルゲさん。  ミカルゲと言えば、相手の格闘を止められるはずなのだがミカルゲを出す機会が意外とない。何だかんだで耐久がそこまでないし(HPの関係上、耐久が平均よりは上レベルなのだ)技構成もアレな感じだから……。ポケモンやってる人が受けを嫌う理由がわかる気がする。作戦が決まっても地味だよ。  ゾロアークを手持ちに入れてるが、実は出す機会があまりない。きあいのタスキ+カウンターの構成じゃないので自分より速い敵には絶対に勝てないから選べないんだ。対戦相手からすればどうなんだろ。ゾロアークってそこまで注意してるのかな。個人的には、仮に相手にゾロアークがいた所でやれることなんてほとんどないから素直に攻撃しかできない。  スカーフの重要性。頭の中で考えていたときは、不意打ちの関係でスカーフによる技固定のデメリットが酷いと思ってたが、使ってみるとあら不思議。奇襲性能のメリットの方が大きい。特に悪タイプなんて相手からすれば誰がスカーフを持ってるかわからないだろうから自由に動ける。もっとも、こちらも相手のスカーフ持ちがわからないので想定外で抜かれることが多いのだが。スカーフは中速ポケに相性が良いことを改めて教えてくれました。  水ポケ対策。悪タイプ使う人はみんな言ってるけど、ニョロトノ+キングドラが辛い。運で勝てることは勝てるが、偶然の産物でしかなかったし……。剣の舞を積んで、ジュエル不意打ち→ニョロトノ1撃落ち→不意打ち→キングドラ1撃落ち。まあ、切断されたけどw 次の作品で悪+電気が現れることを祈るしかない。  他のブログとか読んでて、切断厨に対する愚痴に対して大人気ないとか思ってたけど、実際にやられるとこの上なく腹がたつなあ。上で挙げたニョロトノ+キングドラの人なんて1,000勝以上してたんだけど見事に切ってくれた。確かに不快だね。特に僕が読んだ愚痴を書いてる人は色々こだわりとか持ってて、それでも勝てるよう戦術を丁寧に構築して、やっと勝てたと思ったら切断されるとやるせなくなるだろうね。不思議なんだけど、切断する人って晒されるのが怖くないのだろうか。晒しスレとか盛んだし。ちなみに僕の当たった人は全ポケモンが色違いだった。    今のところ、スカーフ+不意打ち+ゾロアークによって無理矢理読み合いに持ち込める。一回不意打ちが決まれば、次の行動は補助技が多かったりするので、こちらも積み技やら交代読みの攻撃技やらを選択できる。スカーフポケを見せて、相手が交代さえしなければ確実に1体は落とせる。定番だけど初手ゾロアークは何だかんだで強いよ。ズルズキンなりキリキザンなり遅めのポケモンに化けていれば奇襲ができる。出さなかったら出さないで交代が気兼ねなく行える(ゾロアークは交代際に攻撃を喰らうとイリュージョンが解けるので、ゾロアークがいるときは交代ってあまり行いたくない)。  負けるときは1ターン目で負けがわかる。剣の舞を決められた時のハッサムとかw こうなると勝てないのはわかってても特攻するしかない。タスキカウンターって便利なのかーとわかる一時。

2011年8月17日水曜日

悪タイプ統一パでよくあること


・いつの間にか悪技が不意打ちしか持ってない
・エスパー相手に後出したら気合玉で1被
・気合玉のないサーナイトに後出ししたら10万ボルトと瞑想で突破された
・ゲンガーに不意打ちをスカされて返り討ちにあった
・格闘に勝てないから面倒になってカウンター戦術採用(←それは戦術とは言えない)
・カウンターすら読まれて猫騙された
・タスキ精神力キリキザンのメタバで死角なしwwwと思ってたら鬼火でアボン
・格闘も虫もいないので勝てるとおもってたらマリルリに滝登られた
・雨パはもとより、まもみが瞑想熱湯のスイクンで3縦された
・使いやすいので格闘+悪の攻撃技構成にしてたらメタグロスで止まった
・鈍足低耐久なので気合の鉢巻の投入を真剣に考える
・結局格闘半減実を使うが先制技はやめてください

全部実話で。

2011年8月16日火曜日

【ポケモン】「あく」の面白さ


†一体何故に「あく」と命名したのかはわからないけど、非常に興味深い属性である。一般的には「あく」というイメージ、○○団シリーズが使いまくることから中二病を誘発しそうだが、実は相当計算された存在なのだ。
 登場したのは第二世代。初代のゲームバランスを正す目的が子供からみても露骨であった。エスパー攻撃が無効で、虫・格闘攻撃が効果抜群。……初代はエスパー弱点の格闘と使える攻撃技のない虫属性が弱かったから補正されたんだろうね。同じく第二世代から登場する鋼は氷属性・炎属性の調整という面もあったのだろうが、多種の属性に対する抵抗という面白い性能であったためにゲームバランス調整の印象が薄かった。
 エスパー万能主義の牙城を崩す目的で現れた悪属性だが、エスパーが必殺の気合玉を習得したり格闘は元より、虫が大幅強化されるなど向かい風をもろに受けている。実際問題として、初代のエスパーは属性的な強さもさることながら、習得できる技も強く多彩であったり素早さが高かったり「特殊」一本だったりとポケモン自体の性能も高かったのだ。対して悪属性は癖が強い技、単純に強いとは言いがたい種族値とエスパーキラー役以上にはなれていない。フーディン的な立ち位置であろう速効型のマニューラに有用な技が少ないってのが色々物語っているし。
 相手が攻撃を選択しないと発動しないふいうち、意外と豊富な積み技、防御面で脆い連中はカウンターやメタルバースト装備、イカサマやおいうちなど下手でも良いから「読み」合いをしたいと思う人にはうってつけだと思う。ある意味ポケモンの楽しみ方としては1番似合ってるんじゃないかな。僕から見た悪属性の魅力は、エスパー弱体化の使命やアタッカー一本槍じゃない選択肢の提示などバトルバランス調整という優等生な雰囲気である。

†そもそも何で僕がタイプ統一パーティを造り続けてるのかというと、そういう縛りをしないと俺tsueeセレクションになっちゃうからだ。せっかく600匹以上もポケモンがいるんだから色々使ってあげたいよ。そのための手っ取り早い手段がタイプ統一なのだ。
 ……前はノーマルと水の統一パーティ作ってたけど、比べてみると悪は相当癖が強いな。種族値が極端だし幅の広い戦術が取れるって広すぎw サブ属性・ウエポンなしだと正面から殴る性能が高くないから絡め手がメインになってしまう。よく考えたらふいうちが物理では高威力なのでほとんどのポケモンに入れたくなる→ふいうちの読みゲーのループに陥るんだよな。

†世代として見るならば一番好きなポケモンたちは全員初代系。……悪統一パーティ使ってて何をいまさらって感じだが、タイプ縛りとかなしでパーティ構築すると初代ポケが自然と多くなる。たぶん今までで一番長く遊んだポケモンだったからだね。金銀がガセネタと言われ続けた中学生時代はずっと赤で遊んでいた。当時は通信対戦やっていなかったからバグの再現と殿堂入り繰り返しだったなあ。
 その数年後のファイアレッドも当然のように遊んだ。ルビサファを買っていなかったから仕様変更に驚いたけど懐かしのレッドだーと疑問を抱かずに受け入れることができた。ライバルはチャンピオンになって対決するし、伝説ポケモンは3鳥+ミュウツーで決まりだし、イーブイやラプラス、エビ/サワなどNPCからもらうポケモンもいる。うん、システムはユーザーフレンドリーになったが紛れもなくポケモン赤だ。

†という訳で、しばらくポケモンBWの悪統一パーティで遊んでみる予定。

2011年8月14日日曜日

エイリアン3


 僕はエイリアン4でエイリアンシリーズに入った。そのためエイリアンシリーズはスプラッタ系で地上波で流す映画ではないと勘違いをしていたのだ。
 エイリアン2とか3とかをみてびっくりだよ。こんなに大人しい作品だったのか、と。

 ストーリー的には見るべきポイントがないと思う。前作でせっかく助けたキャラは死んだし、エイリアンと人間の追いかけっこがメインだったし、巨大な悪も出てきていない。囚人惑星がウェイランドユタニ社と関連があるのかと思ったけど、そんなことはなかったよ。つーかキリスト教だとか禁欲とかが何かの伏線だと思ってたんだけどなー。エイリアンを信じない囚人達。禁欲をしているはずが唯一の女性であるリプリーが現れたことで仲間割れをし……ってのが黄金の流れではないだろうか? あ、感想終わっちゃった。

最近の私&感想諸々


†しばらくポケモン熱が再燃してた。
 今度は悪統一パを作ってみる。とりあえずポケモンを揃えよう。むむ、耐久調整って難しいな←いまここ
 そんなわけで個体値厳選の旅に出ていた。その裏ではUOのパブ71に適応するために情報を集め……。
 確かに騎士道はパブ71によって根本から変わったけど、実践で使う分には今までより少しカスタマイズするだけで十分な気がするなあ。コンセクはスキル80でとりあえず100%弱点攻撃ができるし、DFによるスタミナ回復が減ったと言っても60前後回復できれば十分だろう。ネクパラなら武器振り回すんだからスタミナが60減る前にDF唱える気がする。まあ僕はボスソロやらないからわからんが。いや、ボスソロとかやる人ならなおさら赤POT持って行くよなあ。
 それよりも問題なのは効果時間が減ること。特にコンセクが……。これだけはEAのバランス調整係の意地を見てしまった。
 それ以外は特に。

†とらぶる・ういんどうずって懐かしいよね。

†いつの間にかハルヒの新刊が出ていた。
 だから谷川先生、学校を出よう!の続編をよろしくお願いします。。。ちなみに谷川先生の作品で完結したのは「絶望系」だけな気がする。電撃イージス5は違う意味で終わってる。

†「ブロとも」という言葉を聞いたとき、俺の怒りが有頂天な人を思い出したのだが、全く関係なかったんだね。ちなみに俺の怒りが有頂天のフレーズを聞くとオレノ カラダハ ボドボドダァを連想するけど、それにも全く関係がないのは驚きだ。この手の脳の無駄な回路を外せば相当頭が良くなるんだろうな。

†マトリックス
 数ヶ月前に地上波でマトリックスを見た。思えばずいぶん昔に見たきり、再度3部作+アニマトリックスを見返したいなと思いつつ、視聴。相当な記憶違いというか美化がなされていたみたいだ。
 例えばマトリックスの有名なシーンでコマ送りになったりする戦闘描写があったけど、僕の記憶よりも迫力がないというかもっさりしていた。特に銃弾のスピードやらカメラの構図がスタイリッシュではない。いや、スタイリッシュだと記憶していたのはマトリックスがこの手の表現を大々的に行なった影響からかもしれない。その他、BGMも非常にシンプルで(=悪く言うと単調)、視覚イメージに比べて記憶に残っていないのもさもありなむ。
 しかもストーリーも思い違いをしており、てっきりネオ超人化→トリニティ蘇生→ネオ空を飛ぶまでが無印マトリックスなのかと思ってた。全然違う。ついでにWikipediaで調べたところ、3作目のストーリーに心当たりがないので、見たことないのだろうな。こんな感じで新たな発見だらけだった。

†ブレイドブレイカー(鈴木恭太郎、少年画報社)
 どう見ても「魔法教えました」の作者の人。たぶん土居坂崎先生とtenkla先生みたいな関係。この人の描くビー玉みたいな目は僕の好みだったりする。しかし鈴木先生は幼女+下着が大好きなんだな。
 この手の退魔師ものって主人公が異能力を持っていることで物語が始まり、また主人公の強さの秘密になっている場合が多い。例えば喰霊(←これこそまさに「なぜか変換できない」の見本)にしてもそう。で、実は物語中で主人公の異能力について全く説明されていないものよく見られたりする。いや、霊感がある程度だったらまだ良いのだが、さすがにブレイドブレイカークラスまでなると、じゃあその主人公の強さは設定上でどういった扱いになるの? という疑問が出てきてしまうのだ。事実、このマンガの主人公は「殺気が見える」という唯一無二の能力を持っているために素人のくせに色んな強敵と戦えたりする。今現在(2011年7月)2巻まで出てるけど、まだこの能力については語られていない。期待は高まるばかりだ。
 さて、実際の所、この「主人公の強さの秘密」ってのは作り手の中で結構な問題なんだろうなと思う。
普通の学生だった主人公だが、ある秘密を持っていた。ふとしたはずみで悪の組織と戦う羽目になり……
というのがテンプレだが、主人公を強くする必要性があると共に、それまで主人公が普通の人でいられた理由も考えねばならない。
 そこで偉大なる先人たちがとんでもないガジェットを編み出した。
 二次創作しか知らなかったりするコードギアスのルルーシュがその集大成と言える。彼が力に目覚め、過去と対峙するきっかけとなったのは、美少女である

 ある日ミステリアスな美少女と出会ったからボクに秘められた力を使えるようになりました!

 非常に説得力がある理由だ。十人中九人は美少女なら仕方がないと思えるだろう。少なくとも僕の中二魂は満場一致で賛成した。しかもこのガジェットはなぜ主人公に秘められた力があるのかすら説明できてしまう。なぜなら「ミステリアス」だから。ぶっちゃけ、理由なんて適当で良い。主人公は遺伝子操作で生み出された、実は有力な魔法使いの血を継いでいたetc。いや、理由があるだけましかもしれない。世の中にはヒロインが惚れたから主人公たらしめられている人もいる(諸星あたるとか)。
 美少女というガジェットを投入した時の問題点は、なぜこんなにかわいい女の子に主人公が惚れるのかという疑問だが、こんなものなどどうでも良い。口にする輩には男の夢を理解しない背徳者として火の中に投げ込んでしまえ。
 このミステリアスな美少女をそのまま使っているのがまどか☆マギカだ。ほむらが現れたから物語が始まり、ほむらによってまどかの強さが保証されている。しかもほむらは中盤まで正体を現さない。なぜほむらがまどかに執着するのか。その理由はほむらにとってまどかが大切な友人だったからだ。うん、隙がない展開だ。

 というか、平凡な人間をバトルに絡めるのって大変なんだろうなと思う。その努力の道筋を物語として見せる作品がスポコンものであり、平凡なままとりあえず物語を進めてしまうのがハリウッド系のアクション映画だと考えている。そして21世紀初頭のマンガやアニメ、ラノベ業界ではマクガフィンを「ミステリアスな美少女」に設定している。それだけのことなのだろう。ハルヒのキョンだってハルヒによって主人公の資格を得ているんだし。

 だからブレイドブレイカーの主人公だって何とでも設定付けられるかもね。最悪、「愛の力」と叫べば問題ないし。

2011年7月4日月曜日

ゴジラ(1984)

 僕は平成VSシリーズが好きなんだけど、怪獣対決に興味を持っているタイプの人間だった。だから1984版のゴジラは何となく自分向きじゃないと思い込んでいて見ていなかったんだけど、いやもうこれは、面白い。今まで見ていないのが悔やまれるくらいの出来だった。

 今作は平成VSシリーズの第一作目と位置づけられているが、中身はほとんど違う。次作のVSビオランテ、後のVSメカゴジラなどと比べても作り方が異なっているのだ。
 この作品の最大の特徴は超兵器&そのクルーが全くクローズアップされないこと。民間人の主人公と、何と首相周辺が物語を引っ張っていくのだ。しかも主人公は逃げまわる民間人の代表として活躍しているのみ。あ、一応ゴジラを三原山に誘導したけど、スーパーXが活躍できていれば必要なかったよね?、程度。こういう手法で作られた怪獣映画を初めて見た。確かに、1984版のゴジラは怪獣プロレスになってしまった昭和ゴジラをリセットし、再度「理不尽な恐怖」を表現する映画として優れていたと思う。
 僕自身は初代の「ゴジラ」を見たことないし、またその当時の空気を感じることも出来ない。全ては歴史として知っただけだ。そのため、平成VSシリーズとの相違点を挙げることで1984年ゴジラの感想を書く。

 1984版ゴジラが後のVSシリーズと比較してリアリティがあるのは直接個人がゴジラの驚異にさらされる質感だ。ゴジラの熱戦を浴びる自衛隊員。乗っている電車を襲うゴジラの手。逃げ惑う民衆のすぐ後ろを踏みつけるゴジラの足。しかも人間目線で足を描写するから巨大であることの恐怖が伝わる。VSシリーズの逃げる人々がある意味では怪獣上陸の記号でしたなかった事に比べて遥かに迫力がある映像だ。というか、後の作品の逃げる大衆に緊迫感がないというか、マラソン大会の映像にも使えそうなほど画面が綺麗なんだ。1984版のゴジラは人々は火事や建物崩壊の最中をバラバラに逃げ惑い、その背後にはゴジラの足が迫る。主人公ですら特権的な立場にいられず、崩れたビルから這々の体で逃げ惑うのだ。
 そしてもう1つの主人公として首相官邸がいる。今作は、もしもゴジラが現実に現れたら日本はどのような対応をするかをテーマとして掲げた作品であるため、非常に納得がいく作りである。逆に以降のVSシリーズでゴジラ対策が自衛隊→専門機関(Gフォース)へと専門化され、総理大臣の意思決定が見られなくなることが何というか怪獣プロレスへの一途を辿ってしまうのだなあと思う。
 で、その怪獣プロセス成分を巧妙に抜いた象徴が超兵器スーパーXの扱いである。どうもWikipediaを見ると1984年当時の技術で建造可能とほぼ公式で言われてたらしいけど、「超兵器」でいいよね。このスーパーX、さりげなく発進シーンが描かれていない。次作のスーパーX2やVSスペースゴジラのMOGERAなどはちゃんとドックから発信する映像が丁寧に描かれるのだがスーパーXだけはどこからともなく飛んできて威力の不明な武装でゴジラを攻撃する。そういや超兵器はそれがどれくらい強いのか説明とかされるのが流れだけど、スーパーXだけは「核分裂を制御するカドミウム弾」であっさりと表現されていたな。しかもクルーの名前すらわからない。やっぱスーパーXの保管場所などを描きはじめるとリアリティからの齟齬が生じるために外されたのだろうか。
 そして最後に何と今回のゴジラは原子力発電所強襲に成功する。その名も井浜原子力発電所(架空の原発)。思えば、VSビオランテでもVSデストロイアでもゴジラが活動する目的の1つは原発を襲い核物質を吸収することだった。ビオランテ以降の作品は人間側の知恵と努力によってそれが阻止されるものの、1984版ゴジラは劇中半ばで原発の炉心を取り出すことに成功する。以降の作品ならば原発に向かうゴジラを自衛隊と超兵器で迎え撃ち、原発防衛を全うするのだが、あいにくスーパーXは首都防衛のためのメカなので迎撃に出ない。結果、ゴジラは放射能を吸収し、エネルギーを補給する。このシーンでゴジラと鳥の帰巣本能の共通性が考え出されるのだ。

 このように怪獣映画のお約束とは一味も違う作品である。僕はかなり楽しめたというか、ほとんどの作品より面白いと個人的には思う(面白さの順番は、メカゴジラ>デストロイア>1984ゴジラ>他、かな)。「怪獣」の上陸に焦点を当てた作品として新たな原点となったと思う。これ以降、昭和ゴジラが封印した怪獣プロレス路線に再び舵が切られたのも原点である証明だと思う。

ゴジラVSスペースゴジラ

 んー、こんな作品だったかなあというのが感想。初めて見たのは小学生の頃だったけど、その時受けた印象とは全く違うなあ。当時は純粋なエンターテイメントとしてまさに楽しく見てたけど、今見たら詰め込みすぎの印象を受ける。いや、問題はそこじゃなくてスペースゴジラとゴジラが戦う理由が薄すぎるのか? それとも人間サイドの動機付けが不十分なのか? どこに不満があるのか自分でもよくわからないが単なる怪獣プロレスだから、エンターテイメント路線だからダメっという単純な問題ではない。

 この作品の人間サイドは結城晃のゴジラへの憎悪の克服と、マフィアとの攻防戦と、三枝未希の恋愛が主軸となっている。明らかに詰め込みすぎ。しかもこの内、マフィアとの攻防戦は特に必要ないシーンだった気がする。攻防戦により三枝未希のテレキネシスが目覚めるが、テレキネシス自体なくても良かったと……。より一層ファンタジーに拍車がかかってしまった要因だと思う。
 対して結城サイドのストーリーはなかなか見ごたえがあった。ビオランテと時間軸を共有することを示す権藤一佐の物語。スペースゴジラ打倒の指令が下っていたにも関わらずMOGERAをゴジラに向かわせる憎悪。それを克服し任務を果たす姿。まあ、スペースゴジラとの絡みはないというか、結城がMOGERAのクルーに選ばれなければ話が進まないため、結構強引に結城とスペースゴジラを絡ませてたと思う。宇宙怪獣という完全にスタンドアロンで設定されたスペースゴジラの弱点だよなあ、この動機付けの不足さは。メカゴジラにしてもキングギドラにしてもゴジラを倒すことが主人公の目的だったので話の進め方に違和感がなかったのだが、この作品はかなり無理をしてた感がある。
 で、最終的には恋とテレキネシスが出てきてしまう。映画が公開された1994年時点でテレキネシスという言葉でリアリティが薄れてしまっていたのだから今から見るときついなあ。しかも上に書いたとおり、なくても構わない要素だったのが一層不要さを際立たせているのだ。せっかくのT計画をもっと有効に活用できなかったかなあと思う。
 最後のシーンでリトルゴジラが放射能を吐いてしまうのもそれまでのVSシリーズとは相容れない感覚がある。僕としてはリトルゴジラが放射能を吐くのはアンハッピーエンドじゃないかと思うのだが、どうだろう。

 平成VSシリーズが好きな人はVSスペースゴジラを嫌う人がいるらしいが理由がわかった気がする。僕も他人に勧めるかと問われると、他の作品を選ぶ。映像が面白くないわけじゃないのだが、ストーリーが薄いのが最大の欠点である。

親の物語

http://d.hatena.ne.jp/REV/20110622
 ラノベに親が出ない(もしくは主人公の生活の糧以上の役割を果たさない)ってのはそれこそドクロちゃんや僕血から見られてた現象なのだが、わざわざ編集部が言及したってことは相当なんだろうな。

 でもラノベだから最近になって言われてるわけで、ラブコメマンガに注目すると昔から親が出てないと思う。
 例えば親の出るラブコメはうる星やつらが挙げられる。ついでにらんま1/2も。ああ、GS美神令子極楽大作戦も一応親が出てるな。サンデーしか出てないのは僕がそっちの人間だから。
 で、90年後半以降のラブコメはもう親が出ないこと出ないこと。飛び飛びでしか読んでないけど、いちご100%とかTo Loveるには親って出てたっけ。どこかで主人公のテンプレというネタを読んだけど、なぜか親が海外出張していることが条件になっている。つまりここ最近言われた現象ではなく、ずいぶん前から指摘されてて、ギャグにもなっているのだ。これが兄弟姉妹になると主人公と年齢が近いからか出演しやすくなるし、じいちゃんばあちゃんみたいに突き抜けた年齢になると……すぐには思いつかない。当然新たに作品を作る人は先達の内容を参照とするわけで、物語的に必要がなかったら親は出さんわな。特に学園生活のラブコメなんて親が現れたら萎えてしまったりするんだから。

 今勝手にラブコメマンガと書いて、ラノベの内容もラブコメとの関連があるみたいに書いたけど、最近のラノベは最低1人は可愛い女の子がいて、さらに恋愛が絡んでくるから勝手に想定してしまった。でもこれは僕の興味の対象を告白しただけに過ぎないかも。

最近の私

 ブログの更新が遅い。ネタはたまってるんだけど、それを公開するのを躊躇してしまう。別に見られて困ることを書いているわけじゃないんだけど。

†夢
 何回か書いたかもしれないが、僕の見る夢はかなり気持ち悪いものが多い。鬼に追いかけられてグログロな展開だったり、巨大な昆虫に襲われたり。多くは内容を覚えてないから目覚めると非常に嫌な感覚しか残ってないんだけど。

†「最‘恐?!’絶叫計画」感想
アマゾン先生へのリンク
 最終絶叫計画(Scary Movie)ってのもそろそろジャンル化しているようで、ウェイアンズ兄弟が関わっていなくても、さらにはScary Movieシリーズじゃなくても似たタイトル・作りの作品がある。レンタルビデオ屋に行けばScary Movieシリーズと無関係なんだけどカバーやタイトルが似てる作品が見つかったりする。二番煎じ作品群の多くはどうしようもない内容で、無印最終絶叫計画の持ってた勢いすらない駄作である。うん、「最‘恐?!’絶叫計画」もその例に漏れず立派に駄作になっている。

 この手の3流4流映画はひたすらお色気か歌か踊りを映画に配置することが基本らしい。そんなことをしたら映画がプロモーションビデオそのものになってしまいもったいない気がする、と思ってた時期もあった。そう思ってた僕は「駄作」と呼ばれる作品を見たことがなかったんだな。
 何でお色気と歌を過剰に詰め込んでしまうのかといえば、内容が酷いから視聴者に飽きさせない工夫がそれしかないからかもしれない。「最‘恐?!’絶叫計画」はとにかくストーリーが酷い。主人公サイドと怪人が戦うシーンも爽快感が全くないのは仕方がないとして(新手の実験映画と考えよう)、脱獄犯とか死んだ犬とかどう考えても伏線でしかないものがそのまま放置されてしまう。そもそもハロウィーンパーティーも伏線っぽいぞ、とかヒロインの1人である秘められた力を持ってそうな金髪さんが馬鹿のままストーリーが終わってしまうとか、デブで黒人でスケベなスーパーマン(コスプレ)という設定ならもっと色々キャラを転がせるだろうとか、それはもうもったいないと言うしかない。
 何度となく途中で見るのを止めようかと思ったけど、我慢できたのはお色気と歌の力。別に水準が高いわけじゃないけど、他の作業をしながら見ると意外とストーリーの悪さが目立たない。ぶっちゃけエロさというか下品さでも最終絶叫計画の水準には達してないのでそっち方面の要求には応えられないと思う。以上。

†ギララの逆襲/洞爺湖サミット危機一発
 素晴らしい。怪獣映画のパロディとはこのように作るのか。本作は政治風刺(と言ってもザ・ニュースペーパーが出たりする程度。悪ノリして視聴者が引いたりするレベルではない)を行うために怪獣という災害を設定した作品。2011年6月現在でリメイクするならやっぱ地震ネタになるのだろうか。アイドルのプロモーションビデオとしても優れていて、直前に見た映画が最‘恐?!’絶叫計画だから直截的でないシーンにかえって色気を感じてしまった。でも喜び組のコスプレは個人的に受け入れがたいものがあった……。
 音楽も伊福部怪獣メロディを彷彿とさせる感じで笑ってしまった。でも伊福部音楽って僕にとっては東宝のものだから、ギララが松竹って聞いてからは何か合わない気がするんだけどな。できれば空想自衛隊の超兵器と共に流して欲しかった。
 また、秘密神社のダンサーズが踊る微妙に古臭いけど現代風な曲が頭から離れない。この映画の中で最もインパクトの大きいシーンだろう。ちなみに宇宙怪獣ギララと戦うのが神社に奉らわれてる観音様? 明王? なんだけど、ウルトラマンとハヌマーンが共闘する映画をどこかで見たことがあるから意外性はなかったな。大映にも大魔神シリーズがあるし。エスニックな怪人は特撮映画に似合う気がする。

2011年6月21日火曜日

Tweet (Mon, Jun 20)

  • 22:00  残ってる奴は抜歯するために色々切ったり開けたりと大変な奴だからできれば気のせいであってほしいな
  • 21:59  歯が痛い。これは一昨日抜いた奴なのか、それともまだ残ってる方なのか、どっちだろう。
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2011年6月20日月曜日

Tweet (Sun, Jun 19)

  • 19:50  今日は歯を抜いてやる気でなかったから家で引きこもって大悪司してた。最近ゲームのラインナップが日本一ソフトウェア・エウシュリー・アリス・ポケモンに絞られてきたな
  • 18:17  しっかしなんで秋葉原にレゴの店がないのだろう。需要はある気がするんだけどなー
  • 17:46  さらに探してたら、たぶんデアゴスティーニの映画100選(絶版)ならラインアップに挙がっていると予想。でもねーわざわざ中古市場で探すのも面倒だし……。
  • 17:45  自分家の近くのビデオ屋では古いアート系のビデオというかD・V・D!が置かれてない。とりあえずiTunesで探したらUKストアに求めているのが存在した。日本じゃ手軽には見れないのか?
  • 10:41  それとミニフィグガチャのバラ売りってどっかで売ってるのかな
  • 10:41  レゴのミニフィグバラ売りってクリブリの他にどっかでやってるのだろうか
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2011年6月19日日曜日

ターミネーター2

 僕が学生だった頃、何となく世界が終わる気がしていた。子供の頃に読んだノストラダムス本の影響だったかもしれないし、紫の鏡とかの影響かもしれない。どちらにせよ何となくの終末的感覚が中学・高校の頃はあり、それが破られたのは2001年の同時多発テロを見てしまってからである。
 さて、それまでの終末的感覚はある意味で思春期特有のセカイ系の1つの現われだったのかもしれない。僕の勝手な想像だけどエヴァにハマった人って閉塞感を具体的に映像で表現してくれたことが理由の1つじゃないかな。さらにはシンジ君が彼ら視聴者の代弁として戦ってくれる。所詮は作り物の映像作品だけど、だからこそ変なリアリティがあったのだと思う。

 そう考えて思い返せば、僕にとってのエヴァはジェームズ・キャメロン監督のターミネーター2だったのかもしれない。
 この作品が公開されたのは1991年。1984年に公開された前作「ターミネーター」の続編としてであった。実は「ターミネーター」もかなり暗い内容(僕の主観)なのだが、ターミネーター2に至っては「審判の日」が具体的に映像化されているなど、さらに暗い内容となった(何度も言うが僕の感想。人によってはT1の方が暗いと感じるだろう)。この記事を書くために、Wikipediaで調べて、ターミネーター2が1991年の作品ということに驚いたよ。それこそ1984年とか、ソ連との冷戦真っ只中で核戦争が身近に感じられた時期だと思い込んでいた。それくらいの終末的な感覚が漂っており、僕の思春期に大きな影響を与えたことは間違いない。子供たちが遊ぶ平和な日常、それを一瞬で崩壊させる核の光、30億の人口が消え去り、昏い闇にビームの光が飛び交う中で機械に蹂躙される人類の未来。正直、オウム真理教による地下鉄サリン事件には僕が幼かったこともあってかあまり衝撃を受けなかったが、1つの理由としては「終末」のイメージからほど遠かったからかもしれない。地下鉄の中という日常の出来事だったサリン事件と明らかに非常事態な機械との戦争では違いすぎる。まあフィクションとの区別がつかない若者っぽいセリフだがオウムの頃は小さかったという言い訳をさせて頂く。

 で、この終末観なんだけど、Fallout3をプレイしたとき、ターミネーター的未来っぽいと感じたんだ。Fallout3は核戦争が起こり社会も都市も荒れ果てたアメリカを探検する物語であった。ちなみに僕は3D酔いがひどかったので序盤しか遊べてないから以下の感想は想像がかなり入っている。
 面白いことにアメリカってのは何か崩壊した自国ってのを執拗に描いている気がする。それは冷戦時代に核戦争の当事者となる恐怖を味わったせいなのか知らないが、Falloutシリーズもそうだ災害パニック物とか建造物の崩壊を俯瞰視点からでも登場人物視点からでもネチネチと描いている。それは日本の怪獣・特撮物が俯瞰視点からしかビルや町の崩壊を描いていないのとは対照的だ。壊れていく世界に対してエロスを感じてるのかなーと思ってしまうくらいだ。
 そんな自国の破壊にある種の憧れをもって描いているのがターミネーターの1つの面である。アメリカを豊かにした功績者である機械によって滅ぼされる美学。T1は明らかな機械VS人間であり、最終的にジョン・コナーを宿すという理由によって人間が勝利し(この機械に対する人間の勝利はさよなら銀河鉄道999アンドロメダ終着駅でも「永遠の命」として描かれている)、T2でも同じように人間と機械が対立する作りとなっている。
 サラが無意味にマッチョなんだよな。物語的には機械と戦うためとか理由を想像できるけど、殺戮機械であるT-1000との対比として「女戦士」という絵面はインパクトがあるものだ。そして「未来」を変えるために採った行動最終的には1技術者に対する否定と犠牲、サイバーダイン社で研究された技術の廃棄であった。
 テクノフォビアという言葉があるが今僕がターミネーター2を見ると技術だけでなく近代をも嫌っているような気もする。序盤のジョンの育ての家庭に対する崩壊っぷりと中盤のメキシコ革命軍(革命軍なのか?)の「家族」っぷりはこれでもかというほど正反対だ。
 サラが精神病院に収監されていたことも面白い。前作を見た視聴者はサラが真実を語っていることを知っているが、物語中の警察はそれが妄想と一蹴している。映画がメタ的な構造をしてるんだ。しかもサラ自身も情緒不安定で病人っぽくて、現実でこんな人がいたらそれこそ病院行きなんだなと思わせる姿。ストーリー的には「病気」と診断されたことが誤りで、しかも実は世界を救う戦士となってしまうんだけど、何となーく病気という近代システムを皮肉ってる気がするのは僕だけだろうか。

 このターミネーター2を見て気付いたのは、主人公側の登場人物は銃器を扱うとき、必ず弾薬を補充しているのだ。シュワちゃんが活躍する「ラストアクションヒーロー」で主人公は弾薬のリロードの概念はないと皮肉られていたが、それに対しての返答となっている。
 T-800やサラは弾幕を作っては弾丸の補充を繰り返す。序盤ではジョンにリロードをさせていたし、サイバーダイン社から脱出するときもT-800はガトリング砲を弾の限り撃ち尽くした。そしてそれが最大の山場となるのが溶鉱炉でサラがT-1000に対してショットガンで追い詰めたとき。あと一歩で弾切れとなり、その結果、映画史上に残る屈指のシーンと繋がる。僕は無知だから前例があるのかもしれないが、マンガとかで眼が光ることで不気味さや強さを表す表現ってもしかしてターミネーター2のこのシーンが一番最初じゃないの? マジでわからないから誰か教えて欲しい。普通に考えて目が光るなんて春風亭工房の人以外にはロボットしかありえないから……。
 そして勝利した後のT-800の選択とサムズアップ。これまで機械に対しての嫌悪感を滲ませていたが、人間との和解の可能性を示したラストシーンは感動的でもある。
 まあ、ジョンたちが頑張っても「審判の日」を免れることが出来なかったT3でせっかくの感動もぶち壊されるんだけどなw

 結局、僕の世紀末は2001年の同時多発テロで壊れてしまった。あれを「映画的」と表現した人がいるけど、僕にとっては実は逆で受験勉強してる最中に親が声を上げたので見てみたら飛行機がビルに突っ込む瞬間だった。その日はもちろん勉強どころではなかったが、確か翌日は学校にも行ったし、テロが特段に僕の人生に影響を与えてはいなかった。その日常への自然な侵攻がかえってリアルに思え、「終末的」に感じてしまったのだった。

Tweet (Sat, Jun 18)

  • 12:15  薬のんだし寝るか
  • 11:05  カロナールを飲む。ロキソニンとどっちが鎮痛効果が高いんだろう。お医者さんにはカロナールをもらったんだけど……。痛いよぅ……
  • 10:50  ああ、麻酔が切れてきた
  • 10:07  親知らずを抜いた。気分悪い
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2011年6月16日木曜日

Tweet (Wed, Jun 15)

  • 23:33  ではおやすみ
  • 23:01  使ってるフォントが多すぎて把握できないや
  • 21:10  まだ歯が痛いや
  • 21:10  つーかーれーたー
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2011年6月13日月曜日

Tweet (Sun, Jun 12)

  • 18:48  不思議なツイッター。"デザインリンクデータベース (@bot_dldb) が Twitter であなたをフォローしました!"……なぜ? デザインなんてほとんど話題にしてないのにwww
  • 12:34  特にフォントの種類によっては文字の幅やら何やらが同じサイズとは思えないほど変わるからなあ
  • 12:33  僕もフォントはフリーフォントだったり、サイズは最低13だったりするからブログ主の意図した表示にはなってないんだろうなー
  • 12:32  今ブログのデザインに手を加えてて思ったんだけど、ユーザーCSSとかブラウザ設定とかでフォント・文字色・背景色・サイズが変えられてしまうのだから真剣にデザインする必要ってないのかも……
  • 11:42  歯医者に行ってきた。歯を削られた。来週は歯を抜く。今週は地獄だ。
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2011年6月10日金曜日

Tweet (Thu, Jun 09)

  • 21:58  2011年4月26日(火)| NHKニュースウオッチ9 春ちゃん写真館 http://cgi2.nhk.or.jp/nw9/haruchan/photo/?entry=20110426_1 天気と全く関係ないであろうもの。NHKは本気だ。
  • 21:53  って春ちゃんのサイトは写真館まであるのか。NHKやるなあ。みんなも受信料を2倍3倍、いっそのこと256倍払って応援しようぜw
  • 21:51  世間はAKBの総選挙か。僕はすでに職場でそっちの人間だと認定されてるらしく、芸能・スポーツ系の話題は全く振られない。楽でいいやw 正直AKBよりも昨日のこの時間帯で見た生春ちゃん(http://www.nhk.or.jp/nw9/haruchan/index.html)が好きw
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2011年6月9日木曜日

コメント欄閉鎖します

 タイトル通りコメント欄閉鎖します。
 実は前から必要ないと思ってましたが、ブログデザインを変えるのが面倒だったのですよ。
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Tweet (Wed, Jun 08)

  • 22:40  @nagi3374 うむ、薙さんの強さだったらエキスよりもオーク材の方が高く付く予感w  [in reply to nagi3374]
  • 22:19  しっかし「ビッチ」という概念というか言葉はいつ生まれて広がったのだろう。最近の流行にはついていけんわい。 やっぱオタクの中で教養とか古典とか言い出す奴ってこんな感じで新しいものを追いかける感性がなくなった人が多いのかな。
  • 22:17  @hiro_1810 ただー  [in reply to hiro_1810]
  • 22:14  うむ、歯が痛いw
  • 22:14  今帰った
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2011年6月7日火曜日

Tweet (Mon, Jun 06)

  • 22:09  ランスクエストを予約した。モンスターメーカー……実物は知らんがボドゲ界隈でよく聞く名前だ。やっぱアリスはアナログゲームの素養があって作ってるのね。
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2011年6月6日月曜日

ランス・クエスト予約したよ

 先ほどアリスの最新作、ランス・クエストを予約した。
 正式ナンバーでは8作目(たぶん正史だよね)、再びRPGとしてかえりついたのだ。公式ブログより、ゲームの規模としては5D以上6未満。まー、6はゼス編ということもあってかなりボリュームもあったし(正史でしかも魔人が絡むからストーリーがヤバイくらい膨らむ)ある程度こじんまりした方が遊ぶ方も楽かなーと思ってしまう。どうせレベル限界制度があるだろうからRPGとして作業にならないのがありがたい。しっかし一時期のスランプから脱出できたようで本当に良かった良かった。このまま正史が完結しないかと思うと夜も眠れなく……。
 で、ついにヘルマン編かと思いきや、何とカラーの森。リセット登場キター! いや、鬼畜王ランスで出たキャラが正式に登場するのは何だか感慨深いものが……あれ? アリオスは? うう、やっぱ鬼畜王のアレは描かれないのか。
 しっかしどこかでランスは10までで終わるとか噂を聞いたけど、この分だとまだまだ続くよね? ランス・クエストにヘルマンは出ないだろうから、まだまだヘルマン編と魔人編、もしかするとAL教団編にブリティッシュ・月光・カオス・カフェ・ホラガ編が待ってるかもしれん。確か美樹が全く解決されてないから……。それから個人的にはラ・バスワルドを正史で出して欲しいし。
 気になるのがメディアワークスより出版されたランスコンプリートでランスの世界観が……そしてあのルドラサウムまでもが載ってしまっていること。これは期待して大丈夫ですよね!? まあアリスのことだから煽った挙句出さなかったとかありえそうで怖いが……。


 個人的な意見だけど、ランスシリーズはランスのキャラクターや鬼畜戦士というあだ名、明らかに馬鹿っぽいグラフィックに危険な匂いを感じたら購入しない方が良いと思う。時々ランスシリーズのターゲットからずれてそうな人がレビューと称して文句を言ってるけど、僕からしたら何を言ってるんだか……な気分になってしまう。「レベル神」「がはははは」「My Glorious days」「皇帝液」etc。ランスは昔からこんなセンスだったから。
 僕も鬼畜王以降に入ったファンだけど、昔からランスはこの頭の悪いキャラだったはずだしエロシーンはプレイヤー(2011年)のトレンドから見るととんでもない代物だった。ランスというキャラを楽しめるか楽しめないか、それだけがゲームの全てであり、波長が合うと楽しめるし合わないと地雷である。それは何となくラブラブシーンが増えまくったランス6以降でも基本は強姦がエロシーンの主体であったことから言える。……えーと、鬼畜王は今のランスが裸足で逃げるほど我侭でジャイアニズムに溢れてて鬼畜な奴で、そしてプレイヤーもそんなランスが横暴の限りを尽くすのを楽しんでいたのだ。鬼畜王ランスに大番長で言うキャラクリ(幸不幸チェック)がついていた程なのだから。だからこそ、創造主との戦いが番外編のゲームであったにも関わらずあそこまで神格化されてしまったのだ。あれほど気ままに生きていた男が最後の最後で世界を救ってしまった。基本的に鬼畜王のキャラは大なり小なり何か企んでそうな連中ばっかりで、しかも欠点もでかい奴らが多い。その中で本当の救世主となり、リーザス王位を放って新たな旅に出るランスはヒーローの姿ではあったもののアリスソフトが描きたいランスではなかったのだろう。
 折しもエロゲの標準が純愛とかに移っていく中でしかも鬼畜王ランスによって本来のランスとは別の性格がプレイヤーの心に残ってしまって色々苦労したんだろうなーと思われる。アリスオタとしては数年しか経ってないけど周辺情報から何となーく想像してしまった。
 何が言いたいかと言えば、鬼畜王ランスに比べてマイルドにはなったけど依然として行動原理は「がはははは」で表される奴だ。こいつを面白いと思えばランスを買うべきだし、少しでも自分に合わないと思えば買うべきでない。ランス6でも自分勝手に動いた挙句魔人のゼス侵攻の引き金を引いてしまい何万人もの人が殺された現況だ。でもこいつは「主人公」なのだ。僕は今の流行とは程遠いランスという物語が好きだから全力で買おうと思っている。


 ……あと、基本的にアリスソフトの作品って主人公やキャラクター、バカゲーのノリに付いていけない人は買うべきじゃないんじゃね? 悪乗りも結構あるしシリアス好きには受け入れられなさそう。あんなに作品があるのに東浩紀周辺に言及されたのがアトラクナクアだけってのが全て(ただしこの場合はそれで良かったけど)を物語ってると思う。

Tweet (Sun, Jun 05)

  • 22:02  そろそろ寝るか
  • 20:14  唐揚げ食うならもりっもり
  • 17:10  レゴ部品100万円分サンタさんが持ってきてくれねーかな
  • 15:04  時々夢を覚えてるとか色が付いてるとか、夢を見ながら夢だとわかってるとか、そんな人がいるけどどんな感覚なのか知りたいなあ
  • 15:03  昼寝してたら中途半端にリアルな夢をみた。でも覚えてない。
  • 09:33  さっき起きた
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2011年6月5日日曜日

映画感想4点

 映画好きの人とそうでない人を区別する一番簡単な方法は映画監督をチェックするか否かだと思う。ソースは自分。僕の周囲では普通に映画を観る人がそれなりにいたりするが、多くは俳優を見に日本映画を見る感じ。まあ、ストーリーを咀嚼してテーマを読み解いたり小道具に感銘を受けるなんてマニアな見方だから敬遠されるんだろうな。僕だってスピルバーグとジョージ・ルーカスくらいしか映画監督をチェックしていなかったし。
 そんな僕だが最近、映画好きの人のレビューを読む機会があり、ヴァーホーヴェンという監督を知った。なんとトータル・リコールやロボコップの人らしい。マジか。やっぱマンガでも映画でも小説でも、定期的にレビューサイトを巡って情報仕入れねばなあと思いつつヴァーホーヴェン監督の作品を借りる。

「スターシップ・トゥルーパーズ」
 うげ、この手のキツイ描写は得意じゃないんだ。ストーリー的には軍隊マンセー主義なものの、ところどころ入る軍隊的な価値観への皮肉が秀逸。ストーリーの表層は学校生活では落第生の主人公が軍隊に入ってかけがえのない仲間を得て人間的に成長し、また出世もし、最後に囚われのヒロインを助けて愛を手に入れるというもの。僕は暴力によって従わされた画一的な働き蟻を要求する組織が嫌いだからかなり批判的に見ており、軍事翼賛的とまでは言わないが、マッチョさが素直に描かれていると途中までは思っていた。
 でも歩兵達の不必要なまでの高揚、子供たちによる昆虫踏み潰し宣伝のイカレ具合を見る限り、反戦もしくはストレートな軍事翼賛に対するアンチ的な意味を持っているのだろうな。僕は今作が実質的なヴァーホーヴェン初体験だからどういう意味合いを持っているのか評価し辛いが、「善悪の彼岸に身を置く」との評判通り、軍隊翼賛と批判の両方の絵を撮って視聴者に考えさせるんだろうな。歩兵達の自分らは使い捨てという自棄っぱち感、戦艦操縦班のエリート主義、情報部の歩兵をただの駒としか扱っていない感覚、そして彼ら軍隊を軽蔑する市民とみんなを守る力という軍隊のお題目を信じる軍人たち全員に皮肉を入れている。
 ただ、歩兵達のヒロイズムはかっこいいと思う。「俺たちこそが地球を守るんだ」という気概がないとやっていけない状況から出た開き直りっぽいが。


「トータル・リコール」
 昔、小学生の頃、アーノルド・シュワルツェネッガー主演というだけで見た映画。その頃は今以上にストーリーをきちんと追わなきゃならないと思っていたので真剣にこの映画を見たよ。結果、意味不明な上に悪夢のような映像。軽く映画を観ることができなかった。
 この監督もヴァーホーヴェンだったらしい。しかも原作がP・K・ディック。ディックなら意味不明さは仕方がないなーと思いながら再度視聴。
 子供の頃気持ち悪いと思った映像ってのは意外と怖くはなかったことに気付く。シュワちゃんがおばさんに化けて顔が割れるってのが一番駄目だったけど、今見ると全くショッキングな映像じゃないや。
 ストーリーはわけわからないまま進んでいく。特に理解を妨げられることはない。これは僕の本とか映画とかの理解の仕方が大雑把になったのが原因かも。全体のストーリーや論旨が不明なら不明なりにその時その時のシーンだけを楽しむ癖がついてしまってるからストーリーに一貫した流れがなくても平気。ただしそれが災いして、見終わったり読み終わってから反芻しないので理解ができてるとは言いがたい。批評には向かないタイプだ。


「ゴジラVSガイガン」
 話は全く変わって、昭和ゴジラシリーズをついに見た。僕にとっては昭和シリーズに触れる初めての機会。幼い頃、ゴジラ大図鑑みたいなストーリーのダイジェストが載っている本を読んで色々想像が膨らんでたけど、果たして生で見るとどうなんだろう。
 →わ、キングギドラとガイガンが飛行するときに羽ばたいてないよ。何だかんだで平成版は技術が向上してたんだね、以上。別に面白くない訳ではないが、思い入れのない人間が見ても特段感じるものがなかったなあ。

「ゴジラVSヘドラ」
 昭和ゴジラ視聴第2段。昭和シリーズの中で異色作と噂されていて興味はあった。地球を返せの歌とか空飛ぶゴジラとかサイケな紙芝居とか前評判だけで相当色物っぽい。
 実際、内容自体も人間が溶解したりゴジラの腕が骨になったり主人公が途中で死んだりと子供向けにしては異様な出来だった。ヘドラの目を抉り出す姿は永久に語り継がれるだろうな。
 ところで、ヘドラってある意味ではゴジラの分身だよね。地球を汚染する核実験で誕生したゴジラに対し、水中汚染によるヘドロが合体して生まれたヘドラ。ヘドラとゴジラが戦う理由もいまいちよくわからなく、同族嫌悪と思うこともできる。さらにはヘドラが倒されてもう一体いるかも……と示唆して終わるのが初代ゴジラから採ったネタだと思う。
 映画の都合上人間側に立たねばならなかったゴジラだけど、本来の立場はラストシーンの人間を睨みつける存在だったのだ。

 さすがに週末で4作は疲れる。

Tweet (Sat, Jun 04)

  • 22:07  ターミネーター4なうw 偶然、今日、ターミネーター2を放送してるっぽい
  • 18:53  ってMって何だw ウルトラマンと間違ったのか。
  • 18:52  M800か……M1000なら即買だけど、今回はパスかな。M800軽すぎw
  • 18:51  RT @REVI: Pelikan ペリカン 万年筆 特別生産品 スーベレーンM800 ブルー・オ・ブルー http://htn.to/fgyB33
  • 18:29  ターミネーター3なう。やっぱターミネーター2はすごかった
  • 18:09  そういやそろそろコミケの季節か。UO本って出てたりするのかな
  • 17:39  ターミネーター2なう
  • 12:22  ターミネーターなう
  • 08:42  久しぶりにツイッターに入った。42,3日ぶりか
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2011年5月29日日曜日

世界の七不思議多言語版

Repos Production
人数:2~7人
時間:30分
デザイナー:A.Bauza
★★★ (3/3)
 シド・マイヤーのCivilizationがボードゲームになったことを聞き驚いた人も多いのではないだろうか。僕としてはcivはコンピュータゲームだからこそ複雑な内容と乱数の不運さを楽しめていたので、アナログ化されても人間が処理しきれるのか疑問があった。結局、civは6時間とか7時間かかる超大作となり、コンピュータゲームのように気軽に行えるものではなかった。
 だがこの世界の七不思議はボードゲーム版civに比べて相当簡略化しているはずだが、civシリーズを遊んでいる感覚になる。確かに資材を調達し、大遺産を建築するというコンセプトはcivそのものだが、そんな表面的な部分ではなく深いところがcivっぽいのだ。そう、気軽に遊べる感覚、もう1ターン我慢出来ない感覚、ゲームが終わっても次のゲームを始めてしまう感覚。ついつい遊びたくなる面白さがコンピュータcivにそっくりだ。ボードゲームもコンピュータゲームもお互いに良いところと悪いところがあり、単純に移植しても手を出し辛くなる好例である。

【遊び方】
 最終的な目的は勝利点を一番多く取ること。ただし勝利点の稼ぎ方が、1.金(ただし所持金の1/3換算)、2.大遺産の建造、3.戦争、4.勝利点カード、5.特殊カード(カードに書かれた目標通りにカードを集めて勝利点)、6.特殊資源(同じ種類/全種類のカードを集めることで勝利点)などに分かれている。
 全部で3ラウンドに別れ、1ラウンドごとに7回、アクションを行う。一番初めは各プレイヤーにカードを7枚ずつ配り、プレイヤーはそれぞれ1枚だけカードを選んで「アクション」をする。それが終わると、次は持っていたカードを次の人に回し、再び1枚選んでアクションを行う……。カードの取り方はいわゆるTCG界隈でのブードラと呼ばれる形式だ。7回アクションを行なったら、1ラウンド目が終わる。戦争を行い、勝敗を決めた後で次のカードを使用して2ラウンド目が始まる。
 アクションは、資源の購入や大遺産の建造、建物の建築、軍備拡張(ここまでの4項目はカードを得る処理)、お金稼ぎなど多岐に渡る。大遺産や建物は資源が必要なのだが、2ラウンド目以降の建物は極めて大量の資源を要する。というか、恐らく1ラウンド目は練習ということで必要な資源が少なく設定されている。
 資源を購入し(カードを出す)、建物や大遺産を作り、軍備も怠りなく用意し、勝利点を稼ぐ。これらをバランスよく行うことでトップの位置が見えてくるのだ。
 あ、ランダムに配られた大遺産(というか文明)によって大遺産の建造ボーナスや建造に必要な資源が変化するのもcivっぽいよね。

【感想】
 civが好きなら買うべき。僕が参加してるゲーム会は持ってる人がいるから僕は買わないけどw
 僕が遊んだときは4人でプレイしたが全員がほぼ初めてだった。結果的に各々が採った戦術は、優勝者が軍事寄りのバランス型(ただし特殊カード、特殊資源はなかった気がする)で55点程度、次の人がバランス型で50点前後、その次が勝利点カード重視で48点程度、最後に僕が特殊カード・特殊資源重視で46点だった。偶然かどうかはわからんが、極めてプレイヤー間で差がつかないゲームであった。むろん、この特性はゲームの面白さにつながってくる。
 ルール的にはブードラである上に、全てのカードが公開されている(正確には非公開にすることもできるが、その場合は大遺産完成のフラグとしてゲーム盤に置くか、もしくは換金するかしかできないためゲームには明らかな影響を及ぼさない)ため、1アクションごとに他プレイヤーの点数を計算することも可能。ただし面白くはなくなるが。
 この特性が生きるのは上座と下座を意識した時からだろう。このゲーム、上座の人は下座にとって有利なカードを捨てる必要がある。現在の状況がオープンになっている以上、少なくとも下座に勝たなければ勝利のチャンスが見えないので、たとえ自分にとって好ましいカードを得ることができなくても下座を邪魔する必要が出てくるのだ。ただし、下座の人は自分が邪魔されたかはわからない。この間接的なネチっこい嫌がらせが僕に合ってるんだ。いや、別に僕が嫌がらせ好きなのではなくて直接攻撃されるのが嫌なだけ。
 ゲームのテンポも早い。アクションが全員同時に処理されるので1人当たり7回×3ラウンドのアクションを行うにも関わらず40分で遊べる。このテンポが早いということは勝利点を稼ぎやすいということだが、アクションを手軽に行えるルールも充実している。資源を得て建物を作る系のカードゲームはサンファンがあるが、サンファンとの大きな違いはゲーム序盤でノーコストで出せるカード(資源・建物)が多いことと資源の価値が高いこと。お金さえ払えば他人の資源でも使うことができる点だろう。カードを破棄するだけでも下座の邪魔ができる上に、それによってお金が手に入る。次のアクションでは建物を建築できるという算段だ。どのような形であれ、ゲームに参加する感覚があるのでそれも含めて充実度が高いのではないかと思う。
 得点計算も非常にバランスが良い。このゲーム、1回のアクションで9点以上の点数をもらえるチャンスが数回しかない。3ラウンド目の戦争勝利(両隣に対して勝利5点×2人、さらに両隣の人が-1ずつ与えられることを考えると、ネットすると11点相当となる)、3ラウンド終了後の得点計算で特殊資源によるボーナス(3種類の特殊資源があり、それぞれ1種類ごとには枚数の二乗分の点数となり、1枚ずつでも良いから3種揃えば7点プラスされる。そのため、1種類だけだと3枚で9点。3種類では各1枚ずつで10点)、同じく得点計算時の特殊カードボーナスで運次第だが10点獲得のチャンスはある。つまり、一部の戦術に頼りきると他の部分で勝利点を逃す可能性がある。さらに言うなれば特殊資源も特殊カードも大量に持っている下座へヌケヌケと渡す上座は存在しない。そのためバランスよく点数を取る必要が出る。

 当初は密度が薄く感じたが、今となっては再び遊びたいゲームの1つだ。時間も短いし、あらゆる局面でバランスが考えられている。上座や下座の点数を計算できるようでいて、実際は思わぬ番狂わせがあるなどオープン情報を最大限に利用した形だ。
 ゲーム自体も文明を発展させているような感覚があり、civみたいなゲームが好きな人はハマると思う。次回は是非ともB面のロードス島で遊んでみたい。

補足:ゲーム盤にはA面とB面があって、B面は非常に尖ったデザインとなっている。文中に挙げたロードス島は、他の文明が3段階で大遺産を建造できる(=3回はカードを非公開にできる)のに対しロードス島は2段階しかない。しかも建造コストが高いので序盤は建造できないのだ。建造ボーナスもお金や軍備が手に入るという中盤以降は微妙な性能。要素だけ捉えれば強そうなのだがゲームを総合的に勘案すると恐らく最弱文明の1つ。盤面を見た瞬間に全員からネタ扱いされた。だからこそロマンがあるんだよ。

Grand Cru

eggertspiele
人数:2~5人
時間:90分
デザイナー:Ulrich Blum
★★★ (3/3)
 事業を行う上で借金(借入金)は必須である。事業全てを自分自身(資本)で賄うことは通常選択されない。なぜなら、例えば製造業であれば機械装置や建物・土地が必要となるが、それらを株などで集めようとすると莫大な手間がかかるからだ。それに比べたら、たとえ毎年利息を払うとしても借金に頼るほうが簡単なのだ。
 ボードゲーム・PCゲーム問わず、この手のリソースマネージメント系で借金について深く考えているゲームはあまりない。多くは一時しのぎの金額であり、いつか、多くはゲーム中盤では借金を返すのがデザインの基本になっていると思う(断言できるほどの数を遊んではいないが、あえて言ってみる)。
 それに対し、このグラン・クリュはワイン農園を経営するリソースマネージメントで見事なまでに借金に対して意味を与えている。利息が返せるうちは新たに借金を行おうが、逆に借金を返そうが、利息だけ払い続けようが構わない。借金が影響を与えるのは最後の得点計算だけである。

【遊び方】
 1ターンは4ラウンド以上で構成される。1ラウンドごとにプレイヤーのアクションが1回ずつ行われる。
 各アクションは、5種類のぶどうタイル+特殊タイルの内1つの競りにエントリーをすること、競りに勝ちタイルをもらいぶどうを実らせること、実ったぶどうを1つ収穫すること、ワインを販売すること、売却価格をつり上げること、特殊タイルを使用することのどれかである。
 4ラウンド以降、1人のプレイヤーが実ったぶどう全てを収穫したラウンドでターンが終わり、収支フェイズとなる。
 各プレイヤーは名声を持ち、ワインの売却数に応じて名声を受け取る。この名声を消費することで先着順でお金を得たり、ワインの価格を上げたりと色々できる。
 最後に、利息の返済が待っている。ゲームを始める際には必ず借金をしなければならない。資本が全くないのだ。そして借金額に応じて利息も上がっていく。ワインによっては対応するぶどうを収穫後、4年(4ターン)経たないと売ることができない品種も存在し、それまでの利息をどうするかが勝負となる。それが、追加借金の存在だ。とりあえず新たに借金をしてでも利息を返せている内はゲームが続く。借金の限度額があり、それを超える借金(=利息が返せない)をしなければならなくなったプレイヤーは自動的に敗退。そこでゲームが終わる。逆に借金を返すこともでき、誰かが借金を全返済した時点でもゲームが終わる。
 点数計算は手持ちの現金+タイル売却額-借金。借金を全て返せても、限界まで借金を行い大量の現金を持っているプレイヤーに勝てないこともある。

【感想】
 僕が参加したゲームでは見事に戦略が分かれた。僕入れて4人。1人は収穫してから4年(4ターン)経たないと売ることができない品種を3タイルほど購入していた、もう1人は2種のぶどうを1タイルずつ、しかし1ターンで1回だけ収穫したら2倍になる特殊タイルとワインを2個売却できる特殊タイルを持っていた。結果、3個のぶどうを収穫して全て売却するのに合計4ラウンドで行う恐ろしい農園が誕生した。残りの1人と僕はバランス型。僕は収穫して1年2年3年かかるものをそれぞれ1種ずつ、そして1回で2種類のぶどうを収穫できる特殊タイルを所持していた。ただしぶどうを収穫してワインを売却するのに5ラウンドかかる。もう1人のバランス型は4年ぶどう2タイルと1年ぶどう1タイルを特殊タイル盛りだくさんで回していた。
 ゲームは4ラウンド農園を創り上げた方の勝ち。借金を全て返済された挙句に42金も資産を持っていた。圧勝。
 僕は借金と資産が全て相殺され手持ちが0金に。これでも2位。残りの2人は、途中から4年ぶどうが回り始めたが、同時に借金額が相当あり、マイナスとなった。

 このゲームはより1ターンを早めに終わらせられる人がゲームを握ると感じた。タイルの引きというか競りの運にもよるが(競りには即決ありなので)、より少ないタイルでより高額なワインをより高値でより数多くより手順を少なく売る人が勝てる。もっとも、利息と借金元本の返済を耐えられることが条件だが。
 実はぶどうには0年ぶどう(収穫したターンで売却できる)が存在するが、手順がせわしなく割に売値が低すぎる。かと言って4年ぶどうだと4ターン利息支払に耐えるのがきつすぎると思う。それだけ追加借金をすることとなり、利息も増えてしまう。1年~3年までのぶどうを植えるのが良いと思う。また、利息と借金の限界点は5借金まで。1借金あたり7金になるが、5借金で利息は7金。それ以降、借金が1増えると利息も1増える。5借金から3借金追加すると21金もらえるが、利息は10金になる。つまり1ターンでの収入はあるものの、2・3ターン以上の視点で見ると極めて振りになるという。
 このゲームが優れているのはここだな。借金は必要だ。しかし計画立てて必要最低限にしないと結局は利子の分損をする羽目になる。現実世界における個人での借金も恐らくは同じだろう(借金はクレジットカードしかしたことないからわからんw)。

 同時にこのゲームの借金という概念は個人経営のものしか想定していないことも顕にしてしまっている。このゲームにおけるぶどうって安いんだよ。それこそ1金で買えたりするくらいに。高くても7金。頑張れば4年ぶどう酒を売ることで賄えるくらいだ。一方で通常の企業(と言っても僕が知っているのは重長高大的な製造業だが)って投資(例えばぶどうを買うこと)に大量のお金がかかる。だから借金がお金を融通する1つの手段になっているわけで。
 製造業にとって悩ましい問題は、借金をすると利子がもったいないけど、借金をしなかったら投資ができないことだ。グラン・クリュだったら、ぶどうが最低21金する状況を思い浮かべたらわかりやすいだろう。その分利息を下げないとゲームバランスが死ぬけどw

 個人単位での経営ゲームとしてはよく出来ていると思う。一番手が多少有利すぎる感じがあるが、細かい話だ。自転車操業をする経営者の気分が感じられて勉強になった。僕は絶対に起業とか責任ある立場にはなれないし、目指したくない種類の人間だとわかった。
 で、先にも述べたように投資にかかる最低価格が異常に値上がり、そして利息がかなり安くなった上級ルールを作ってみてはどうだろう、Ulrich Blumさん。こうすると工業系メーカーのシムっぽくなるとおもうよ。

2011年5月22日日曜日

【エロゲ】大帝国ver1.01(アリスソフト、2011)真エンディング到達

 この文章はver1.01でのものである。ver1.02は不満点の多くが改良されている
 前回、詰んだので新たにゲームを開始。ついでに攻略wikiも解禁。28ターンにもなって未だ中帝国しか滅ぼせていないのは遅すぎるだろ、遅刻しちゃうぞと思っていたが、あれ? 「大帝国」はターン制限ないのか。げ、キャラクリの持ち越しがないのか。こりゃきついな。うーん、システム周りで優秀だった大番長と比べてかなり劣化(嫌いな言葉だが)したな。周回プレイする際の攻略を楽にするためにキャラクリは引き継いで欲しかったのだが。ちなみにキャラクリとはイベントによるキャラクター強化のこと。とりあえず30ターンでハワイ攻略ってのは通常の攻略速度っぽい。
 米国戦序盤までは内容も分かっているので魚市場を建設しまくり艦船(つーか魚)をゲット。マニラ2000とかマレーの虎とかで資源300級なんだから序盤の北京や南京で採掘場や研究所を建てるのはもったいなさ過ぎる。序盤は特に有用な艦船が足りない上に治安に8ターンかかるから。中盤以降も資源が300とかない限りは採掘場も研究所も建てなかった。この場合は内乱やら災害が起きるととたんに収入が減るのが難点。カレー屋も意外と使える気がする。1件しかカレー屋を持っていないが、ゲーム後半は運がよければ20000の臨時収入が入ったりと便利な事この上ない。イベントの発生運に左右されるけど。神社とか遺跡とかはアリス屋はキャライベントに必要だから建てる程度だな。

 しっかしこのゲーム、本当に提督の維持コストも艦船の維持コストもかからないのか……。まあ、その代わりに仲間にできる提督の上限がシステム側で決まってしまっているが。しかも排他イベントを除けばターン制限がないので立ち回り次第でほとんどのキャラを仲間&キャライベント閲覧できそうね。さらには星域間の移動速度を上げる建物もない。それから戦闘するなら絶対に勝てないとゲームオーバーになるのか……。全滅覚悟でモブキャラ突っ込ませることにより敵を疲弊させる戦術が取れないなあ。大番長では使えたはずなんだけど何で変えちゃったんだろ。
 ここらに上げたように、今まで(特に大番長)に比べてシステムの変更が大きすぎる。維持コストなしとかキャラクターを配置しなくても収入が入るとか、大番長よりもキャライベント条件が簡単だとか(大番長は特定のキャラを同じ地域に配置しないとイベントが起きないとかざらだった。難しすぎ)一見全体的には難易度が下がったように見えるが、部分部分は実は難しくなったんじゃないかな。提督の移動が原則2星域なのでゲームが進み領土が広がるほど侵攻と防衛がきつくなるんだよな。
 何で僕がグズグズとネガティブに書いてるかと言うと、前作までできていて今作できなくなった点が多すぎるんだ。それもコンセプト的にできなくするべきだとは思えないものまで。大悪司→大番長で娼館が作れなくなったけど、それは大番長が純(でもないけど)愛だからっていう理由で納得できた。世界観的にも暗く昭和の香りがする大悪司だったから娼館というシステムが光っていたのだと思う。大帝国では提督が仲間になる方法は敵の全滅→キャライベントだったりキャライベントの発生が容易だったりと全体的にルールが簡略化された。これは良いと思う。大番長みたいなのだといつまでたってもキャライベントが起こらない。でも戦闘周りのシステムは、他の戦略ゲームに比べるとなぜかできないことが多い。

 さて、ストーリー的には、真エンディング(Confleet)を見た。真エンディング用キャラのフラグを立てたのでそこから関連のエンディング全部見ようかなーと思ったらいつの間にかver1.02パッチが出たのでこのゲームはこれだけにする。ver1.02が面白そうだから残りのエンディングはver1.02入れてから遊ぼう。
 感想だけど、目茶苦茶SFしてるなあという印象を受けた。まさに宇宙の謎を解き明かすシナリオ。柴神様や宇宙怪獣の存在理由など伏線を無理なく回収しててシナリオが進むのを楽しみにしてた。まさかカテーリンの設定が物語の根幹に関わるなんて誰が思いついただろう。イベント量からして、てっきりカテーリン系はさらっと流すんだと思ってたよ。欲を言えば、ラスボスの存在をもっと早いうちから知らせて欲しいと思ったけど、一方で余り詳しく書けないのに思わせぶりにターンの最後でグダグダされても困るとも考える。この思わせぶりにターンの最後に~ってのが大番長でのラスボスの描写だったのだが、プレイヤーとしてラスボスと戦うのが本当にラストであり、最終的にはグダグダになった印象を受けた(大悪司はウイミィが敵の1つだったから序盤から延々と描写できたのだ)。そう考えるとラスボスが出るのは真エンディングのみ、しかも怒涛の展開にした今作の方がプレイヤーとしては楽しめたな。よく考えれば鬼畜王ランスもこのやり方だったよね。
 それとは別に、今作で驚いたのは真エンディングに達してもメインヒロインがいないことだ。いるっちゃいるが、描写が大悪司・大番長に比べて地味だと思う。恐らく、これって主人公が軽い上に淡白だからかなーと考えている。まるで油性マジックのようにテキストからして強烈なランスと比べると東郷は薄い。ゲーム中ではそんなことはないが、何となく普通の恋愛ADVの流され系主人公を連想してしまった。思えばハワイの神になったりするのも、宇垣提督を改造するのも全て周囲が勝手にやったことだから余計にそう思えるのかもね。僕としては東郷に振り回される秋山の方が印象に残ったし。
 あ、そうか、何か引っかかってたんだけど、東郷の行動パターンってうる星やつらの面堂終太郎に似てるんだ。浮気っぽさは諸星あたるだけど、行動原理の不明さは面倒っぽい。僕の慣れ親しんでいたアリス系主人公とは何か違うから変だ変だと思ってけど、そう考えると東郷の軽さも秋山の地味な印象深さも納得出来た。

2011年5月7日土曜日

【エロゲ】大帝国(アリスソフト、2011)ファーストインプレッション

 アリスソフトの大作、大帝国をついに始めたぜ。しばらくは他の作業が滞るかも……。

 今回の舞台は宇宙。艦隊戦だ。史実に近いルート(三国同盟締結、日ソ不可侵条約締結、日本VS米英開戦)で27ターンまで進めた。中国領土、オセアニア諸島を植民地にしたものの、ハワイに手を出せずしかも宇宙イナゴに艦隊をボロボロにされて心が折れたところだが、まだ攻略wikiには頼らない不屈の闘志で以て立ち向かっている。

 「大帝国」が今までの大〇〇と違う点を挙げると、
1.主人公サイドのキャラが爽やかにかっこ良くなりすぎ
2.戦闘で負けても(HPが0になっても)提督(戦闘キャラ)は死なない
3.キャラクターの維持コストがかからなくなった
4.攻撃がアクションポイント制ではなくなり、必中になり、しかも「素早さ」制になった
5.声優名がオープンになったりラジオを放送したりと王道の作品になった
6.ヒロイン然としたキャラがいない
が目立っている。
 1番は何か悲しいな。大悪司の娼館を作れる混沌が好きだたのでひたすらイケメンになり続ける主人公は僕の求めてたのと違う。まあ、13歳と設定されてた岳画殺(大悪司のヒロイン)のヒロインルートのみグラフィックは同じで18歳に表記を変えてエロシーンを出す腹黒さは今の時代には合わないのか。キャラ絵からして大悪司(そしてその前身となった鬼畜王ランス)は男も女も隙あれば寝首を掻かれそうなイヤラシイ感じだったのだが。
 2番。今までの作品である大悪司・大番長は戦闘でキャラクターのHPが0になると即死んだ。そのキャラが絡むイベントも以降は発生せず、フラグ設定が複雑だとして有名であった。今作はキャラクター=提督として、戦艦同士が戦う形になっており、負けようが何しようがキャラクターは死なないのだ。しかも後に述べるがキャラクターの維持コストすらかからないので汎用提督を増やし放題。負けても次のターンにはHPが多少残った形で復活し、しかも戦闘力はHPに関わらず一定。つまり雑魚戦艦を1個持った汎用提督を壁役にできるということですな。というかそれ前提でバランスが調整されてるっぽい。
 HP回復するためには補給基地を建設するか、日本に帰るかの2拓だし、ガメリカ帝国戦以降は敵の方が行動順もHPも攻撃力も高い。汎用提督を囮にしてその隙にネームドキャラで叩けということか。
 3番。ガメリカ戦でハワイ攻略直前の段階ではキャラクターの維持コストは存在しない模様。まあ、「大帝国」は艦船の製造・開発がメインの要素なので無闇にパラメータを増やすのはシンプル・イズ・ベストを追求するアリスソフトには似合わないかも。
 4番。これも非常に大きい変更。大悪司や大番長はキャラクターごとにHP・攻撃力・命中率(回避率)が設定されていた。HPの低いキャラでも命中率が高ければ赤ザクのごとき回避が可能であったが「大帝国」は全ての攻撃が必中になる。。さらに攻撃順番は、原則として遠距離→中距離→近距離で処理され、同じ距離なら攻撃を仕掛けた側が先だったが、「大帝国」は索敵という素早さに当たるパラメータが導入され、索敵が高いほど同じ距離での行動が早くなる。単にHPと攻撃力の管理だけしていれば良い訳ではないということか。
 また、今までは攻撃にはアクションポイントを消費していたが、「大帝国」は行動が無制限になった。それに伴い必殺技も消え、戦闘局面を打開する最後の手段がなくなった。
 上記変更の結果、まるで詰将棋のようなお互いのパラメータさえ見れば戦闘結果がわかる仕組みになった。個人的には大番長の戦闘バランスが好きだったので残念だけど、艦隊戦というコンセプト的には仕方がないかもしれない。大番長での久那妓や狼牙みたいに遠距離攻撃を回避しつつ、威力の高い中近距離攻撃で敵を殲滅する戦い方は戦艦には似合わないもの。
 5番。どこかでアリスのスタッフが声優を全面に出したくないとか発言してた気がするけど……。事実、アリスソフトが声優を導入したのはエロゲー業界でもかなり遅めだった。資金もあり、アニメ化もされており声優の需要はあるはずなのになぜか声優を使っていなかった。大番長では声が付いていたのにも関わらず、声優名が公式では公開されていなかったのだ。今みたいに主題歌・声優も付き、ラジオも作り、一般ゲーム・一般アニメにも進出できるほどの「王道」な作りになったのはぱすチャコンティニューからだと感じる。……と公式サイトを見てて知った。ぱすチャコンティニュー、PSPに移植されるのか。
 6番。大悪司では岳画殺や元子、大番長は久那妓や扇奈などのようにゲーム序盤から行動を共にし、エンディングというかルートに影響を与えるヒロイン級のキャラがいなくなった。

 これくらいが重要な変更。声優もゲームバランスも含めて今の流行を取り入れられた大〇〇シリーズであり、このフットワークの軽さがアリスソフトの底力なのだと思う。つーか確か2010年冬あたりに作り直し宣言してて、それから4ヶ月程度でこの完成度なのも恐ろしい。
 また、外見は変わったものの、中身はいつものアリスソフトで、ハニー/惑星ジャイアン/ムッチリーニ総統/ア・バオア重慶などネタ方面には事欠かない。さらに宇宙怪獣やその他クリーチャーはさすがランスシリーズを作ったRPGメーカーだと思わされる出来。エロゲーに抵抗ない人なら買うべきだとクリア前から主張してみる。
 ただ、それなりに難易度が高いので慣れてない人は初回は捨てる気持ちでやってみたらいいんじゃないかな。あ、攻略サイトはこっちだよ。

2011年5月4日水曜日

【UO】ザ・家

 フェルッカだけどマジンシアの抽選に当たったから引越ししてしまった。


 ガード圏内ってことに驚く。場所としては、ゲートも近くて目の前が海であるSW-3(http://loc.to/uo/?IZMF51o56S162o12E。メガストア様に感謝!)。今後のマジンシア島拡張により目の前に何もできなければ一生被りのない好立地だ。同じくマジンシア島にはFirewoodさんがいるしフェルッカだけど活気が出ればいいなと思う。


 前からやってみたかったベンダーも設置。売り物は大工・細工・弓工・石工の修理券と錬成元武具、楽器や酸ロープなど。商品の補充でいっぱいいっぱいにならないようにベンダー1人だけにしておく。ついでにあまり売れすぎないように相場より高めの価格を付けている。でも中には原価割れの商品もあるけど……。


 外見は完全な豆腐ハウス。色も清々しいほど真っ白で逆に上品な感じがする。ぶっちゃけフェルッカでパブリックな家にしようとすると直方体にしないと床面積とセキュリティの両立ができないと思う。何だかんだで二重壁作りたいし。スタチュー博物館はちゃんと1階で開催。ついでに簡易ルーンステーションの役割も持たせている。


 そして1階の一番上の角にあるテレポーターから4階へ行ける。もちろん誰でも使える。4階は空きスペース。一般開放のPITでも作ろうかと思ってたけど、ガード圏内のマジンシアで対人する奴なんざ、いないよね。冬は一面に滑る氷のカケラを敷き詰めてスケートリンクに改造する予定。

 2階と3階は生活空間。家を作る前はわざわざ2階に上がるの面倒……とか思ってたけど、実際にやってみたら意外とそんなことはなかった。ちゃんとドアはフレンド以上に設定してるから安全安心。3階は黄包帯製造工場。見せないけど。
 2階のベランダにはホリデーツリーが飾られている。木が枯れてしまうフェルッカの地で青々と葉っぱを実らせている数少ない木だ。バナーとかも飾りたいな。

 以上、Automobiles Ltd.をよろしく。

2011年5月3日火曜日

理想のPC環境を求めて(2011/May/3)

 世間はゴールデン休みなのでこれを機会にデスクトップの整理を行った。理想はデスクトップに何も置かない環境。もちろんそれが不可能なのは分かっているから、出来る限りデスクトップを整理してみる。
 僕の場合、会社のPC(フリーソフトのインストールは原則禁止だけど、みんな密かに入れてる模様)との互換性を保つためにウインドウズの機能でできるカスタマイズを行っていた。でもそろそろ無理が出てきたな。
 会社のPCは色々な作業を行う関係でデスクトップに物が散乱する状況から逃れられなかった。一応頑張って使用頻度の高いソフトやファイルは、デスクトップにフォルダを作りショートカットとして全て放り込んだのだが……努力は認めようレベル。こりゃ性能の悪いPCでも使えるファイラーやランチャーを見つけるしかないなと思った次第。

 かつてはファイラーはまめFile、デスクトップ整理にPittoresque table、ランチャーとしてRocket Dockを使っていた。見栄えもするし便利であった。特にRocket DockはMac風のDockを設定できることもあり、そのスタイリッシュ性に惚れていた。UOにしてもMSオフィスにしてもRocket Dock分のスペースを開けてデザインを行っていた。ただ1点、どれも多少重いという欠点はあった。特にまめFileは起動に時間がかかる。さらにあまり使用していないが内容の多いフォルダを開こうとすると挙動が不安定になった。まあ、まめFile自体、機能が多いけれどその分重いだの言われていて、PCの性能とは別にそろそろ他のソフトを見つけなければストレスが貯まる頃ではあった。

 で、現在はファイラーにX-Finder、ランチャーはRocket Dockとbluewindを併用している。Rocket Dockは使用頻度の低い物or一時的に使用するためにbluewindを汚したくないものを入れている。それに対しbluewindは名前を覚えているソフトやファイル(=使用頻度が極めて高い重要なもの)を登録することで使い分けを達成した。本来はDock形式で無限にアイコンを登録できるランチャーが欲しかったが、探しきれず。変なボタン型あるいはツリー型のランチャーは場所を取る上にキーボードのみで操作できないのでNG。bluewindはCtrl+Winキーで表示するよう設定してあるため非常に使いやすい。
 X-Finderも機能の多さに比べて意外と軽い。個人的にはファイラーには簡易プレビューとタブor2画面表示、そして新規項目への強調表示と各拡張子を起動したときの関連付け性能のみを求めているが、X-Finderはまあまあ僕の要求を満たしている。
 なによりもX-Finderもbluewindも外見が派手じゃないので会社のPCにインストしやすいのがメリット。エクセル7つ開いた状態でワード打ちたいと思ったときに一括最小化キーを押さなくて済むのだ。
 さらに僕の道は続く。コピー機能もFire File Copyに置き換える。XP時代に使っていたのだが、VISTAにしてからパソコンの性能が上がったので(ゲーマー向けハイエンドだしw)導入する機会がなかった。ウインドウズ標準のコピー機能よりHDDにやさしそうなのでこちらを選択。あ、似たソフトでFast Copyがあるよ。
 そして画像管理ソフトはPicasaをクビにしてIrfanview。Vixが……VISTAじゃ使えないなんて……。VISTAダメな子。
 最期にJTrimをレタッチソフトの主力として迎え入れて終了。ふう、疲れたぜ。まさかbluewindの設定に手間取るとは思わなかった。

 ちなみにどうでも良い話だがアリスソフトの大帝国を買った。ダウンロード販売で。いつか遊ぼう。

2011年4月29日金曜日

小学生と怪談と

 僕は非常に怖がりなんだけど、その癖怪談とか奇妙な話とかが好きだった。怖いもの見たさを地で行く感じだ。怖いけど見たり聞いたりする→夜眠れない→絶対に怖いものに近づかないと決心するもやっぱり怖い本を読む……の繰り返しであった。小学校低学年の時に図書館で霊界・地獄についての解説本を読んだっけ。今から思うとあれは絶対に八幡書店の本に違いない。っていうか、僕の親も子どもにこんなの読ませるなよw
 そんな僕だったが、友達と怪談や怖い噂話をしたことはほとんどなかった。小学生の頃はコミュ力がそれなりにあったので怪談ができない関係ではなかったはず……。どちらかと言えば、その学校も住宅地も新しかったので怪談が出来るほど時間が経ってなかったのかもしれない。
 だから友達と怪談めいたことを初めてにして唯一話したあの時のことは今でも憶えている。

ドクターがやってくる
と友達に言われた。前後の文脈が全く覚えていない。どんな話の流れだったか忘れたが、このセリフだけは頭に残っている。小学校低学年でドクターという言葉を使いたいだけだったのかもしれない。ドクターがやってきて、一体何をされるのかもわからない。1人で学校に残っている時を狙われるのか、それとも放課後友達と遊んでいると現れるのか。
 僕の住んでいた住宅地は歴史が浅い上に学校の周りを家が取り囲んでいるような造形だったため、通学途中で怪しい人にさらわれることが想像つかなかった。一番遠い家から学校まで歩いても30分(今、グーグルアースで軽く見たところ、余裕を持たせて住宅地の縁から測っても1kmあるかないかだった)。一番近い家からは夜でも校庭が見えたりするので怪談が作られにくかった。
 でだ。今から考えるとドクター云々の話は出来の悪い作り話に過ぎない。しかし当時の僕達は言いだしっぺも含めて本気で怖がっているふりをした。少なくとも僕はかなり本気だった。「やってくる」だけで終わるのが怖いというか気持ち悪かったんだ。怪談話の耳が肥えた僕にとっては変な人に連れ去られるよりも、何をしているのかわからないけど「ドクター」が来るだけの方が十分怖かった。
 しかし元の文に情報がほとんどないため、僕達のドクター話も長くは続かない。噂しあって1週間後は飽きてしまい、口に昇ることもなかった。ドクターがやってくるお話は当然僕達の代で途切れた。
 それから数年間、卒業するまで怪談めいた話を聞いたことがない。霊が憑くほど古くない校舎は恐怖を生む余地すらないほどきれいだった。


 もう1つ、これも怪談じゃないんだけど怖い話を聞いたことがある。住宅地に引っ越した当時、探検ついでに周囲の田んぼを親と共に散歩したりドライブしたりしていた。最寄りのコンビニが車で15分しないとなかったため、家の周りに何があるのかを把握することは重要だった。
 ある日、隣町近くの田んぼを歩いていたときのことだ。確か晴れた初夏で、父親と一緒だった。丘の近くだった。
 疲れたからどこか日陰でひと休みしようかと父親が提案し、小屋を見つけた。丘に建っており、涼しそうだった。よく見るとドアらしきものがなかったため、これ幸いと2人で小屋の中に入った。家みたいな佇まいじゃなかったので軽い気持ちだったようだ。
 中にあったのは仮面。マスクではなくて仮面が奉られていた。それも祭りに使うようなものじゃなくて、表には出ないものの何十年もその地域で伝えられた儀式に使いそうな、そんな仮面が大切に供えられていたらしい。
 実は僕は全く覚えていない。どう考えても小さい子供を小屋の外に残すわけはないので、僕も仮面を見ているはずだが、全く覚えていない。高校生くらいになって親から思い出として語られたのだ。そんな冗談を言うような人ではないので、本当にあったことだと今でも思っている。
 さて、小屋の中に入った父親は、暗闇に目が慣れるにつれ、その仮面を見つけてしまった。ダラダラ流れていた汗が一瞬で引いたと語っている。急いで僕の手を握り、小屋を出て、帰宅を急いだそうだ。地方は別だが、やはり田舎出身の父親は尋常でないものを感じたのだろうか。むしろ現代の関東地方で未だにこんなことをやっているのかとの驚きのほうが大きかったらしい。
 その後父親は絶対に田んぼ周辺の散歩に行かなかった。ごくたまにテレビで古い民族用品が出たときにポツポツと話すのみだ。
 小学生の僕はその仮面のことを話さなかった。今だからこそ仮面の話を気持ち悪いと思えるが、当時は何とも感じなかったのかもしれない。僕はその後も田んぼでザリガニを採ったりして、自然に忘れたはずだ。
 もしも僕以外にあの小屋に入り、仮面を見た人がいたら、ある種の噂話になったかもしれない。小学生中学年~高学年の年なら不気味さに気付くかな。怪談になったかすらわからない。

 そういえば僕の周りはノストラダムスも紫の鏡も信じてる人がいなかったなあ。まだオウム事件が起こる前だから別に弾圧(笑)があったわけじゃない。単純に怪談もUFOも話せる人がいなかった。

 これで終わりにするのも何なので噂話(都市伝説)が成立する条件を考えてみようか。
1.生活圏の広さ
  怪談とか都市伝説の語り部になるのは小学生などだが、彼らが身近に知っているエリアでしか噂話に登場しないのは興味深い。大人の口を膾炙するならば、例えばオルレアンのだるま女みたいに見知らぬ場所の話題も「友達の友達(のトモダチ)」というマジックを使ってそれらしく話せるのだが、さすがに小学生が彼らの知らない地域を話すとリアリティが薄れるのではないか。もっとも、オルレアンのだるま女ですら信じた人はどれくらいいたのだろうか。話の流れも含めて自分に全く関係がないことでは怖がりようもないのだが……。せいぜいが週刊誌のゴシップレベルのリアリティだと思う。全く信憑性がないとも言えるが。
 ただし、彼らの行動範囲が狭ければ噂も作れない。僕の居た住宅地は田んぼ(住宅地の周り)と家の密集地帯がきれいに分かれていたので、小学生が行ける場所は大抵、周囲の目があった。そんな環境では怪人が暗躍する隙もない。事実、痴漢とかその手の話題は聞いたことがなかった。

2.コミュニティの古さ
  動く銅像は昔からあるものだと決まっている。よくわからないが、新しいものには怪しげなモノは憑かないらしい。
 また、先輩から後輩へ伝えられるから具体性が欠けてもリアリティが残るとも言える。事件が起こり、その詳細が忘れ去られた後に事件の印象だけが伝えられている場合も多い。例えば民俗学で犬神憑きと呼ばれた家などは何らかの事情があり(例えばその集落では新参なのに裕福だったとか、短期間で羽振りが良くなったなどの「原因」が民俗学では挙げられている)、それに対するやっかみとして犬神憑きと呼ばれたケースがあるが、現在では「事情」が消え去ったまま犬神憑きに対する禁忌だけが残っている。
 犬神が消えた今の時代だと、変な噂が流れても単なる噂以上のものにはならない気がする。事情を知っている人が内情をバラすか、噂として流れて終わるだけなのではないか。

3.コミュニティの広さ
  よく使われる「友達の友達」。突っ込むのも野暮な名単語だ。時々ネットとかで噂の元を探る人もいるが、友達をさかのぼっても新たな友達の友達が現れるだけだ。こっちのほうがホラーだと思うけど。
 仮に僕が「友達の友達に起こった出来事なんだけど~」と言われても僕から新たな人に話すときは「友達の友達の友達の話だけど~」とは言わないな。それこそ「友達の友達に聞いた話」として処理する。からくりはそういうことだろう。
 ただしここで必要なのは友達の輪が十分に広いことだ。ある人Aに「友達の友達」話をしてたとしよう。当然「じゃあその友達の友達の名前を教えて」と言われるに違いない。その時にAが知っている名前では噂として成り立ちにくい。事件を体験したのは見知らぬ人で、友達は偶然知りうる立場にあり、それを自分が又聞きした形じゃないと直接真偽を確かめられて終わる。まれに身元のはっきりしている人が噂の震源地になったりするが、本人が意図的にはぐらかしていたり、周囲の人間が悪意を持って噂を流している場合が多い。
 だから僕の小学生時代は1学年全員が顔見知りであったために噂話が出なかったのだろう。

4.外部からの情報の伝わりやすさ
 そもそも論として、怪談話はある程度フォーマットが決まっているから……。いわゆる六部殺しと子どもがかつて殺した人の記憶を持っていた怪談が似ているとか、昔から伝えられていた話と現代で広まっている怪談で似ているネタがあるのは枚挙にいとまがない。ここらへんは大塚英志の著作を読めばわかる。学校の怪談みたいな本では既存の怪談の焼き直しとしか思えない話も結構あるが(さらに言えばネットの怪談ブログなどは落ちも全くなく、「ちょっと怖い話」系の量産としか思えない。逆に現実味がある……のか?)、口頭伝承のバリエーションということで似たような話があるんだろうね。
 恐らくは、僕の住んでいたそこ地域で怪談とか噂話が広まるとすれば既存の怪談の焼き直しになるだろう。他の怪談の輸入という形で。
 その意味で他地域からの怪談の例が全く入らなかったのは噂を形成する障害となったのではないだろうか。それで話として面白い怪談をろくに作ることができなかった。

 どうでも良いけど怪談は面白いよ。ジャパニーズホラーは気色悪いだけだけど怪談は怖さがある。夜トイレに行けない雰囲気だぜ。